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愛に年の差は関係無い

「え、襟亜さん、お帰りなさい……」


 いつの間に帰ってきたのだろうか、襟亜さんが地獄の笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 キッチンには買い物袋が置いてあるが、扉が開いた音も、その買い物袋が置かれた音さえもしなかった。


「今日は、チラシの大安売り情報を調査して、4件のスーパーを駆け回って、買い物を済ませてきたんですのよ? 普通に買っていたら357円は高くついた筈ですわ」


 そう言うと、襟亜さんは、積み上げられているCDの一枚を手に取る。


「ところでこのCD、一枚いくらするんですの?」


 バキッ、という音と共に襟亜さんは片手で中身ごと、CDケースを割っていた。

 常人には中のCD一枚でさえ割る事は難しいし、割れたとしても破片は鋭く尖っていて掌を怪我するかもしれない。

 しかし、襟亜さんの手は綺麗なままで、CDとケースは無残にもバリバリに割られてゴミ箱の中へと捨てられた。


 使い魔さんは絶対に襟亜さんと視線をあわさないように、外を見ていた。


「そのバスローブ、あなたの為のものじゃなくて、縫香姉さんのものですわよね? どうして勝手に着てるのかしら?」


「Mo、Mofu……」


 外を見たまま、使い魔さんが小声で何かを言い、それを真結が通訳する。


「あっためてたんだって」


「あらそう、人肌以上に温もったバスローブなんて、着たい人がいたら見てみたいわ」


「え、襟亜……何をする気なの……」


 ずい、と一歩、使い魔さんの側に近寄る襟亜さんの気迫に、リザリィも俺も怯えて後ろにさがる。


 襟亜さんは窓の外を向いたままの使い魔さんに手を伸ばし、その首根っこを左手で掴んで宙に持ち上げた。驚異的な握力だった。

 そのまま宙にぶら下がっている使い魔さんの脇腹に、容赦なく右拳をめり込ませる。


「GOFU!!!!」


 脇腹に一撃を食らった使い魔さんは、殴られた部分を両手で押さえたまま、前のめりに倒れて昏倒していた。

 襟亜さんは動かなくなった使い魔さんから丁寧にバスローブを脱がせ、綺麗に畳みながらキッチンの方に行き、再び使い魔さんの側に歩み寄ると、軽々と肩に担ぎ上げた。


「え、襟亜、落ち着いて。使い魔でも殺しちゃ可哀想よ」


「大丈夫。襟亜お姉ちゃんはそんな事しないから」


 にっこり笑ってそういう真結と、にっこり笑ってリザリィを見る襟亜さんは、どちらも地獄の笑みを浮かべている様に見えた。


 襟亜さんはリビングの端にあるロッカーの扉を開けると、その上部の天袋の中に使い魔さんをぬいぐるみの様に投げ込んで扉を閉めると、手をぱんぱん、と叩いていた。


 その後、戻ってくると、CDとDVDを全部ゴミ箱の中に捨ててしまった。


「最近、どうも家計が合わないと思っていたら、こんな物を隠れて買っていたんですのね」


 襟亜さんが怒るのも無理は無いが、使い魔さんの扱いに慈悲は全く感じられなかった。

 以前も同じ様に、昏倒した使い魔さんを抱えている襟亜さんを見た事がある。


 そこまでやらなくてもいいんじゃないかという気もするが、襟亜さんは頬白家のルールであり、裁判官であり、本職はお巡りさんだった。


「真結ちゃん、ちょっと待っててね、縫香姉さんももうすぐ戻ってくると思うから」


 キッチンに戻った襟亜さんは、手をよく洗った後、白いエプロンをつけて料理の下ごしらえを始めた。


「やっぱりダメな使い魔って、役に立たないのよねぇ」


 使い魔さんが始末された後、マッサージチェアに座ったのはリザリィだった。

 そして使い魔さんと同じく、ブルブルと身体を震わせながらワインを飲む。

 どちらも傍若無人という点では全く同じだった。


「あら、なんて図々しいお客様なのかしら、タダ酒飲んで帰るつもり?」


「安ワイン代ぐらいお金払うわよ。ほら、ちょっと食費を置いていくから、お酒と食事の材料ぐらい、良いもの買ってよね」


 リザリィはそう言うと、懐から可愛らしい財布を取り出して、数万円取り出し、チェアの横にあるガラステーブルの上に置く。


「あらあら便利ねぇ、ATMみたいだわ。当分は鳥肉の代わりに牛肉が買えそうよ」


 キッチンで料理をしている襟亜さんの声から殺気が消え、穏やかな若妻を思わせる雰囲気に変わる。

 この人は周囲の空気を変化させるのも、思いのままの様だった。

 いつも、近所の人達や俺の両親に接する時は、こんな風に優しくて暖かな雰囲気で接していて、決して先ほどの様な殺気は見せない。


「そこまで貧しいの? ならどうしてこんな豪華なマンションなんか借りちゃうのよ?」


「お金はそれなりにありますわ。ムダが嫌なんですの」


「あ、そ……好きにすればいいわ。私は美味しい物が飲み食いできれば、それでいいしぃ」


 リザリィは先ほどの怯え方など忘れた様に、椅子の中でリラックスして全身を揉みほぐされていた。


「この椅子、いいわねぇ、人間ってこういう便利なのを作るわよね」


「地獄にはないの?」


「機械仕掛けにさせるぐらいなら、手下か奴隷にやらせればいいじゃない」


「あ、でも、前言撤回。この椅子の方が上手だわ」


「リザリィちゃん、なんだかおばさんぽい」


「失礼ね。真結ちゃんの30倍程度しか生きてないわよ」


「そんなに長生きしてるの!?」


「愛に年の差なんて関係ないのよ、ダーリン」


「年上なのは知ってたけど、見た目は年下だし、もう少し若いと思ってた」


「人間って年下が好きなんでしょ? ダーリンにあわせたのよ」


「年上好きの人も居るよ」


「……あ、もしかしてダーリンって縫香や襟亜でもいけちゃう方?」


 そう言われて、すぐに否定は出来なかった。

 そもそも頬白姉妹と出会うまで異性とは無縁だったし、こんな風に女性に囲まれて時間を過ごすようになるなんて想像した事も無かった。


 もちろん、真結の他の誰かを好きになるつもりはないけど、好みとして年上が好きか年下が好きかと言われれば、どちらでもない気がした。


 台所でせっせと料理をしている襟亜さんは、黙っている限りはとても美人だ。

 甘い言葉をかけられて、嫌な気持ちにはならないだろう。


 ただ、口を開けば先ほどの様に恐ろしい一面が出てくるのだが、人間相手にあんな事はしないだろう……多分。


 振り返って、襟亜さんの背中を見ていると、彼女が玄関の方を向いた。


「あら姉さん、お帰りなさい」


 どうやら縫香さんが帰ってきたらしい。

 襟亜さんの時と同じく、扉の開いた音はしなかったが、縫香さんは異次元ほを自由に行き来出来るから、玄関を開けずとも部屋に入ってくるぐらい出来るだろう。


「ただいま。はぁ、やれやれ、全く大変だった。居る所には居るものなのね」


「何か見つかりまして?」


「色々ね……うわ、なんだこのバスローブ? どうして生暖かいの?」


「それ、使い魔が着てましたわよ」


「あいつか、また勝手に好き放題してたのか」


「あっ、姉さん! 今、弓塚君が着てますわよ!」


「んっ?」



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