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要所要所でポカをする

「よお、絢音……と、やっぱりネクストか。名前は?」

 集合時間には少し早いが、絢音はすでにやってきていた。駅前広場、また例の場所。

「え、あ、あう……」

 …………。

 なぜだか絢音はこちらを見ながら口をパクパクしている。酸欠金魚状態。なかなか愉快な見た目だ。

「涼葉です。どうも」

 どこかで見かけたように思えるアンドロイドが、礼儀正しく礼をする。流れるような所作なのだが、顔は能面のようなのでちょっと怖い。

「ああ、涼葉ね。俺は青野巡。こっちが若葉。デイブレイク社第五世代」

「存じております」

 ええと……これは、ネクストの、さらにデフォルト状態か?

 目の色とか髪の色は車の塗装感覚で変えてしまえるので、こだわりを持つ人も多い。

 デフォルト状態って言うのもそれほど珍しくもないので驚くほどのことではないか。

 見分けがつきにくいのは服装とかでカバーしているそうだ。人違いならぬ『アンドロイド違い』が多いので、若葉は少しカスタマイズしてある。

 まぁ、見た目は後からでもいじれるから気にするほどのことではない。

 アイデンティティの都合であまりいじくり回せないから、最初のうちに変えてしまうというのが今の主流……と、いうのはどうでもいい。



 それにしても、ずいぶんと堅いのは起動後間もないからだろうか?

 最新型ともなるとAIの学習速度も昔の比ではないというが――それでも、やはり一日二日ではコレが限界なのかもしれない。実際、それほどの短期間で人間とのコミュニケーションをこなしているのだから、化け物じみていると言っても良い。

「起動してまだ日も浅いみたいだな。でも、一年くらいで若葉みたいにやかましくなるよ」

「意地でも怒ってあげませんよー」

 若葉をからかってみたのだが、彼女はこちらに取り合うつもりもないようだった。

「相変わらず若葉と仲が良いのね」

 皮肉っぽく絢音は言う。

「一年後には、お前もこうなってるよ」

 四六時中一緒にいるのだ。嫌でもこうなるさ。友人よりもずっと気安い関係だ。

「ありえないよ」

「そう思うだろう? 俺もそうだった」

 一年も一緒にいれば、情は移る。

「……やっぱり、そうなのかな」

 今度は一転、何故か悲しそうに絢音は言うのだ。アンドロイド偏愛を嫌悪している彼女にしてみれば、自分がそちら側に回るのは嫌なのかもしれない。

「女子はアンドロイド偏愛だなんて言われないから気にすることはないさ」


 アンドロイド偏愛。体面を気にする男子にとっての最大の侮辱である。

 およそアンドロイドが第二世代にさしかかった頃ににわかにはやりだした言葉で、短いフレーズで相手の品位をおとしめられるともっぱらの評判である。

 男性型アンドロイドが少ないせいか、主に男性にしか使われない言葉だ。本来、精神病的なニュアンスがあるが、正しい意味で使われることは滅多にない。


「きっと、大きな違いはそこにあるのかもね」

「そうかもしれないな」


 ……とか、そんなことを議論してるくせに。

 今から『私が勝ったらお前はアンドロイド偏愛やめろよな』とかいうあまりにもあんまりな条件のARROWで戦おうって言うんだから驚きだ。実際、俺は若葉に愛着と情があるだけでアンドロイドが好きというわけではない。強いて言えば若葉が大切なだけだ。

 なお、これは多くのアンドロイド偏愛者が使うテンプレートな言い訳らしい。


「……ところで、絢音」

「なに?」

「ARROWの時にスカートはやめておいた方が身のためだぞ……?」

「え、そうなの?」

 ARROWの筐体の操作はフットペダルと手で操作するマニュピレイターが主なのだが(単純な動作以外はアンドロイドがやるようになっている)。その都合上、ダイナミックな動きを要求される。

 ……まあ、そこから先はイメージするのもかわいそうだ。

「まぁ、あの筐体の中には他に見る人もいないから」

「なら良いけどな」

 まだ彼女と仲が良かった頃に、一度か二度ARROWをやりにゲームルームに行ったことがある。そのときに俺のプレイを見た程度なのだろう。あのころは若葉もいなかったし……。

 一応ARROWはアンドロイドがいなくともプレイできる。ゲームの奥深さが半減されるので、余り好まれないけどな。あのときはアンドロイド持っていなかったから仕方ない。

「そんなことも知らないなんて、大丈夫か? 一度二度しかやったことないんじゃないのか?」

「機体デザインが終わったところ」

「………………こ、言葉もないな。負ける気できたか?」

「いや、全然」

 俺も舐められたものだ、とか憤るべきところかもしれないが、逆に安心感さえ沸いていた。

 綾音は昔っから思いこんだら一直線の奴だからな。どこかで思いこんでそのまま走りだしてしまったのだろう。人それを、見切り発車という。

 それに巻き込まれた回数は、両手の指では足りそうにない。

「練習くらいしてから来い。一応、俺は一年近くはARROWやってるんだからな? 勝ち目があると思うのか? アホか?」

「だ、だって、第七世代は……」

「……ああ。たしかに第七世代のアンドロイドはARROWにおいては無双状態だけど、俺の機体とは相性が悪い」

 第七世代のアンドロイドは今までは演算領域の都合上不可能だった慣性制御が可能になっており、防御力が飛躍的にあがっているのだが……まず間違いなく〈マルドゥック〉とは相性が悪い。

 あの機体は一撃必殺を得意としているのだ。至近距離に持ち込んでしまえば、防御力など何も関係ない。

 そしてその慣性制御も『いや、まあ、やろうと思えばできるけど……』くらいのものだ。そこまで強力なものでもない。あくまで選択肢の一つだ。

 さらに進歩すればもっと有効に使えるかもしれないが……今じゃあただの防御力上げるための装備だし。

「言っては悪いかも知れませんけど……荒町さんって、思ったより愉快な方なんですか?」

 とても言いにくそうにしている。だが、そうしたところで事実は変わらない。

「若葉も気づいてくれたようで良かったよ」

「な、馬鹿にして!」

 馬鹿にしているんじゃないよ。昔を懐かしんでいるのだ。

「さ、そろそろ行くかー。そろそろ予約の時間も近いからな」

「よ、予約?」

「その様子だと、ゲームルームはこの時期予約必須だってことも知らないんだな……どうせそんなとこだろうと思ったよ」

 あきれてものも言えないが、元から絢音はこういう奴だ。誘っておいて無計画なくらいで驚いたら、何も出来なくなってしまう。

「もうすぐここらの地域では一番大きなARROW大会があるから、みんな練習に必死なんだよ。大会参加しちゃえば予約は優先してもらえるから今だけだがな」

「へぇ……巡はでないの?」

「あいにく、その大会はタッグ戦が専門だ」

 今年は景品がすごいとか言っていたし、いつも以上の大繁盛なんだろうな。

 タッグ戦だと本当に格が違う『ARROW廃人』達の参戦を防げるから、ある程度ライトな層に限れるというメリットがあるのだそうだ。なんだか可愛そうだな、廃人達。




「マスター、ユーハブコントロールですよ」

「言いたいだけなんだろうけど、最初っから最後までアイハブコントロールだからな。〈マルドゥック〉、出るぞ」

 発信時のお約束をこなしてくれる若葉だった。毎回毎回何かしらネタを仕込んでくる。持ち主に似てSF好きなのだ。『発進シークエンスだけ英語っていうのもありですよね』とか言って全部英語でやったり、やたらと悲壮感をあおって悲劇を演出したりと芸がつきない。

 コックピット型のARROWゲーム筐体は360度すべてがモニターになっており、まさに戦場にいるかのような空気を味わうことができる。まあ、それは単に技術力を見せびらかしたいだけであって、副座式なので後ろは酷く見にくいのだが。そのフォローなのか、前方のモニター端っこにバックモニターがついている。

 直後、一気に加速する。いや、加速したかのような衝撃に筐体が揺れる。衝撃のフィードバックは設定できるのだが、一応初心者がいるので最低設定にしている。

『め、巡、これどうやって操縦するの?』

 筐体の中にあるスピーカーから絢音の声が響く。通信なんて言う機能も完備しているので、カップルでやってきたり友人と遊ぶのにも適しているのだ! 以上、CM。

「せめて勝負の前に基本操作は覚えてきてくれ」

『……ゴメン』

 あやまられてしまった。こいつの思いこみの激しさは本当に筋金入りだな。

 勝負するとなったらきっと、そのことしか頭になくて基本操作のこととか忘れていたのだろう。

「足のところのペダル踏み込むと、前に進む。バックや旋回の操作はまた後で説明する」

 ふわー、っと〈マルドッゥク〉が機体名〈ライラック〉の方へと進む。紫色をベースにしたどこか女性的な機体。特別目立った装備はないようだ。ビームサーベルとライフルくらい。なんともオーソドックスだ。

『あ、いけるいける……』

 〈ライラック〉がゆっくりと前進を始める。飲み込みが早いな。

「それで、右手親指のところにあるスイッチみたいな奴を押し込むと、武装を使う。武装の選択、切り替えはアンドロイドが担当してくれる。手動でも一応できるがとても面倒くさい」

 ためしにスイッチを押し込んで見せる。なにか技が出るはずだが。

「え、マスター……」

「どうした?」

「今の選択武装、〈AIH〉……例の必殺技ですよ?」

 この〈マルドゥック〉はその必殺技にすべてを裂いている分必殺技はアホみたいに強いが、それ以外が結構残念なのだ。今、俺は間違えてその必殺技を打ってしまった。

『巡? そのロボットがすごい光ってるんだけど、これ大丈夫?』

 右腕を大きく振りかぶる愛機。

「すまん、絢音。お前はもうおしまいだ」

『え?』

 次の瞬間、愛機は拳を前につきだし、すべてが無に帰った。


 表示されたリザルト画面には、堂々と『YOU WIN』という文字が光っている。

 試合時間58秒。驚異の記録だ。『NEW RECORD!』というフレーズが網膜を責め立てている。


「マスター……練習すると言ってだまし討ちですか!? どこまでも卑劣ですね!」

「そんなつもりは無かったんだ! あとあっさり卑劣言うな!」

 アンドロイドって持ち主のこと馬鹿にできないようになってるんじゃなかったっけ!?

 ていうか俺自身ものすごく混乱しているからそっとしておいて欲しい。

『巡、なにがあったの、これ。なんか負けたんだけど』

「すまない、俺の操作ミスで〈ライラック〉が吹き飛んだんだ」

 大技で操作ミスすると、ちょっと悲惨なことになるよな。

『なにそれ!? 私が必死に考えた愛機を一撃で、しかも操作ミスで吹き飛ばしたの!?』

「ほら、昔から俺は要所要所でポカをしていただろ?」

『うん、そして主な被害者は私だった!』

 完全に怒らせてしまっている。むぅ……そういえば昨日、奇襲作戦で〈ライラック〉を倒そうと武装の優先順位とかいじくり回していたんだった。

 練習なんてぬるいことをやることになったいま、その設定は邪魔者でしかなかった。

 まあ、奇襲は完璧に成功した訳だから昨日の俺のもくろみ通りにいったのだが。おのれ、昨日の俺!

『――見ていられません。マスターへのご指導は私がしますから、お二人はどこかで遊んでいてください!』

 ……そして、静かにしていた涼葉がついにキレたのだった。



「じゃ、俺ら本当に端っこの方で遊んでるから、何かあったら呼べよ」

 ……下手するとフィードバックで怪我とかしかねないから、一応はフィールド内にいることにした。

 いざというときはクッションくらいにはなれるだろう。

『了解! 今度こそ操作覚えるから! そしたら、勝負だから!』

 ……さっきの分はノーカウントらしい。まあ、それもそうだろうな。不意打ちも良いところだし。



「よし――〈マルドゥック〉、出撃する!」

「はい! システムオールグリーン。マルドゥック出撃しまーす!」

 フットペダルを強く踏み込んで、出撃。ペダルを踏み込むことで映像の中の自機とリンクするという仕様なのだ。

「その口上、いるのか?」

 システムがグリーンじゃないわけがない。

「だったら巡の口上だっていらないと思います」

「俺の趣味だ。無言で出撃するロボもありだが、やっぱりなんか言いたいだろう」

「でしたら、私だってなにか言いたいです」

「……そうか、そうだよな。ゴメン、ゴメン」


 ずいぶん人間くさい相棒に苦笑いしつつ、操縦桿を握りなおした。

 初登場のロボが必ず活躍すると思っていた時期が私にもありました。

 ライラックの活躍はまたの機会になります。またの機会が巡ってくることを願います。

 ロボとして合理的ではないですが、特徴的ではあるはずです。

 ……まあ、『アンドロイドのある暮らし』で特徴的でないロボ・アンドロイドを書いた覚えがほとんどないわけですが。


 では、ライラックの活躍をお楽しみに。

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