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縫香からの依頼

 真結とリザリィと共に、我が家の隣にある頬白家へ帰ると、リビングで姉妹三人が顔をつきあわせていた。


 彼女達が見ているのはテーブルの上にある地図と書類だった。


「ただいま、お姉ちゃん」


「お帰り。弓塚君とリザリィも来たか」


 縫香さんは顔を上げて俺達の方を見ると、そのままソファに深く座り、足を組む。

 他意は無いのだろうが、目の前にいる俺には白い太股が丸見えになる為、思わず目を背けてしまう。


 目を背けなければならない最大の理由は、縫香さんは薄衣のチャイナドレス一枚だけを身につけるのみで、下着をつけていない事だった。

 おそらく目を凝らして見れば、見えてはいけない物も見えてしまうだろう。

 そうなる前に、真結か襟亜さんが縫香さんの裾をただしてくれるのだが。


 しかし、今日は単純に目を横に反らすのではなく、硯ちゃんの方に視線が行く。


(どうして……水着姿なんだ……)


 硯ちゃんはスクール水着のまま、肩にタオルを巻いて、机の上の地図を見ていた。

 プールの授業だというのは先ほど聞いたが、もしかして着替えもせずに水着のまま帰ってきたのだろうか?


「じゃあ硯は、この物件のオーナーに、引っ越しの手続きをさせればいいんだね?」


「オーナーの詳しい情報は私が法務局で調べてきますわ」


「うん。二人とも頼む」


「……何をしてるの? どうして硯ちゃんはレオタードなの?」


「これはレオタードじゃないよ、水着だよ」


「……ねぇ、お姉ちゃん。どうして硯ちゃんは水着なの?」


 真結がにっこりと笑いながらそう縫香さんに尋ねた。

 襟亜さんが微笑みながら、とんでもなく怖い事を言ってのける時に、雰囲気が似ていた。

 顔では笑っているが、心の中では笑っていないという奴だ。


「ちょ、ちょっと、急ぐ用件があったんだ……」


「プールの授業が終わった途端、連れていかれちゃった。でも、縫香お姉ちゃんがそうしたくなるのも分かるよ」


「ありがとう硯。そう言ってくれると私はとても助かるよ」


「話が見えないわね。ちゃんと説明してくれる?」


 リザリィがそう言ってソファにどっかりと座ると、襟亜さんが代わりに立ち上がる。


「弓塚君も真結ちゃんもゆっくりして。すぐお茶を入れるわね」


 こういう襟亜さんの気遣いは、いつもながらありがたい。


「リザリィちゃんは呼んでないから、適当にしてていいわよ」


「言われなくてもそうしてるわよ」


 襟亜さんの毒舌も、リザリィには大して効果が無く、やれやれといった感じで襟亜さんはリビングを出て行った。


 机の上を見ると、俺達の住む御鑑市の駅回りの繁華街の地図が広げられ、不動産屋の物件情報をプリントした物が置かれていた。

 建物の名前は裏野ハイツ。聞いたことのない名前の建物で、生来この街に住んでいる俺でも、その建物のある地域には足を踏み入れた事がない。


 得に理由は無い、というべきかそこに行く理由が無いだけで、もしそこに友達が住んでいたり、どこかへ向かう通り道だったら立ち寄る事もあっただろう。

 ただ、そういう機会が無かっただけだ。


「また、龍穴なの?」


「かもしれないが、よく分からない。近づけないんだよ」


「近づけない? 結界が張られてるの?」


「魔法の結界じゃないの。もっと何か、違う力が働いてるの」


「別の何かって、何なのよ?」


「分かったら、何かなんて言わないさ」


「あー、それはそうね」


「人間は、問題無く通れるんだ。私達が前に進めない時、横を老人が歩いていった」


「俺なら、近づけるって事ですか?」


「まずはそこからだね。三人でここへ行って、誰が入れるのか入れないのかを調べてみて欲しいんだ。すまないけど、協力してくれる?」


「いいけど、高くつくわよ?」


「リザリィには頼んでないのよ? 断ってくれていいのよ?」


 飲み物を運んできた襟亜さんが、そう言いながら俺達にコーヒーと紅茶を差し入れしてくれた。勿論口ではキツイ事を言いつつ、リザリィにも紅茶を渡していた。


「好きにするわよ。子供じゃないんだし」


 受け取った紅茶に砂糖を入れつつ、リザリィがふん、と鼻を鳴らす。


「その結界を調べる為に、硯ちゃんを連れて行ったの?」


「悪かったよ、真結。そんなに怒らないでくれ。硯にだって、今すぐいけるかどうかって確認はしたんだよ?」


「真結お姉ちゃん、心配してくれてありがとう。でも、硯も行くって言ったから」


 二人に謝られて、さすがに真結も困った顔をしていた。


「縫香お姉ちゃん。硯は良い子だし、賢いから、大人の都合も理解してくれると思うの。でも、大人になってからでもいい事ってあると思うの」


 真結の言わんとする事は分かるが、硯ちゃんはこの頬白家の生計の為に、毎日株や外貨取引や投資をしている様な天才だった。


 天才だからこそ、子供らしさを忘れて欲しくないのかもしれないが。


「生き急ぐような事はさせないよ。それは約束する」


「うん……」


(命に関わるレベルの話だったのか……)


 俺が考えていた様な生易しい話じゃなかった事を知って、下手な事を言わなくて良かったと思いながら、コーヒーを飲んだ。


 真結は、一度、死んだ。

 そして天使になった。


 この人間界という場所では、そしてこの日本という国では、人の命は大切に守られているけど、魔女達、魔法使い達はそうではないのだろう。

 リザリィの護衛をしていたコイルという悪魔も、リザリィを守る為に身体を張った。

 死んではいないが、当分は人間界には来れないという話だ。


「返事は……どうかな? 弓塚君」


「あ、はい? えっと、勿論、協力します」


 先ほど縫香さんに協力するかどうか聞かれたのに、リザリィがすぐに答えてしまい、話がそれたままだった。


「ひろくん、無理しないでね」


「大丈夫よ、ダーリンと真結ちゃんはリザリィが絶対守るから」


「うん、ありがとう、リザリィちゃん」


 天使と人間を、悪魔が責任を持って守ると言う。

 そのやり取りがおかしかったらしく、縫香さんはニヤニヤしながら俺達を見ていた。



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