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魔女達の帰還/悪魔の転居計画

 全員が絵の中から出てくると、床一面だった額の大きさは、映画のポスターぐらいの大きさになり、壁に掛かっていた。


 皆、絵が移動して小さくなったのは、マッドローパーが死んだからだと思い、その絵を見ながら、事件の終わりを実感していた。


「んー……」


 背後で男性の声が聞こえ、驚いて振り返ると、そこには101号室の男性、松前さんが床上にあぐらをかいて座っていた。


「あんた、101号室の……」


 と縫香さんが言うと、松前さんは無言で立ち上がり、両手をズボンのポケットに突っ込みながら絵の前まで歩み寄る。そして燃える大木の絵をなめるように見始めた。


「んー……こうなる、というのも面白いものだな」


 松前さんはそう言うと、ポケットから片手を出し、額を壁から引きちぎると、天井に向かって放り投げる。

 絵は天井に吸い込まれるように消えてしまい、松前さんは再びポケットに両手を突っ込んで、俺達の前を背中を丸めながら歩いて行った。


「ダメだな、つまらんな。面白いけど、つまらんよ」


 いったい何が言いたいのだろうか。

 皆が呆気にとられて見ている中、松前さんは玄関の方に行き、靴を履く。


「では、私は失礼するよ。別の作品の出来具合を見に行かないといけない。そこのプレーンウォーカーのお嬢さん。俺のあとをつけても面白い事は何も無いぞ」


 そう言って、松前さんが縫香さんを指さした時、衝撃波の様に赤い錆の波紋が空間に生じ、ラビエルさんが前に出てその狂気の波紋を受け流してくれた。


 松前さんの顔は外人の様に掘りが深く、その瞳は宇宙人の想像イラストの様に黒一色で、口からはみ出している舌は触手としてウネウネと動いていた。


 すぐにその顔は元の疲れた50代の男性の顔に戻ると、扉を開けて真っ白な陽光の中に出て行ってしまった。


「狂気界の芸術家か……」


「あの人のせいで、何人もの人が死んだんです。捕まえたりできないんですか?」


 俺がラビエルさんにそう尋ねると、彼女は首を振った。


「彼が人間を襲った訳じゃない、彼は芸術活動をしているに過ぎぬ。その作品が人間を襲うなら、我々に出来るのはその作品を破壊する所までじゃ」


 そう言うと、ラビエルさんは俺の肩を軽く叩いた後、姿を消してしまった。


「彼は、わりと有名な画家でね、昔から様々な作品を残してる。彼の作品全てが人間を襲う訳では無いんだ」


「時として、彼の作品は人間を幸せにする事もある。周りから見て、それが不幸の様に見えても、だ」


 それは、お婆さんの若い頃の過ちを指していた。

 あの芸術家の気をひくために、若い頃のお婆さんは相当に熱をあげたに違いない。


 そして交際できた時には、とても幸せだっただろう。

 問題はその後に起こった事だった。


「帰ろうか。魔力はもうここには流れてこないし、私の仕事はここまでだよ」


「一応、他の部屋も見回ってきます」


「そうだね。最後に確認はしておこうか」


 他の部屋を見回ると、101の部屋は空き部屋で、103の絵は無くなっていた。


 201の部屋は部屋を出てきた時のままだった。

 危ないのでろうそくの火は全て消し、田吾知さんの遺書は縫香さんが破ってゴミ捨て場に出してしまった。


 202の部屋の絵も無くなりただの空き部屋になっていたので、クーラーを消して、陰鬱なビニールシートは剥がしておいた。


 203の部屋にはレンタルされた荷物が残っているだけだった。


 縫香さんは洗面所への扉を開けると、その扉を上から下まで人差し指で撫でて、透明なシールの様なものを剥がしていた。


「次元の隙間を作るテープだ。あの画家が、好きな時に好きな部屋に出入りする為につけたんだろう」


「ここの荷物は、もう業者に引き取って貰っていいんだよね?」


「そうね。もう必要ないものね。それとも、真結ちゃんと弓塚君はもう少し、ここで二人で生活してみる?」


 襟亜さんの言葉がどこまで冗談なのか分からなかったが、俺と真結は断った。


「数日しか居ませんでしたけど、色々とありすぎて、くつろげそうにないです。早く自分の家に帰りたいのが本音です」


「そうだね。帰ろ、ひろくん」


 一夏の、数日の出来事だった。


 この建物は何十年もここにあり、そして何十人もの犠牲者を出してきた。


 俺達が来なければ、犠牲者は増えていただろう。


 あの画家が言うには、別の所にも作品はあり、そしてそれらの他の作品の全てが人を殺すわけではないらしい。


 そんな狂気界の芸術家も、この人間界に来ているのに、人々は誰も気付きはしない。

 魔女や悪魔や天使がすぐ隣に来ている事も。




――地獄界、アマラス。ライザリの砦、デビルズ・ポゥにて。


「お嬢様、ご無事だったようで」


「コイルよりは役に立ったみたいね。あれが新しい護衛なの?」


「相変わらず口が悪い。ま、上の方も色々とある様で、今後はあれがお嬢様のおそばにつく事になるでしょうよ」


「無事に逃げられたのはいいけど、やっぱり邪六神の像を壊したのは不味かったわね。怒られちゃったわ」


「なに、ただのお小言に過ぎませんや。今は逃げた竜の事でてんやわんやになってますから、ちょっと大人しくしてたら、お偉方は皆、忘れますやね」


「あ、そ。それじゃダーリンの所に帰る支度をしなくちゃね。あの古いお屋敷はダーリンの家に通うのは不便だから、引っ越そうと思うの」


「ほう、随分とご執心な事で。しかし、近くに空き家なんてありましたかね?」


「一階とか二階はうんざりしたわ。三階以上がいいの。それでね、いい案があるのよ」


「……はは、こりゃ愉快なアイデアだ。私も人間界での身体が修復できたら、是非お邪魔したいですな」


「コイルの方こそご執心じゃないの? まだ襟亜がいいわけ? そこまでマゾヒストだとは思わなかったわ」


「手加減して切ってくれますからねぇ。効かないと分かってて、かまってくれる所がたまりませんな。私、寂しがりなもんでね」


「よーし、ダーリン待っててね。今度こそ真結ちゃんと三人で愛の巣を作るのよ」




(完)



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