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古めかしい風呂場

「あのさ、101に入っていった年配の人だけど」


「うん?」


 俺が話し始めると、真結とリザリィがこちらを向いた。


「俺の父さんももうすぐ50なんだけど、夕食の時とかにいつも言うんだ。50になったら大変だから、40代の今のうちに頑張らないとって」


「何が大変なの?」


「身体は追いつかないし、仕事は沢山あるし、上役との付き合いと部下との接し方も大変だし、色んな責任も負わされるって言ってたよ」


「宮仕えみたいなものね。あれは大変だわ。上から無理難題を言われるし、下の雑魚は言う事を聞かないし、結局自分でケリをつけなきゃいけないのよね」


「地獄界も大変そうだね……」


「あの101のオヤジも大変そうだって言いたいの?」


「逆だよ、確かに疲れてる様に見えたけど、仕事で疲れた様な感じには見えなかった。103の旦那さんの方が、仕事に疲れて帰ってきたって感じだった」


「……言われたら、そんな感じもするわね。疲れてるっていうよりくたびれてるのよ」


「あ、それだよ。そう思ったんだ」


「何かが、少しずつ、普通じゃない」


 真結がそう言うと、リザリィがため息をついた。


「普通だったら、私達が来る事もなかったわよ。調査は明日からでもいいんじゃない? 今日のお昼に引っ越してきたばかりなのよ?」


「うん。そうだね。気になっただけ」


「ごはんも食べたし、今日はお風呂に入って寝ましょ。リザリィは20時間は寝ていたいのよ」


「そんなに寝るの!?」


「あったり前じゃない。欲望にまみれた怠惰な生活が悪魔のウリなのよ? 勤勉とか節制とかやってらんないわぁ」


「起きてる時間が4時間しか無いよ、今日はもうオーバーしてるよ」


「そうなの! だから寝ないと! だからお風呂入らないと!」


「それならリザリィから入って来たら?」


「いいの? それじゃリザリィから入ってくる」


 真結もそれでいいと言うと、リザリィは立ち上がり、風呂場と洗面所の方の扉に向かったが、何故か戻ってきて座ってしまった。


「リザリィは後でいいわ」


「ど、どうしたの? 何かあった?」


「もうちょっとお酒が飲みたい」


「うわぁ、なんてわがままで気分屋なんだ……」


 リザリィは思い出した様にテーブルの上に置いてあったお酒に手を伸ばす。


「このお酒飲んだら入るから」


 誰が先に風呂に入るかなんて大した問題じゃないからいいんだが、リザリィは何かにつけて他人を振り回すというスキルをもっているみたいだった。


「ひろくん入ってくる?」


「うん。先に入ってくるよ」


 俺は立ち上がると、風呂場に入る扉へと近付いた。

 そしてその時、リザリィが気変わりした理由がなんとなくわかった。


 扉は数センチ開いていて、その隙間から何かが見える。

 不思議なのは、その隙間は蜃気楼の様にぼやけていて、はっきりと向こう側が見えない。

 そのぼやけた向こうに何か黒い物がある様に見えた。


 リザリィはこれを怖がったんじゃないだろうか?

 一体、何があるのか?

 どうして空間がぼやけているのか?


 俺が扉のドアノブに手を伸ばし、勢いよく扉を押し開けると、ふわっ、という空気が逆巻く感じと共に、扉は音もなく開いた。

 扉の向こうには何も居ない。黒く見えた何かも無い。


(何だ……?)


 扉を開けた先は脱衣所で、洗面台と洗濯機が置いてある。

 右には風呂場へ入る扉があり、左にはトイレへ入る扉があった。


 なんだろうか……室内に比べて、この脱衣所はひどく古めかしく感じる。

 クリーニングされただけでリフォームはされてなく、昔のままの状態に見えた。


 洗面台は水垢で汚れていて、蛇口は青サビがところどころついているが、カビなどは生えていなかった。

 蛇口をひねって水を出すと、最初に赤い色の錆びた水が流れ出た。

 その後は透明な水が出続けたが、飲むのはやめた方が良さそうだった。


 洗濯機はレンタル品で綺麗なドラム式の物だった。

 脱いだ服をその上に置き、裸になって風呂場に入った。


 風呂場も作り自体はとても古い物だった。

 全面、一センチ四方のタイル張りで、風呂桶も一体化していてタイルが貼られていた。


 目地に水を貯めた跡が残っていて、田舎の古い温泉宿を思わせる。

 電球も天井に裸電球がむき出して釣られていて、今時これは、どうなのかと思う様なものだった。

 多分、水かかかったら危ないし、濡れた手で触れば感電するだろう。

 天井に直づけされているので、椅子がなければ届かない高さだが。


 壁面にはプラスチックのレバーと何かのメーターがついている装置があり、

 良く見るとそれが湯沸かしのスイッチだった。

 レバーは最初に左側にセットされているが、それをもって一度右側へぐるりと

 回すと、点火という所で止まり、チチチチ、と点火プラグの音がする。


 それでボッという音と共に点火すると、メーターの針が動いて台紙に印刷されている黒から赤い方へとゆっくりと移動していった。

 それで、準備完了です、という事らしい。


 その後レバーを今度は左側へぐるり、と回しきった後に、ハンドルを回すとお湯が出る。

 温度を調整するのは、水とお湯の混合比でやるタイプだった。


 この蛇口もやはり最初は赤さびの混じった水が出てきた。

 最初にリザリィが入っていたら、びっくりしただろうか?


(レトロ過ぎる……いつ、作られた建物なんだろう……)


 残念ながらシャワーもなく、洗面器と椅子、そして石けん、とシャンプー、リンスはレンタル品なので、不釣り合いに綺麗なものだった。


 お湯は床に流れ落ちると、そのまま壁際へと流れていき、洗い場の隅にある穴の中に流れ落ちていく。

 放っておけばいつまでも流れていってしまう。


 湯船にお湯を貯めて、そこから洗面器でお湯をすくわないと、やってられない。

 予め、お湯を貯めておく方が使い勝手が良さそうだった。


 お湯を貯めながら身体を洗い、髪を洗うと、お湯が貯まる量より洗面器でくみ上げる量の方が勝ってしまって、なかなか貯まらない。

 とても不便だが、昔はこれが普通だったんだろう。


 結局、頭を洗うのはシャンプーだけでやめて、後は湯船に浸かりながらお湯が貯まるのを待っていた。

 半身浴程度にお湯が貯まる頃には、夏場という事もあって十分に身体は温まったので、外に出ようと風呂場の扉を開けた。


 その時、ぱたん、と小さな音がして、脱衣所の出入り口が閉じたのが見えた。

 誰かが出て行ったらしい。トイレでも使ったのだろうか?


 タオルハンガーにかけられているバスタオルもレンタル品だったが、見回す限り代わりのタオルは無かった。

 仕方が無いので、そのタオルで身体を拭いた後、新しい下着に着替えて、脱衣所を出た。



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