寝覚めの悪い朝
翌日、目が醒めた時、全身の筋肉が固まったような感じになっていた。
頭は酷く重く、目も痛い。
もうちょっと寝ていたいという気持ちもあるが、真結とリザリィが起きていたらそうもいかないという見栄もあった。
寝ぼけ眼で部屋を見回すと、ぼさぼさの髪の真結と目が合った。
俺と同じく眠そうな顔でこちらを見ている。
「おはよう……ひろくん」
「おはよう……今、何時?」
「そろそろ11時半よ。二人ともよく寝てたわね」
リザリィはテレビの前で横になりながら片手で頭を支えて寝ていた。
「リザリィお早う……寝れた?」
「寝れたも何もないわよ、気絶してたんでしょ? なんだかとんでもない物を見た気がするけど、脳味噌の方が勝手に忘れたみたい」
「そう……元気そうで良かった」
「二人ともなんだか眠たそうだけど……あっ、ま、まさか、二人とも朝までそんな事してたわけ!? どうしてリザリィも混ぜてくれないのよ!」
「何の話だよ……俺、昨日はなんだかよく眠れなくて……夜中にクーラーが止まって起きたし……ちょっとダルイ」
「真結は……二度寝すると……いつもこうだから……起きられないんだよね」
「真結ちゃん、頭ボサボサよ? それはそれで可愛いけど」
まだ寝たままの脳味噌で窓の外に広がる夏の青空を眺めていた時、ふと、昨晩の記憶が蘇った。
(隣の部屋の窓……)
真っ黒で、部屋の中が黒い水で満たされている様に見えた。
夜の闇でははっきりと見えなかったが、今なら見えるだろう。
フラフラと窓際までいき、ガラス戸を開けると、ムッとした湿度の高い空気が部屋の中に入ってきた。
昼前の陽光に暑さを感じつつ、ベランダに身を乗り出して隣の部屋を見る。
隣の部屋の窓には、黒いビニールシートの様な物が貼り付けられていた。
どうしてカーテンではないのだろうか。
外からの光を遮断する為だろうか、それとも部屋の中を見られないようにする為か。
エアコンの室外機は動いていた。中に人は居るのだろうか?
昨日は電気メーターが動いていなかった。
ガラス戸を閉めて今度は玄関の方に行き、扉を出て202の玄関の前に行く。
電気メーターを見ると、今日は動いているのが見えた。
銀の円盤がくるくると周り、時折赤い線が見える。
やっぱり、誰かが住んでいる。
ビニールシートは異様だが、何か理由があるんだろう。
お婆さんの言っていた気難しい人、は、この部屋の住人だろうか、それとも下の102の住人だろうか。
少しずつ意識がはっきりとしてきて、背伸びをしながら203に戻った。
「何かわかったかしら?」
「うーん、異常が無いって事がわかったよ」
「そう。その方が良いわね。昨晩、リザリィがそこの窓を開けたら、上から女の首が……」
どうやらリザリィは記憶を取り戻したらしく、そこまで言って固まってしまった。
「リザリィちゃん、気のせいだよ。何も無かったよ」
「……そ、そう。気のせいよね。びっくりでさえないわよね」
自分で思い出したのだから、こちらは気の使いようもなかった。
歯磨きをして目をしっかり醒まそうと思い、脱衣所の扉を開けると、足下に割り箸の破片が落ちているのが見えた。
良く見ると、少し離れた所に、クモの死骸も転がっている。
「これ、昨日の……どういう事?」
割り箸はともかく、クモの死骸を真結が見たら、また硬直してしまうだろう。
俺は脱衣所の扉を閉めて、トイレから紙を取ると、クモの半身を取ってトイレに流した。
トイレの水を流すのと、脱衣所に真結が入ってくるのは同じぐらいだった。
真結も歯磨きをしに来たらしいが、鏡を見て自分の頭が爆発している事に気付くと、手串で髪の毛をならしていた。
「ごめんね、ひろくん。嫌いにならないでね」
「ならないよ、大丈夫」
たとえ一日中ボサボサ頭だったとしても、俺は真結の事を嫌いにはならないと思う。
他人の事よりも、自分の頭の方が、寝癖で変な形になっていて恥ずかしかった。
とりあえず、水で髪を濡らして寝癖を調えながら、歯磨きをする。