使い魔さんの豪遊生活
それから夕刻までの間、不安で平穏な時が流れた。
何かが起こるかもしれないと思いつつも何も起こらず、何かが起きなければどうする事も出来ず……。
結局、俺と真結とリザリィは、三人揃ってテレビを見ながらお菓子をつまんで無駄に時間を過ごす事しか出来なかった。
テレビのチャンネルはリザリィの気分で変えられたが、何を見たいという訳でも無いので、好きな様にさせていた。
リザリィ自身も暇だったのだ。どの番組を見たところで没頭できる訳ではなく、何か面白い番組はないかと何度もチャンネルを変えてみるが、それで何かが変わる訳じゃなかった。
真結に至ってはテレビを本当に見てるのかどうかも怪しく、目を開けながら寝てるんじゃないかと思う様な落ち着き具合だった。
「真結、起きてる?」
「うん、起きてるよ」
「そう……」
「暇だね」
「うん……微妙に何もする事が無いな」
「焦っても仕方無いわよ。せいぜい数時間なんだから、のんびりしてればいいのよ」
確かにその通りだったが、リザリィはちょっとのんびりしすぎのような気もした。
でも、彼女がそんな風に楽天的でいてくれたおかげで、なんとか日が傾き始める時刻まで待つ事が出来た。
時計は六時半を過ぎているのにまだ日は高かった。
少し早いかもしれないが、焦る気持ちは押さえきれず、縫香さん達の所へ行きたいと二人に言ってみる。
「そろそろ、行かない?」
「仕方無いわねぇ、行きましょうか」
「はぅい」
真結は暇を潰す事には慣れているのか、身体をゆらゆらと左右に揺らしながら、テレビを見ていた。
部屋を出る前に片付けておこうと思い、皆で食べ散らかした空き袋を拾って、キッチンの脇に置いてある45リットルのゴミ袋の中に放り込む。
「ダーリンって気がきくし、こまめよね。いい奥さんになりそうと思わない?」
「うん、ひろくんはいいお嫁さんになるよ」
一応、褒められているのだろうが、あんまり嬉しくなかった。
しかもこの二人は、俺を嫁がせる可能性も大きい。
リザリィは元から俺と真結を貶めに来たのだし、真結達魔女が人間に嫁として嫁ぐのかどうかも定かではない。
もし俺が良いと言えば、頬白姉妹は俺を連れて魔界に帰ってしまうかもしれない。
そう返事する時は、俺自身、覚悟を決めた時だと思うけど。
部屋を出て、昨日と同じく銀座通りに出た後にコンビニの前を通り過ぎ、国道まで抜けるとマンションが見える。信号の待ち時間を入れて片道15分程度。
少し遠いかな、と思うぐらいの距離なのを、改めて実感した。
重厚な表玄関を開けて中に入り、警備員に見られながら、部屋番号を押して呼び鈴を押す。
「Fu……Fugo、go……」
スピーカーから聞こえてきたのは、あの使い魔さんの声だった。
どうやら縫香さん達は居ないらしい。
「あ、使い魔さん? 真結です、中に入れて下さい」
真結がそう言うと、ピピッという音に続き、オートロックが外れる音がした。
そして警備員のお帰りなさいという挨拶。
「やっぱり、贅沢っていいわよねぇ」
リザリィは、この豪華なマンションに来るのを楽しみにしている様だった。
もしも縫香さん達が、裏野ハイツよりボロいアパートで待機していたら、面倒だから外にでるの嫌だ、家で待ってる。とか言い出しかねない。
殆ど加速度を感じさせずに上昇するエレベータに乗って13階まで上がり、滑らかに開く扉を抜けて、ホテルの様な間接照明が設置された廊下を歩く。
全てにストレスを感じさせない徹底ぶりだった。
お金に余裕があるなら、このVIP気分を満喫する為に、ここを借りる人も居るだろうか。
そして7号室についてボタンを押すと、ベルではなく、携帯の着信音のようなメロディが流れた。
かちり、とドアの鍵が開く音がして扉が開くと、バスローブを着た使い魔さんが迎えに出てきた。
この使い魔さんは全身毛むくじゃらの、雪男みたいな外見なのだが、その毛だらけの怪物がピンク色のバスローブを着ていて、暑苦しいことこの上無い。
「なに? この生意気な格好をしたのが縫香の使い魔なの?」
リザリィはあからさまに嫌な顔をして、俺と真結の方を見る。
「うん。この子がお姉ちゃんが連れて来た使い魔さんだよ」
「……使い魔ってさ、リザリィも使う事があるけど、使える使い魔ってすぐ死んじゃうのよね。でも役立たずはいつまでも生き残るのよ、何にもしないから!」
小姑じみたその物言いに、俺も真結もどう答えていいか分からなかった。
留守番をしている使い魔さんは、あきらかにこの部屋で豪遊生活を満喫していた。
俺達を先導しつつ、キッチンではグラスにワインを注いで『君も飲むかい?』と言いたげに掲げてきた。
「未成年なんで、お酒は遠慮します……」
と言うと、使い魔さんは『そりゃ残念だ』という風に、肩をすくめてみせた。
そのあとグラスとワインの瓶を持った使い魔さんはリビングに入り、マッサージ機能つきのチェアに座ると、正面にある大型液晶テレビに向けてリモコンを操作した。
画面には美少女アニメが写り、一時停止していたらしく、物語が再開していた。
使い魔さんは、マッサージチェアの電源を入れて、全身をブルブルと震わせつつ、グラスについだワインを飲んでいた。
「ああ、これ、流行ってるね」
街中でもそのアニメとコラボレーションしたイベントや商品が出るぐらい、人気のある作品だった。
「Fu! Mofu! Fufu、fu!」
使い魔さんは気を良くしたらしく、頷きながら俺に向かって何かを語りかけてきたが、何を言ってるのかさっぱり分からない。
「真結、使い魔さんは何を言ってるの?」
「えっとね、なんだか一杯話してて、通訳するの難しいの。使い魔さん、落ち着いて。ゆっくり話して!」
「Fuoo……OuUm」
使い魔さんは今度はもう少し落ちついた感じで、真結に何かを語りかけてきた。
「この作品はアニメ史上最高の作品だと俺は思ってるんだ、間違いない」
「このアニメは今までの見るアニメとは違うんだ。俺達がスポンサーになって、女の子達の未来を決める事が出来るんだ」
どうやら使い魔さんはこのアニメの説明をしたがっているらしかった、
「一人一人が、スポンサーなんだ。俺はこの子のスポンサーとして、このCDを10枚買ったよ。君も気に入った女の子のCDを一杯買って、スポンサーにならないか」
使い魔さんが 山積みになっているCDの一枚を取って俺に見せた。
そしてCDケースを開くと、リーフレットにある投票コードを示した。
「愛は盲目ねぇ。これ、同じCDなの?」
リザリィが山積みのCDの側にしゃがみ込むと、一枚一枚開けて中身が同じかどうかを確認していた。
「聞いた事はあるよ。その投票コードをネットで入力すると、そのキャラクターのポイントが貯まるんだって」
「それで、貯まったらどうなるの?」
「俺は興味がないから、よく分からないけど、きっといい事があるんじゃないかな」
「見返りはないんでしょ? 一方的な献身? 自己犠牲? 人間ってそういうの、好きよねぇ」
「そうですわね、どれを聞いても同じ音しか聞こえないCDを10枚も買うなんて……いったいどこからそんなお金が出てきたのかしら?」
その台詞を聞いた時、俺は背中に寒いものを感じた。