セレブに見張ります
「硯ちゃん、様子を見に来てくれたの?」
「うん、引っ越しが終わったら、三人を呼んでって縫香お姉ちゃんに頼まれてるの」
俺の顔を見上げてそう答えた硯ちゃんは眼鏡をかけていた。
「硯ちゃん、眼鏡かけてたっけ?」
「これは真見の眼鏡だよ。トゥルー・シーイングって魔法がかかっていて、幻術とか隠されている物を見つけたり出来るの」
「何か、変わった物は見える?」
「何も見えないね。結界とか力場とかが見えたらいいなって思ったんだけど」
「縫香はどこ? リザリィ達を呼んでるのよね?」
「お姉ちゃん達はあそこだよ」
そう言って硯ちゃんが指さしたのは、繁華街を挟んで向かいにある、数年前に建ったばかりの高級マンションだった。
「は!? 高級マンション? どういう事?」
リザリィが眉を潜めて硯ちゃんに問い返す。
「とにかく、一緒に来て。夕ご飯は襟亜お姉ちゃんが心配しないでって言ってた」
「……私の考えは、お姉ちゃん達にはバレてるみたい」
真結はそう言って、苦笑いをしていた。
その顔はちょっと嬉しそうに見えた。
硯ちゃんに連れられて、繁華街の反対側、公道に面している大型のマンションに向かう。
高層15階建てのマンションで、建設された時は、その巨大さに母さんも驚いていた。
こんな田舎の町にこんな高級巨大マンションをたてて、誰が住むんだろう。
という疑問は、やはり殆どが空室のままという答えで現された。
玄関は分厚い木製の両開きの扉で、それを開けて中に入るとホテルの様なエントランスホールがあり、警備員のおじさんが常駐している。
そのおじさんの目の前で、部屋番号を押して呼び鈴ボタンを押すとチャイムがなり、縫香さんの涼しげな声がインターホンから聞こえてきた。
「硯かな?」
「うん。連れてきたよ」
硯ちゃんが答えると、隣のドアロックがウィィンという音をたてて解錠され、警備員のおじさんがお帰りなさい。と言って軽く頭を下げた。
正確には、俺達はお帰りなさいと言われる立場ではないのだが、そう挨拶する様に言われているのだろう。
見知らぬ人にお帰りなさいと言われる違和感を感じながら、マンション内部のエレベーターホールに入る。
ホールには二つのエレベータがあり、そのエレベーターを待つ人の為に編み椅子が四つおかれ、そのうち一つには熊のぬいぐるみが座っていた。
椅子の横には花が生けられたプランターが吊されていて、外とは異なる世界と化していた。
「すごく、綺麗だね」
「……」
素直に感動している真結の隣で、リザリィが不機嫌な顔で沈黙を保っていた。
なんとなく空気が重く、怒っているリザリィと共に無言でエレベーターに乗ると、13階まで登った。
エレベーターを降りた後、7つ目の扉まで行くと扉の鍵は開いていて、硯ちゃんが先に玄関の扉をあけて部屋の中に入る。
金色のドアノブの上には横にスリットがあり、カード式の電子錠を使う事を意味していた。
「この差はいったい何なのよ!!」
部屋に入ったリザリィは、怒りを爆発させて、ずかずかと部屋の中に上がり込んでいった。
玄関を上がると廊下があり、その先に十畳のキッチンがあり、その奥には20畳以上はあるだろう広大なリビングルームがあった。
一面ガラス張りで、その向こうにはベランダが広がっている。
ベランダには二つの白いチェアとテーブルが置いてあり、その一つに縫香さんが座りながら、双眼鏡で下を見下ろしていた。
「ここからなら、あのハイツがよく見えるんだよ」
縫香さんに言われて下を見下ろすと、下方に古ぼけたアパートが見える。
向こうからも見えるのだから、こちらから見えるのは当たり前だった。
「なんだか酷い格差ね。見張りはこんな素敵な所で悠々としているのに、現場のリザリィ達はあの古い狭い部屋でションボリなのよ?」
「そう? 私はわりと楽しいよ?」
「真結ちゃんは良い子だから、そうなのよ! こんな人使いの荒い二人の姉にこき使われて、可哀想よ」
「今回は随分とつっかかるねぇ……欲求不満?」
「その通りよ! みんなもっとリザリィを愛して!」
「ごめんなさい、リザリィ。夕ご飯は今作ってるから、心配しなくていいわよ」
「あらそうなの? 襟亜の作る料理なら、美味しいから大歓迎よ」
「悪いとは思ってるよ、出来るだけのサポートはするから許してくれ」
縫香さんと襟亜さんがリザリィに気遣った事で、リザリィは気が済んだらしく、ベランダの手すりから下を見下ろしていた。
「ここ、いいわねぇ。リザリィもここに引っ越そうかしら」
「高いよ。月に20万だって」
「ええええ! 20万ってすごくないですか?」
確か、町田の家は家族4人で三万五千円だったと思う。
お世辞にも裕福じゃない町田が勉強家なのは、ゆくゆくは自分が家族を助けるつもりだと聞いた事があった。
20万という事は、ここの家賃一ヶ月で町田の安アパートは半年ぐらい住めてしまう事になる。
俺達が今日から住む裏野ハイツよりも、町田の家は少し狭い。
この広いマンションに三つぐらい入りそうだった。
「日割りにしてもらったよ。何しろこのマンション、6割しか人が入ってないからね」
「半分ちょっとしか住んでないんですか……そんな風には見えてましたけど……」
「もっと家賃を安くすればいいんだよ、だめかな?」
「それじゃ元が取れないから、最低賃料より下げられないよ」
ビジネスマネージメントのプロ、硯ちゃんに言われては、縫香さんも舌を出すしかなかった。
「少しは何か分かった? 挨拶回りしてたように見えたけど」
「103には親子が住んでた。201にはお婆さんが住んでた」
「201のお婆さんはいい人っぽかったわ。でも隣の202に住んでる人はなんだか怪しいらしいわよ」
人間の言う事を素直に信じる悪魔っ子だった。
俺は逆に、あのお婆さんは何かを隠しているような気がした。
あの締め切られた奥の部屋は、プライベートを見られたくないからそうしたのだろうか。
お婆さんの口ぶりでは、そんなに閉鎖的な感じはせず、大らかな感じだった。
そのギャップに違和感があった。
「101と202が怪しいんだね」
「102もよく分かりません」
「了解。101、102と202。私達は交代で夜通し見張りをするよ。くれぐれも、何か危険を感じたら、すぐに逃げて。命をかけるような事じゃないよ」
命を粗末にするな。は縫香さんの口癖だった。
きっと、今までに色々あったんだろう。
真結の一件は、頬白姉妹にとっても俺にとっても一大事だった。
「でもちょっと、一人で暮らすには、広すぎるわねぇ」
「二人でも寂しいですわよ。四人で住むなら、丁度いいかもしれませんわね」
「硯は、今の家の方が好きかなぁ。マンションより一軒家の方が良い」
「真結は、広すぎると落ち着かない。この部屋は半分でも大きい」
「私も、このキッチンは使い辛いですわね。洗い場も調理場も広い方がいいですわ」
頬白姉妹には不評の様だが、果たしてどちらが贅沢なのだろうか。
この異空間の様なマンションと、それぞれの好みにあった部屋と。
「それじゃ夕食は後で、使い魔に持っていかせるから。待ってて下さいね」
「はぁい。じゃあ真結達は戻るね」
「ああ、頼むよ」