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頑張れ、ホラー

 無事、何事もなく裏野ハイツの下見を終えた俺達は、縫香さんから次の指示を貰った。


「三人であの建物を調査して欲しい。勿論、危険だと感じた時はすぐに逃げて。敷地から出たら私と襟亜が必ず守るから」


「調査って、具体的にはどうすればいいんですか?」


「203が空き室なんだ。取り扱っている不動産屋と大家さんは調査済」


「あとは硯が引っ越しの契約を完了した事にすればいいんだよね」


「うん、お願い」


「引っ越しって……俺が、ですか?」


「弓塚君と、真結と、リザリィの三人」


「えっ……それって、ど、同棲になりませんか?」


「真結はいいけど、ひろくんは?」


「いいの!? いや、いいけど、でも、親にはなんて言おう……」


「あ、頬白家で旅行する事にしておくから、大丈夫だよ」


「硯ちゃん……」


 真結の言いたい事がちょっとだけわかった。

 人を騙す事を当たり前だと感じている硯ちゃんに、微かな危機感を感じた。

 それが大人の都合であったとしても、そういうのは大きくなってからでいいと思う。


「え、何? だめだったかな?」


「ううん、頼むよ。なるべく、無理がない様にお願い」


「そうだね。無理に人を騙すのは、あんまり好きじゃないから」


 そう硯ちゃんが答えた時、真結が俺の手を強く握ってきた。

 たとえ魔法であっても、人を騙すのは良くない。それは伝わったようだった。


「真結ちゃんとダーリンが行くなら、リザリィも行くしかないわね」


「ああ、頼む。魔女の私達が手助け出来ればいいんだが、ここは存在そのものがホラーな感じの闇の令嬢の力を借りたい」


「えっ!? リザリィってそんな風に見られてたの!?」


「夏場にホラーが実体験できるなんて、羨ましいですわね」


「ホラーなのはリザリィよね? リザリィがホラーを体験する訳じゃないわよね?」


「頑張れ、ホラー」


 そう言いながら、真結が笑顔でリザリィの肩をポンポンと叩く。

 明らかに真結は楽しんでいた。


 彼女にとってホラーは、それが単なる恐怖体験なら、楽しめる子だった。

 ホラーやスプラッター、ゴア表現のある映画など、それが芝居である限り、真結は笑いながらお菓子を食べつつ、それらを見られる女の子だった。

 しかも心霊写真とかだと、時々『あ、これは本物だぁ』とか言うのだから、こっちはホラーどころの騒ぎじゃない。本物かよ! と、つっこまざるを得なかった。


 ただし、目の前で本当に命が失われる事は、彼女にとって人一倍辛い事だった。

 それが小動物であれ、事故死であれ、残酷映像と呼ばれる本物の死を映した物を、真結が楽しむ事は無かった。


 今の所は、俺達三人にとって、あの古アパートは肝試しに近い場所であり、縫香さん達が何故近付く事が出来ないのか、という謎を解明するのが目的だった。


「引っ越しは三日後にするね。新生活セットっていう、引っ越し先ですぐに生活を始められる荷物を週単位でレンタルしてくれる業者さんがあるの」


「随分手回しがいいのね……」


「私と襟亜が、その建物を見張る為に、近くのマンションを借りる予定だったんだよ。もし弓塚君しか建物に近づけなかったら、人間一人に行かせる訳にはいかないからね」


「リザリィ達はついで、という訳ね」


「現地で調査してくれるのに、ついでなんて言い方はしないよ。こっちはサポート、そちらが本命だ」


「持ち上げて落とすのは悪魔のする事よ」


 先日、それをされたばかりだった。やっぱりあれは悪意があった様だ。


「真結と弓塚君と同棲するチャンスじゃないか。一夏の体験は人を変えると言うよ?」


「そうね。寝てる間にやっちゃえば、こっちのものよね。願ってもないチャンスだわ」


「何をする気なんだ……」


「大丈夫、ひろくんは真結が守るから!」


「俺はいったい、何の為に行くんだろう……」


 それは勿論、真結という天使とリザリィという悪魔を現地に送り込む為のエサだった。

 分かっている。人間である俺はお荷物でしかない。

 しかし、彼女達を動かすには、俺が必要だ。


「ダーリンはお姫様役ね。女装しても構わないわよ」


「大切なものを色々失いそうだから、女装は遠慮するよ」


「全てを捨てて、リザリィの胸に飛び込んできていいのよ!?」


「久しぶりに悪魔らしい所が見られて、安心したわ。年頃の男の子はちょっとえっちだから甘い誘惑には弱くてよ」


 クスクスと笑いながらそう言う襟亜さんは、やっぱりどこかギリギリで悪の人だった。

 人が困ってたり弱ってたりするのを見るのが好きなのだろう。

 ギリギリで善なのは、それを助けるのもまた好きだという所だった。


「三日後でいいかな? 私達もそれにあわせてこの家を出る」


「分かりました。旅の準備をしておきます」




 家に戻ると、既に硯ちゃんの幻術によって母さんの記憶は書き換えられ、俺は頬白姉妹と共に旅行に行く事になっていた。


「温泉旅行に連れて行って貰えるなんて良かったわねぇ、頬白さん達にはいつもご迷惑ばかりかけているから、こちらもたまには真結ちゃんを誘って旅行に行きたいわね」


「そ、そうだね」


 親に嘘をついて裏切りを感じるほどピュアではなかったが、本当はあった事が無かった事になるのは、気持ちの良いものじゃなかった。

 もし俺が死んでしまった時、親の記憶を書き換えられたなら、俺は生まれてこなかったり、或いは遙か前に死んでいた事にならないだろうか。


 本当は俺は旅行になど行かない。この街から出る事も無い。

 あの古いアパートに女の子二人と共に、何日間か寝起きを共にする。

 親が知ったら止めるだろう。

 傍目に見れば、年頃の男女三人が同じ部屋に寝泊まりするのだ。

 親が許したとしても世間はどう見るか。


 それら全てを隠してしまえるのは便利かもしれないし、誰も傷つかない嘘だと言えばそうなるのだが……。


(悩んでも、仕方無い……)


 さっさと自分の部屋に戻り、旅行する時に使う大きめのスポーツバッグを押し入れから出すと、その中に数日分の着替えを入れた。

 果たして何日、あのアパートに滞在するんだろうか。


(一日、二日で済めばいいんだけど……)



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