悪魔の爆買い
二人で並んで歯磨きをしていると、何故かリザリィが割り込んできて歯磨きを始めた。
一人が寂しかったらしい。
三人で洗顔を終えた後、真結は髪の毛の手入れをする為に、洗面所に残っていた。
俺とリザリィはリビングに戻って、テレビの前で座って暇を潰していた。
「ダーリン、お昼ご飯はどうするの?」
「コンビニかなぁ」
「コンビニって便利よね。人間界にきて一番驚いたわ。一日中開いてる上に何でも揃ってるなんて、そんな素敵な雑貨屋、地獄にも魔界にもないわ」
「うん。助かるよ。店員さんは大変だろうけど」
「色々足りない物があるから、お昼ご飯のついでに買いたいわ」
「ああ、クーラーの電池も買っておいた方がいいかも……電気屋さんに見て貰うのは、今からじゃ無理か」
果たして、昨晩クーラーが止まったのは、故障なのかリモコンの電池切れだったのか。
その後勝手に動きだした後は、リモコンで普通に操作できた。
そうなると素人ではいよいよ、何が原因で止まったのか分からない。
(もし、今日、またクーラーが止まったら、リモコンの電池を新品に交換してみて、それで駄目なら、電気屋さんにそう言おう)
五分ほどリザリィと共にテレビを見ながら待っていると、真結がお待たせと言って、洗面所から出てきた。
その後彼女は鞄の中からスタイリングスプレーを髪につけたり、服の下から手を入れて汗止めを身体に吹き付けていた。
細くて白い彼女のお腹がちらりと見えた時、やっぱり、丸見えよりちらりの方がいいなぁと心の中で思ってしまった。
「お昼、どうする? 駅前に食べに行く?」
「コンビニに行こうかなって、ダーリンと話をしてたの」
「わかった。じゃ、コンビニに行こ」
ワイドタイプの液晶テレビの電源を消すと、リザリィは立ち上がり、スカートの皺をぽんぽんと叩いなおす。
すると皺は綺麗になおって、生地はアイロンをかけたみたいに滑らかになった。
「その服にもリボンみたいな魔法がかかってるの?」
「そうよ。いつ何時命を狙われるかわからないでしょ。護衛が居ない今は自分の身は自分で守らないと」
「護衛かぁ……」
以前、リザリィにはコイルさんというスーツの似合う男性が護衛としてついていたが、ラビエルさんとゴタゴタを起こした時に斬られてしまい、地獄界に強制送還されてしまった。
リザリィやコイルさんは、地獄界に本体が居て、今見えている人間の少女の姿は人間界で活動する為の専用の姿らしい。
だから人間界で切り刻まれたとしても、地獄界で本体にとどめを刺されなければ、死ぬ事はないのだそうだ。
リザリィの本当の姿は、どうもかなり怖い系らしく、本当はライザリという名前で、とても偉い悪魔の妹らしいが、当人が可愛くないから嫌だと言ってリザリィと皆に呼ばせている。
縫香さんや襟亜さんも、魔界では全然違う名前だが、真結と硯ちゃんはそのままの名前らしい。
魔界や地獄界は人間界と違って色々複雑なルールがあるらしく、今、リザリィが言った様に命を狙われる危険もあった。
人間界と人間は守られている。
この日本はその中でも、より平穏な国だと思う。
繁華街の銀座通りに出て、少し駅の方に歩くと、やや大きめのコンビニがあった。
数年前には潰れた店しか並んでいなかった所に、隣に三軒、奥に二軒ほどの広さの土地が整地され、そこに駅前で初めてのコンビニが出来るというので、噂になった。
その後は駅のもっと近くに小さいコンビニができたり、裏手にライバル店が出来たりと何軒も出来たが、この大きなコンビニがこの辺りでは最初の店だった。
客入りはとても良く、儲かっているらしく、去年の暮れには改装して真新しくなっていいた。
だから出店自体はかなり古いが、店の中はピカピカの状態だった。
「さ、必要な物を買いましょ」
とリザリィは言うと、お菓子のコーナーに直行して手当たり次第に篭に入れ始めた。
「そ、そんなに買うの!?」
「買えるだけ買えばいいじゃない。お金は払うわよ。ダーリン、篭持って」
リザリィから篭を受け取ると、その中にスナック菓子やらチョコレートやらケーキがどんどん放り込まれていく。
真結はこれはまずいと察したらしく、自分で篭を持って牛乳やお茶などの、本当に必要な物を篭に入れていた。
「…………」
先ほど言った通り、この店は客の入りがいい。
今でも店内には7、8人の客がいて、コンビニとしてはかなり繁盛していた。
そのお客さん達が唖然とするほど、リザリィは篭に品物を入れていく。
お菓子の次はお酒、その次はおつまみだが、お酒は重いから一本だけにしてとお願いした。
スーパーならカートがあるからいいが、コンビニにそんな物は無い。
これだけの品数を買うなら、もう少し足を伸ばしてスーパーに行った方が、一回り安いだろう。
あくまでコンビニは利便性が優先で、商品自体はさほど安くはなかった。
「リザリィ、無理、重すぎ」
「ちょっと買いすぎたかしら。何度も来るのは面倒なのよ」
「これ殆どお菓子だし……俺、弁当買うよ」
「あ、ひろくんのお弁当、こっちに入れるよ」
「ありがとう真結。そこの洋風弁当をお願い」
「真結ちゃん、支払いは一緒でいいわよ。夕食のお礼よ。借りは嫌いなの」
色々と好き嫌いの多い悪魔だった。いや、悪魔だし、そんな物だろうか。
篭二つ分の商品を置かれて、店員さんも作り笑いをしていたが、あきらかにうんざりしていた。
にもかかわらず、リザリィは、ショーケースの中の唐揚げとか、全部二個ずつ頂戴。と言うので、店員二人がかりで会計をする事になってしまった。
幸い、もう一人店員さんが居たので、他のお客さんはそちらに行ったが、俺達を目る視線は冷たかった。
「ちょっと、恥ずかしいね……」
「う、うん……」
「どうして? こんなに一杯買い物したら、お店としては嬉しいんじゃない?」
「それはそうだね……」
会計は6千円を超えていたが、リザリィは財布から一万円を取り出すと、それを店員に渡した。
「お釣りは要らないわ。募金箱にでも入れておいて」
「は、はい、ありがとうございます。こちらがレシートです」
店員としては釣りの心配をしなくて良い分、助かったと思っていただろう。
ビニール袋は大小合わせて5袋になり、案の定リザリィは一つも持たず、俺と真結が手分けして持つ事になった。
「リザリィちゃん、太っ腹だね」
「悪魔なのに、貧しい子供の為に募金してあげるなんて、罰当たりな話よね」
「良いことをして罰が当たっちゃうのか……」
「細かい話よねー。困ってる子供達の魂を楽して取る悪魔の方が普通なのよ。楽をしてるっていう点では、あそこにいる二人もそうよね!」
リザリィは縫香さん達のいるマンションを指さしてそう言った。
もし縫香さん達が俺達を監視しているなら、きっと見えただろう。