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このお風呂では何を洗うの?

 古い家では時々目にする、アシダカグモという大きなクモだった。


 そのクモが、扉に挟まれた時、まるで鋭利な刃物で切られたかの様に切断されて、床の上へと落ちながら、脚を縮こまらせる。


(嫌な物、見ちゃったな……でも、普通、こんな切れ方するかな?)


 俺はリビングにもどってティッシュを数枚取ると、その死骸を床の上から取った。

 死骸を直視する気にはなれないので、そのままくるんで、ゴミ箱にもっていく。


「真結?」


「…………」


 真結が立ち尽くしているので、どうしたのかと見てみると、立ったまま硬直していた。

 目の前で手を降っても、反応がない。


「真結、大丈夫?」


「む、虫は、ムリ……」


 そう言った後、真結はフラフラとその場にへたり込んでしまった。

 彼女に肩を貸してリビングまで連れて行くと、テーブルを脇に寄せ、リザリィの使っていた布団を敷いてその上に真結を寝かせた。


「ごめんね。本物の虫は駄目なんだよね。ウデムシっていうのを見てから駄目になっちゃって……」


 そんな名前の虫は聞いた事が無い。魔界の虫だろうか。


「虫は宇宙から来た生命体だよ……間違いないよ……」


 とにかく真結が虫は駄目だという事はよく分かった。

 しかも目の前でぶつ切りになったのだから、そのショックもあっただろう。


 俺はゴキの方は苦手だが、アシダカグモは町田の家で何回か見た事があったので、まだ見慣れていた。

 町田の話では、アシダカグモは軍曹とあだ名が付くぐらい一部の人達には親しまれていて、ゴキを全滅させてくれる有能な益虫なのだそうだ。


 勿論人間には無害で、あわてた時には前ダッシュしかしないという臆病な奴だから、後ろから追えば見えない所に行ってくれるらしい。


 問題は、あの扉に挟まれた時に、まるで刃物で切られた様に真っ二つになった事だった。

 扉の向こうには半身が残っているだろうと思い、再びティッシュを持って脱衣所にいくが、ある筈の半身は見つからなかった。


 不思議に思って、脱衣所の中に入ってよく探してみたのだが、床上にも、扉の近くにもクモの半身は見つからない。


「なぁに? ダーリン? 一緒に入ってくれるの?」


「い、いや、なんでもないよ」


「も、もしかして……何かあったの?」


「何も無いよ、大丈夫」


「リ、リザリィ、すぐにお風呂出るわね。このお風呂、なんだかとっても合わないし」


 そう言うと、リザリィは裸なのも構わず、風呂の扉を開けて出てきた。

 いつぞやの温泉の時もそうだったが、縫香さんとリザリィは俺に裸を見られる事に全く躊躇いがない。

 俺はすぐに視線を反らして後ろを向いたが、リザリィは留まるように頼んできた。


「ダ、ダーリン、コワイからそこに居て。逃げちゃ駄目よ」


 リザリィが急いで身体を拭く音が背後で聞こえていた。

 バッバッ、シャッシャッというせわしない音を聞くと、なんだか滑稽に思えてくる。


「何があったの? 何も無ければこないわよね。またその扉なのね。音がしなくなったのね?」


「今度は、音じゃないんだよな……」


「また別の事なの? とにかく早くここを出た方が良いわよね。地獄のバスルームってわけ? 地獄だったらまだマシよね。呪われてるの?」


 重ねて言うがこの子は百年以上生きている地獄から来た存在で、闇の令嬢の二つ名を持つほどの上級悪魔だ。

 どうしてこんなに臆病なのか、その方が不思議だった。


「このお風呂では何を洗うの? 頭蓋骨? 儀式の心臓?」


「リザリィ落ち着いて、風呂場は異常無いから。変なのはこの扉だから」


「扉? ああ、扉……今度は何だったの?」


 リザリィは下着だけ着替えて再びドレスを着ていた。

 もう見ても大丈夫だと思ってリザリィの方を見た時、俺はちょっと驚いた。


(リザリィって、髪をおろしたら、結構可愛い……)


 いつもは黒い大きなリボンで、髪を左右に纏めていて、それが子供っぽく見えるのだが、今のリザリィは背中まで届くぐらいのふわふわロングヘアで、かなり印象が違っていた。


「どうしたの? リザリィ、何か変? もしかして何かに洗われてる?」


「あ、いや、髪を下ろした所って、見た事がなかったから」


「リボン? リボンが必要なのね? このリボンは右は対物理防御で、左は対魔法防御なのよ。これのおかげで火でも槍でも怪我をしないのよ」


「そんなにすごいものだったんだ」


 着替えを終え、元通りリボンをつけおえて見慣れた姿になったリザリィに、扉の事を説明した。

 虫が扉に挟まれた事、虫を見て真結が倒れた事、その虫が真っ二つになった事。


「……ちょっと、この割り箸を挟んでみるよ」


 俺は一本の割り箸を持ってくると、扉の間に挟み、そして閉めた。

 すると案の定、割り箸はさくっ、と斬れてしまった。


「危ないわよ、この扉。指とか挟んだら斬れちゃうって事よね?」


「うん、危ない。そしてなんかヤバイ」


「扉には一人では近づかない用にしましょう。夜中のトイレとか二人一組よ」


「うん、笑い事じゃないね。この扉はちょっと危ない」


 リザリィと二人で頷いた後、この事を真結に説明する頃には、真結は平静を取り戻していた。


「もう大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」


「虫はリザリィに任せて。虫は友達だから大丈夫よ。真結ちゃんはホラーをなんとかして」


「が、がんばってみる」


 なんとも不釣り合いな約束だった。


 その後、テーブルを片付けると、リビングに三人分のふとんを敷いて、いよいよ寝る事になった。



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