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狂気の子

「今は、真結ちゃんを助ける方が先よ」


 包帯代わりの新しいぱんつを手に巻いた俺は、床上に広がる木の根を伝って、本体の幹の方へと向かう。


 この空間は一体どうなっているのか、天井も壁も見えず、どこまでも続く暗闇が広がっている様に見える。


 目の前に見える巨大な木はその身体から生やした枝葉を、触手のようにうねうねと動かしながら、俺達一人一人を順に見ていた。


「あれ、マッドローパーって言うの?」


 縫香さんと襟亜さんは既に本体の近くで相手を見上げていたが、俺達がそこへ辿り着くには、床上を這う木の根を伝って遠回りしながら近付く事しか出来ない。


「狂気界の森に住むマッドウッドって木の化け物と、地獄界にいるローパーっていう触手の化け物のハーフよ」


「狂気界の住人は、そんな風にでたらめな交配を、他の生物を使って無理矢理に産み出させるのよ。牛や馬も使うけど、人間の女性なんて格好の母体よね」


 そんな内容の事が、お婆さんの手紙に書かれていた。

 あの巨大な木が、お婆さんの子供なのだろう。


 お婆さんは無理矢理にあの木の生物を産まされ、このハイツに縛り付けられ、魔女達から自分とあの怪物を守り、最後には我が子に殺された。


 お婆さんから見て、あの化け物は子供なのだろうが、あの化け物から見て、お婆さんは親だったのだろうか?

 そんな概念なんて持ち合わせていない様に見える。


「真結、大丈夫か?」


「うん、あのね、この子、悪い子じゃないの。生まれてからずっとここに閉じ込められてて、寂しかったんだって」


「でも、生きる為にかなりの人間が犠牲になってるのよ?」


「そうだね……そういう生き物だから……」


「真結がそいつを許すと言うなら、私達も無闇に傷つけようとは思わない」


 俺達が縫香さんの所まで辿り着くには、あと5分ほどかかりそうだった。

 むしろ、そのぐらい離れた所で止まった方がいいのかもしれない。

 これ以上近付いても、襲われた時に逃げられそうになかった。


「どうだ? 真結を返してくれないか?」


「お前が何者かは知らないが、お前の世界に帰ればいい。この場所は人間に返してくれ。乱れた魔力の流れはこちらで治す」


 縫香さんがそう言うと、ローパーは触手代わりの木の枝を振り回して、縫香さんを刺し貫こうとした。


「やめて! どうしてそんな事するの!?」


 シフトで避けた縫香さんは、少し離れた所で膝をつき、相手の出方をうかがっていた。

 縫香さんは真結の気持ちを大切にしたいのだろう。

 真結がこの化け物を説得するというなら、ギリギリまで我慢するつもりらしかった。


「得はしたい、でも損はしたくないって、そりゃ子供のわがままだよ」


 縫香さんはそう言うが、相手は子供のまま育った怪物だった。

 聞き分けがないのも仕方が無い。


 ローパーは縫香さんを敵とみなしたらしく、真結の声を無視して、枝を降り続けた。

 だが縫香さんにとって、それらを避ける事は造作もない事だった。


「躾が必要みたいですわね」


 襟亜さんがそう言い、腰の刀を一閃すると、何十本もの枝が斬られ、水面へと落ちていった。

 今度は襟亜さんに向けて、残っている枝を全て使って串刺しにしようとしたが、次の一閃でそれらの枝は全て斬り落とされていた。


 自由に使える枝を断った二撃で全て斬り落とされ、狂気の子は初めて恐怖を感じた様だった。

 木の幹にある巨大な目がせわしなく動き、どうすればいいかを模索している。


 今まであのお婆さんに守られ、何十年もの間、危害を加えられる事なく育ってきた。

 人間は弱く、心を壊して狂気の世界に引き込めば、あとは捕食するだけだった。


 魔女だけは危険だという事を、狂気の子は知らなかったようだ。

 母は魔女からこのハイツを守り続け、父は多分、自分の『作品』の出来映えを見て楽しんでいるだけだったのだろう。


「真結は返して貰うよ」


 縫香さんが襟亜さんを連れて宙へ跳び、木の幹に捕らわれている真結の正面に姿を現した。

 宙で襟亜さんが木の皮一枚を削り落とすも、真結の右側の上半身が自由になっただけだった。


「一度では無理か」


「三回。それで助け出しますわ」


 ローバーの動きが止まっている間に、真結を助けだそうと二人が斬りかかっていた。


「俺にも、何か出来ないかな……」


「縫香達をここまで連れてきただけで十分よ。もう足場も無いのよ?」


 リザリィにそう言われて自分の足下を見ると、いつの間にか黒い板の上に乗っていて、遙か下方に黒い水たまりが見えていた。


「こ、この黒いのは?」


「闇よ。闇はリザリィの従順な僕なの。盾にも矛にも地面にも屋根にもなるわよ」


「そうなんだ……」


 俺の手から鍵をとった時も、黒く細い線が無数に見えたが、あれも闇だったのだろう。

 七色の光を受け止めたのも黒い魔方陣だった。


 リザリィが、闇の令嬢という二つ名を持つのは、闇を自由に使う事ができる事が理由の様だった。

 今、その闇の令嬢は、自分が作った闇の足場に座って両足をブラブラさせ、観戦を決め込んでいた。


「二!」


 縫香さんに連れられた襟亜さんが、宙で二度目の斬撃を放つ。

 今度は真結の左半身を覆ってきた木の皮が削り落とされて自由になった。


 残る下半身はまだ、木の中に埋まり混んでいる。


「もう、やめようよ。あなたは自分の世界に帰って。真結はあなたとは一緒に行けないの」


 狂気の子の大きな目が、半分自由になった真結を睨む。

 あと一撃で、彼女は解放され、自分の物ではなくなってしまう。


 今まで、手に入れたい物は全て手に入れてきた。

 何故、彼女だけが手に入らないのか。


 狂気の子の考えている事が、言葉ではなく感覚として俺達の心に伝わってきた。

 その能力は他人の心を壊す為に使うものであり、己の不安を伝える為の物ではなかった。


 初めての不安、初めての恐怖、初めての葛藤。

 そして混乱と怒りが、心に焦げ付くような痛みを感じさせた。



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