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ホラーの匂いがした


「他人の心配もいいが、自分の心配も忘れるでない」


 そう言いながら、庭に面しているガラス戸を透過してウサギ耳の天使が部屋の中に入ってきた。


「あ、ウサ子先輩。耳は元気ですか?」


「……うむ。耳だけでなく、身体も元気だ。あと、私の事はラビエルと呼び捨てにしてくれていい」


「それはダメです。先輩なんですから、目上の人にはきちんと礼節をもって接しないと」


「……まぁ、いい……心がけ自体は悪くない。私は今、別件で忙しくてな、あまりかまってやる事が出来ぬ。助けが必要な時はこれを使え」


 ラビエルさんは真結に何かを渡すと、周りに挨拶もせずにそのまま姿を消した。


「あいつこそ、他人の家にお邪魔する時の礼節を知った方がいいんじゃないか?」


「それはすまなかった。土産を取りに帰っただけだ。邪魔をしたな」


「わぁ、これって捧げ物の一級酒!? ありがとうラビエル! いつでも自分の家だと思って来て良いよ!」


 縫香さんは和紙で丁寧に包まれた一升瓶を愛おしそうに抱きかかえると、身体をくねらせながら喜んでいた。


「酒に釣られるとか、安い女よねー」


「釣られた訳じゃないさ。許してあげただけ。リザリィも飲む?」


「もちろん」


 見た目は中学生程度だが、中身はこの中で最も年長だろう悪魔は、天使の持ってきた酒を飲もうと、ティーカップを空にして差し出していた。


「ちょっと、ティーカップでお酒を飲まないで下さいます!? 食器にはそれぞれ用途というものがありましてよ!?」


 一旦は落ち着いた襟亜さんはあわてて立ち上がると、リビングを出て、杯を持って戻ってきた。

 それは心遣いというよりは神経質と言った方が良い反応だった。


「それじゃ弓塚君、明日はよろしく」


「は、はい……」


「ごめんね、ひろくん。明日、一緒に行こうね」


「うん、また明日」


 話は終わった。このあとは縫香さんとリザリィと襟亜さんが酒を飲み、その後は夕食になる事だろう。

 真結に玄関まで見送って貰った後、俺は歩いて一分もしない、頬白家の隣の自分の家に帰ると、玄関を入る前に真結に手を軽く振ってから、家の中に入った。




 明けて翌日、あのまま頬白家で寝ていたリザリィと共に、真結が俺を迎えに来た。

 時刻は昼を過ぎていたが、それはリザリィが寝たおしていた為だった。


「こんにちわ、おばさま。いつも姉がお世話になってます」


「あら真結ちゃん、今日も可愛いわねぇ。早くうちの子にならないかしら?」


「か、母さん、何言ってるの……」


「こんにちわ、おばさま。リザリィだったら、いつでもダーリンを婿養子に迎える準備をととのえてるわよ!」


「あらあら、リザリィちゃんも可愛いわねぇ。うちの子は嫁をとるのか婿に行くのか、どっちがいいのかしらね」


「い、行ってきます!」


 魔法で心情を操作されているとは言え、子供としては聞いていられない話だった。


(数か月前まで、異性なんて縁のない存在だと思ってたのに……)


 クラスの中で交際している者も居たが、いったいどうやったらそうなるのか理解出来なかった。

 幼馴染みの町田は、俺と違って二枚目で頭も良く、告白される事も数度あったが、平凡な俺にはそんな機会は一度も無かった。

 一生ないかもしれない、と町田に泣き言を言った時、町田は冷静に、その方が珍しい。

 きっかけがあるかないかの違いだけだ。

 どうしてもきっかけが欲しいなら、その時は俺も協力する。と言ってくれた。


 だが、その必要もなく、今は二人の女の子と共に歩き、その双方から好意を寄せられている。


(人生って何が起こるか分からないな……)


 そんな月並みな事を思いながら、真結達と共に、地図の場所へと向かった。


 繁華街の裏手の下町。古びた昔ながらの街並み。

 風景自体は見慣れていて、何も違和感はない。


 平屋から聞こえてくるテレビドラマやワイドショーの音声。

 子供達のはしゃぐ声や喧嘩する声。猫と犬の鳴き声。

 平穏な日常の世界の中に、平凡な古びたアパートが建っていた。


 俺達三人は何事も無く、その建物に近付き、そして間近で建物の様子を伺う。


 建物は二階建てで、それぞれ三つの玄関がある。

 建物の壁には裏野ハイツと書かれた看板が貼り付けられ、その隣には空室ありという看板と、地元の不動産屋の看板が並んでいた。


 人気は無いが、ベランダには洗濯物が干してあったり、カーテンが閉められていたりしていて、生活感はある。

 ゴウンゴウンとわりと大きな音をたてて、古い室外機が動いているという事は、部屋の中に誰かがいて、クーラーをつけているという事だった。


 何もおかしい所は無い。

 地面は砂利のまま、未舗装で、ここが私有地だと物語っていた。

 用もないのにウロウロしていたら、怪しまれるのは俺達の方だった。


「何も、おかしな所は無いみたいだね、帰ろうか」


「うん、そうだね」


「ふうん……って事は、魔女だけが入れないのね」


「かもしれないね」


「それはそれで、なんだか不気味ね」


 リザリィがどんな気持ちでその台詞を言ったのか、俺には理解出来なかった。


 不思議ね、というなら分かるが、リザリィは不気味だと言った。

 その建物に気味が悪い所などなかった。

 ごく普通の建物で、何も怖がる様な所は無い。


 人気がないのは不気味と言えば不気味だが、昼過ぎの今頃なら、仕事に出かけている人も居るだろう。


「……不思議、じゃなくて?」


 あえてリザリィに聞いて見ると、リザリィは首を傾げた。


「ちょっと違うわね。ほんのちょっと。真結ちゃんは何か感じた?」


「……ホラーの匂いがした」


「ホラー!?」


「それって、不気味だったって事?」


「なんとなくだよ。違和感があるの、あの建物」


(やばい、俺だけ何も感じて無い!?)


 あわてて振り返り、建物を見たが、真結が言う違和感が見つからない。

 壁も普通、窓も普通、屋根も普通。階段も普通。

 砂利はちょっと今時感はあるけど、不気味じゃない。


(ダメだ、俺には分からない)


「うまく説明できないのよね。だから不気味」


「そう、だからホラー」


「リザリィは、ホラーは好きじゃないのよね……」


 リザリィは悪魔のわりには恐がりだった。

 驚かすとすぐびっくりする。

 子供でも驚かないびっくり箱でもびっくりしてしまう所が、妙に可愛い女の子だった。


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