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103号室

 部屋に戻る頃には、なんとか股間の興奮は収まり、平静を取り戻していた。


 ちょっとそこまでと思って、薄手のスウェットを履いていたのが間違いだった。

 せめてジーンズなら、あんなに目立ちはしなかっただろう。


(女性に触られた事なんて無かったし……)


 その方面では、初めての体験をしてしまった。


「ダーリン、欲求不満は身体にも心にもよくないわよ。せっかくの同棲生活なんだから、羽目を外してみたら?」


「羽目を外すとしても、相手は真結だから」


「えっ! 真結がなでなでするの!?」


「なでなでって何!?」


「だ、だから、お姉ちゃんがしたみたいに……」


 と真結が顔を赤らめながらそこまで言った時、階下で子供がトトトトと走る音が小さく聞こえてきた。

 耳を澄ますと、お母さんがまな板で何かを切っている音も聞こえてくる。

 おそらく、昼ご飯を作っているのだろう。


「あ、ほら、こんな感じ。色んな音が聞こえてきてる」


 真結が昨日言っていた静かすぎる事への不安は、これで確かなものになった。


「ふーん、本当ね、昨日は何も聞こえなかったわ」


 リザリィはそう言いながら、俺達が持ってきたビニール袋を引っ張ってテレビの前に陣取ると、中からお菓子とお酒を取りだして、貪り始めた。


 俺は布団を畳んで押し入れに直し、真結がテーブルをリビングの中央に出してくれた。


 天井をトコトコと何かが走っていく音が聞こえたが、多分ネズミだろう。

 ネズミが走っていったのは隣の部屋の方だった。


 隣の部屋からは何も音がしないが、壁に耳をつけてみたら何か聞こえるだろうか?


 そう思って隣の部屋の様子を伺うために壁に耳をつけたが、壁伝いにクーラーの音がゴゥンゴゥンと大音量で鳴り響いていて、それ以外の音は何も聞こえなかった。


「ダーリン、何か聞こえた?」


「駄目だね、何も聞こえない」


 202号室の静かさは、どうやら昨日の奇妙な静けさとは関係が無いらしい。

 不自然に静かでも、そうじゃなくても、物音はしなかった。


「ひろくん、ごはん、食べよ」


 真結がそう言って、テーブルの上にコンビニの弁当を置いてくれた。

 とりあえずの所、今は普通でおかしな事は起こっていない。

 昼食を我慢してまで、何かをする必要は無かった。


 真結の弁当はとろろ蕎麦で、俺の弁当は洋風ランチというやつだった。


 ボリボリとお菓子を食べるリザリィを横目に、二人で弁当を食べていると、この妙な生活感が奇妙でおかしくなってきた。


「ひろくん、なんだか嬉しそう。ごはん美味しかった?」


「あ、うん。えっと……こんな風に、友達だけで生活するのって楽しいね。旅行は旅っていう目的があるんだけど、同棲は全然違う」


「ダーリンは一人っ子だからじゃない?」


 リザリィにそう言われたが、あんまりピンとはこなかった。


「ダーリンとリザリィと真結ちゃんが兄妹だったら、これが毎日続くのよ? リザリィと真結ちゃんは兄妹がいるから、楽しいっていうより解放されたって感じ」


「解放って……リザリィは一人暮らししてるんじゃないの?」


「ええ。だから人間界に来てからは自由にしてるわ」


「リザリィちゃんはお菓子ばっかり食べてたら、身体に良くないよ」


「悪魔は病気にならないから大丈夫よ。人間や魔女は病気とか体調とか太るとか、色々と大変よね」


「うー……縫香お姉ちゃんも太らないんだよね。真結はがっちり太るのに」


 縫香は存在自体が卑怯よね。と言いつつ、リザリィはポテチの袋を放り出して、次はピーナッツの袋に手を伸ばしていた。

 既に四つの空き袋が散乱していて、そのままだと残っている細かい中身が布団の上にこぼれてしまいそうだった。


 仕方が無いと思いつつ、それらの空き袋を片付けていた時、ふと、ゴミっていつ出せばいいんだろう、という疑問が浮かんだ。


「ゴミの日っていつか知ってる?」


「……引っ越しの書類、見てみるね」


 真結も知らないらしく、硯ちゃんが纏めてくれた引っ越し関係の書類を引っ張り出すと、町内会のおしらせ等に目を通していた。


 俺も御鑑市のパンフレットを見てみたのだが、ゴミの日については別紙参照と書かれていて、肝心のその別紙が見当たらない。


「ゴミなんて、適当にゴミ箱に出してたら、誰かが勝手に持っていくわよ」


「リザリィの家はそうでも、ここはそうじゃないかもしれないんだよ」


「いちいち住む所で違うの? なんで違うのよ」


「俺に聞かれても……なんでだろうね?」


「うーん、ゴミの日が書かれた紙がないよ。どうしよう」


「ちょっと、201のお婆さんか103の奥さんに聞いてみようか」


 もしゴミを出す日が明日なら、このゴミは今日のうちに出さないといけない。

 それだけの話なのだが、簡単に聞けるものなら聞いておきたかった。


 玄関を出て201の扉の前まで行き、チャイムを押すが、残念ながら返事は無い。

 電気メーターを見ても動いていないし、外に出ている様だった。


「お婆さん、居た?」


 俺を追って部屋から出てきてた真結に首を振る。

 真結は片足をあげて、サンダルをしっかりと履きながら、下の方を見て言った。


「じゃあ下かな?」


「うん。下の奥さんに聞こう」


 二人で階段を降り、103の扉の前に立つと、チャイムを押して奥さんが出てくるのを待った。

 先ほど物音がしていたから、すぐに出てくるだろうと思ったのだが、どうも出てくる気配がしない。


 もう一度チャイムを押すと、扉の向こうでがさごそと物音がし、程なく扉が少しだけ開いた。

 扉を開けたのは子供で、無言で俺達を見ている。


「お母さん、いる?」


 真結が腰をかがめて子供の視線に合わせてそう尋ねると、子供は大きく頷いた。


「呼んできてくれないかな?」


 と頼むと、今度は大きく首を横に振る。


「ダメなの? 今は無理?」


 真結の質問に対し、子供は扉を大きく開けると、リビングの方に戻ってしまった。

 開け放たれた扉から室内を見ると、奥さんは奥の畳の間で正座をしながら何かを見ている。テレビだろうか?


「すいません、今、いいですか?」


 と俺が声をかけてみたが、奥さんは全く聞こえていない様で、無視された。

 いや、無視というよりは聞こえてないというべきか……何か様子がおかしい。


「あの、すいません。上がっても良いですか?」


 そう言いつつ、靴を脱いで部屋にあがる。

 キッチンのテーブルの上にガスの請求書が置いてあり、深谷健二と書かれていた。

 それが旦那さんの名前らしい。


「深谷さん、大丈夫ですか?」


 奥さんに声をかけながら部屋に入った時、俺はそこに異様な光景を見た。


「な、なんだ……これ……?」


 壁一面に巨大な絵が飾られていた。縦2メートル、横は3メートルはあるだろうか。

 奥さんは魂が抜けた様に、この巨大な絵を茫洋と見ていた。

 子供は絵に興味が無いらしく、部屋の隅で子供向けの本を読んでいた。



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