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異世界で国を乗っ取ってみた  作者: もかと夜猫
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「人選を間違っているだろう?」

 思えばどこで人生選択を間違えてしまったのか。普通に生活をしていたはずだ。とくに変わり映えのしない日常。少々普通の一般高校生とは異なる点があったかもしれないが、異世界トリップなどアニメやライトノベルのような展開になるような人生ではなかったはず。


 そうだ、俺は普通に生活を送っていただけだ。


 飛鳥はすでにもう何度目になるか分からない溜息を吐きつつ、舗装されていない道なき道を歩き続けたことで酷く汚れてしまった自身の靴のみを見つめる。許されるならば顔をあげたくなかった。自分が今現在いる場所を認識したくなかったのだ。それがどれだけ無駄な抵抗だと理解していても、感情が認める事を全力で拒否していた。認めてしまえば、飛鳥の中の今までの常識だとかが瓦解してしまいそうで、恐ろしかったのだ。


 ふんわりと足を軽く埋もれさせてしまう真っ赤な絨毯。

 壁は大理石のようにつるつるで、高そうな金の額縁に飾られているのは王冠を被っていたり、立派な装飾のなされた剣を掲げている引き締まった体型の中年男性の絵画ばかり。それらが長い廊下にずらりと飾られている。飛鳥は、これらの絵に描かれている人物は歴代の王であろうとぼんやりと頭の中で結論をつける。


 だからどうしてこうなった。人選をどこかで確実に間違えている。


 苦虫を噛み潰したように顔を顰めつつ、押しつけても浮き上がってくるなんとも言えないドロドロとした感情を持て余しながらも、今こうして生きているだけでも幸運な事なのだと何度も自身に言い聞かせる。

 人間がいるのであれば、人間のコミュニティーの中に入るべきだと考えた。だから大人しくゴブリンの道案内に着いて行ったのだ。しかし、ゴブリンと別れてからは本当に酷かった。心の底から恐怖が込み上げてくるような図太い何かの鳴き声。ふと上を見上げれば空想とされていた純白のドラゴンが空を飛んでいる。何かの視線を感じる。思いきって草むらを覗いてみるが何も見つからず、かと言って確実に何かに監視されていると分かる居心地の悪さ。正直に言えば飛鳥は発狂寸前だったのだ。緊張の糸が張り詰め、ぎりぎりの所に現れた救世主……現れたのが言葉の通じる人間であったという事実だけで、飛鳥はもう疑うという事をどこかに投げ捨ててしまっていた。自身と同じ種族。身なりこそ違う物の、言葉での意思疎通が可能な相手。自身に害がない相手。それだけで、信用してしまった。普段の飛鳥であればあり得ない失態。しかし、それほどに飛鳥は混乱し、平静を装って物分かりの良い振りをしていただけであり、やはりそれなりに混乱していたのだ。


 現れた男に対し、初めに飛鳥が抱いた印象は冒険者。背中にシンプルな日本刀によく似た刀を背負い、動きやすさを重視した自衛隊のようなクリーム色の格好に、朱色の騎士のような甲冑姿だったからだ。そして、月明かりに照らされて輝いて見えた胸元の紋章は、翼を広げた銀色のドラゴン。どこかの国に所属する役人のようなものだと飛鳥は解釈した。事実、男はバルバッサ国の兵士だと名乗った。

 日に焼けた、筋肉隆々の熊のような男。ただ、ニカリと歯を見せて笑うと人好きなおじさんと言った感じで、恐怖は抱かなかった。

 迷い人を保護しに来たと言って手を差し出して来た兵士に、飛鳥はぺこりと頭を下げて礼を述べた。そこからは、あれよあれよという間に事が進んだ。飛鳥はゴブリンに言われた事を守り、気付いたら湖にいたという事と苗字ではなく飛鳥と、名だけを名乗った。兵士は特に詰問してくることもなく、飛鳥を丁寧に扱った。



 迷い人はどこにも所属していない異世界人の総称。どこの国にも所属していない、そしてこの世界の者ではない者のこと。ということはつまり、後ろ盾を持たないと言う事になる。何をされたとしても守ってくれる者も法律も適用されぬ存在である。だからこそ兵士は飛鳥に早急に国での登録を行い、保護者を見つけねばならないと諭し、丁寧に説明をした。

 その説明に特に疑問を抱かなかったので兵士の言葉に素直に感謝し、従ったのだが……そこで飛鳥は人生で初めての乗馬を経験する。それは経験という可愛らしいものではなく拷問に近い物であった。

 二度程休憩を挟んだが、それは座って水分補給や仮眠を取ると言ったものではなく、馬を乗り潰してしまわないためにと馬を交換する間だけ馬上から解放されるというものであった。

 男同士、例えばバイクであれば二人乗りをする時は相手の腰に腕を回したりはしない。回した方が安全なのは理解出来る。しかし、頭では理解出来ていたとしても感情は別物。男とは面倒な生き物なのだ。馬でも同じ。飛鳥も、もれなく一般的に面倒な男であり……なんとなく腰に腕を回すことに気が引けて、足でしっかりと馬の鞍を挟み、兵士の腰に手を添えるだけにした。だが、走りだした瞬間に体は宙を舞いあっけなく落馬。頭こそ打たなかったものの、何をしているのだと生ぬるい眼差しを向けられたのが飛鳥にとっての第一の心の修羅場。どうやらこの世界にとって、乗馬は自転車と同じ扱いらしい。

 第二の心の修羅場は、舗装されていない道なき道をひたすら猛スピードで駆ける馬上の上で過ごした事。王城に辿りついた頃には、空には朝日が昇っていた。長時間馬上でひたすら揺すられていたのだ。内股は赤くなり、数か所皮がむけたのかひりひりと痛み、しかしそれ以上に尻の感覚はなく、時間をかけてそれは戻って来たのだが、ズボンや下着が触れるだけで飛びあがりそうな程の激痛が襲うようになった。

 第三の心の修羅場は、以上のことからまともに歩けなかった事。背負われても、横抱きにされてもどうしても痛くてたまらず、泣きごとを言ってしまったが為に一番痛くない方法として米俵を担いで運ぶように、肩に担がれて荷物よろしくえっさほっさと謁見室に続く扉の前へと運ばれた事だ。もう、ここまでで飛鳥の心はズタボロだった。十代の心は何かと傷つきやすいのだ。


「にゃあ」

「お前は良いよなあ。俺もお前みたいに気楽になりたい」


 腕の中で大きくあくびをするようにあどけなく鳴く黒猫に、八つ当たりだと理解出来ていても、それでも湧き上がってくる面白くないという感情を持て余しながら、諦めたように前を向く。丁度、扉が開けられる気配がしたのだ。

 事実、一拍遅れて扉が開いた。RPGの勇者を王様が呼び寄せる場面。そんな典型的な部屋だった。

 床には真っ赤なレッドカーペットが玉座まで敷かれている。当然、玉座は壇上にある。カーペットの両脇には、飛鳥を連れてきた兵士よりも上等な甲冑に身を包んだ騎士と呼ぶに相応しい者達が固めている。飛鳥はその光景に圧倒されるよりも先に、屈強な男ばかりでむさくるしいと感じてしまった自分に自嘲気味に笑う。度重なり起こる、非現実じみた出来事の連続にとうに飛鳥の神経は麻痺していた。


「王の御前に来る事を許す。異世界からの迷い人よ、進まれよ」


 王の隣にいる、やせ形の男。ひょろりとした見た目からは分からない、人に命令することに慣れた良く通る声に飛鳥は男へと視線を向ける。なんとなく自身を見る目に憐憫が浮かんでいるように見えて首をかしげつつも素直に従った。とりあえず、王が座る壇上の下まで進み、そこで止まって玉座に座る王ではなく飛鳥に指示を出してきた男の方へとまた視線を向けると、その視線をぶつぎるように王が口を開いた。


「よくぞ参られた、異世界からの勇者よ!」


 ひょっとするとギギギ、と首が軋む音がしたかもしれない。

 そんな事を考えながら視線を王へと移す。

 出来れば空耳であって欲しい。となりの男の視線が、さらに憐れみが深くなってきた気がする。

 飛鳥は冷や汗が流れるのを感じながらも、何度か目を瞬かせ、王の次の言葉を待つ。


「ずっと待っておったぞ! 黒髪黒目こそ神に選ばれた者の証! 我が国の勇者よ! どうかその神に選ばれた力を存分に使い、我が国に勝利をもたらすのだ!」


 人違いです!

 そう叫ぼうとしたが、隣の男の視線に止められる。余計な事を口にするな。そう告げられた気がした。


「王よ、この迷い人はまだこの国に来たばかり……世界が異なれば生活習慣も何もかも異なりましょう。まずはこの国の教育を施す事を優先されてはどうかと……この者の力もまだ分からぬのです。きちんと能力を把握してからでも遅くはないかと」

「おお! おお! スグルトよ、それは確かに! 将の王たるもの、自身の剣となる者の力はきちんと把握せねばな! 過ぎたる力は身を滅ぼすと申すし……だがしかし、黒をその身に宿しておるのだ。儂の予想以上の戦力になると期待しているぞ! あとのことはスグルト、お前にまかす。見事にこの原石を磨いて余に献上せよ!」


 傲慢とも取れる王の言葉にスグルトは頭を下げるのみにして臣下の礼を取ると、飛鳥の目の前へと壇上を後にする。

 テンプレートのようなこの状況に、ただでさえ回っていなかった頭がさらに考えることを放棄し、飛鳥は一拍遅れてスグルトに引きずられるようにして王の間をあとにした。

 移動時にここはバルバッサという鉱山国であること、トーラとウチェルという国と領土争いで長い間三つ巴で膠着状態が続いている事、その状態を打破する為に現れたのが飛鳥であり、飛鳥はこの国にとって勇者であるということ。何よりもその証拠は飛鳥が黒髪黒目であり、黒猫という神獣を連れているからだと言われた辺りで飛鳥は覚醒した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は勇者とかそんなもんじゃない! ただの迷い人だ! だから」

「この世界では黒は神に愛された者という通説がまかり通っていてな……事実、飛鳥と言ったか。お前のように髪や目にそんなにはっきりとした黒を宿す者は皆無に近い。いてもどちらか片方がせいぜいだ。黒を宿す人物は、昔から神の声が聴ける神官であったり、王族であったりする」

「それは! でもそれは、世界が違うからで……俺がいた世界では」

「お前がいた世界ではそうでなくても、ここではそうなのだ。明日よりこの世界の一般常識や剣を学んでもらう……諦めろ。この世界に迷い込んでしまった時点でお前は誰かに保護される立場だ。死にたくなければ、死に物狂いで自身の居場所を掴み取れ」


 突き放すような物言いをされつつも、最後まで憐れまれるような眼差しを向けられながら、スグルトが退出していった扉を見つめながら茫然と立ち尽くす。

 簡易ベッドと棚、あとは机と椅子があるだけのビジネスホテルのような狭い一室。勇者と呼ぶにはお粗末な部屋に飛鳥はへたり込む。


「勇者とかなんだよそれ……ありえない。人選ミスにも程があるだろう」


 漏れた心の声に反応するように、黒猫がにゃあと鳴いた。

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