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タイムマシンがあったなら

 もしタイムマシーンが実用化したのなら。

 最近、そんなどうしようもない夢想を頻繁にしてしまう。

『タイムマシーンがあれば、多くのことを変えられるのに』

 そう思った直後、自分の中にいる冷静な自分が『つまりそれって、タイムマシーンがなければ何も変わらないってことでしょ』と酷く嫌なことを言うのだ。

 そんなことは分かっている。

 むしろ、分かっているからそう考えるのだ。

「……巡」


 ワンルームに、一人。

 高校二年生になってやっと親の説得に成功し、わたしは一人暮らしという少しばかりの自由を手に入れた。

 そして――。


「涼葉」

「はい?」

「端末ちょうだい」

「はい」


 一人と、一機。数日前、やっと届いたアンドロイド。〈RE7 ネクスト〉。リード社第七世代の機体だ。

 リードはREED……『芦』から来ているそうだ。人は考える芦であり、その芦の英知がアンドロイドを生んだから、だとかそれっぽい理由づけがされている。

 そのリード社は現状ではもっとも力のあるアンドロイド製造会社とされている。アンドロイドを作る三つの会社はそのどれもが大きな力を持っているが、現状勢いがあるのはリード社だ。


「だいたい、デイブレイク社の変なアンドロイドにあんなに入れ込んで……」


 わたしだってアンドロイドが嫌いな訳じゃない。ある程度の知識はある。

 デイブレイク社は言っては悪いが『オチ担当』だ。変なロボットを作っては世間に笑われている。第七世代の〈DA7 ピア〉なんて機体は、なんとロボット三原則をアンドロイドが自分の意志で乗り越えることが出来るんだとか。恐ろしいにもほどがある。

 最近世の中を騒がしているのもデイブレイク社の第八世代(予定)の〈イタニティ〉と〈エーヴィヒ〉……今はまだテストの段階で製品化はまだ先らしいので、今のところ最新鋭の〈ネクスト〉を選んだ次第だ。


「…………」

「…………」


 若葉と違って、うちの涼葉は酷く無表情で、とても無機質だった。

 やはり、アンドロイドに入れ込みっぱなしの巡の気持ちは分からない。


 巡はちょっぴり抜けていて、すぐにどこか遠くを見るような仕草をする変な人だけど――それこそ、私の覚えている限りでは幼稚園のころからそこそこモテていた。知る人ぞ知る感じ。

 それなのに。最近の巡はなんだかズレてしまっている。

 人との関わりよりも若葉を優先しているように思える。

 幼なじみとしては悲しいし、ただしてあげたいという思い上がりを心に抱いてしまう。


「彼に勝って、若葉から引き離す」

 そういう賭を持ちかけた。彼は自分の勝利を疑ってはいないだろう。

 彼のロボット好きは昨日今日始まったものではないし、ARROWだってそうとうやりこんでいる。



「恨まれますよ?」

 涼葉は珍しくこちらの言葉に反応した。アンドロイドは少しずつ学習していくというし、昨日の涼葉と今日の彼女はまた違うのだろう。

「それでも良い」

 今更その程度で揺らぐ決意ではない。友達から大切なものを奪おうというのだ。それ相応の覚悟はしているつもりだ。

「……ネクストならやれるんでしょ?」

「考え得る限り、ARROWの中では現行で最強だと思われます」


 アンドロイドの演算能力が大きく関わるARROWでは、このネクストが理論上最強であるらしい。

 ARROWはパイロットスキルとアンドロイドの演算能力が決定的な力の差になるというし――。


 一日の長はあるとは言え、第五世代と第七世代だ。それに、この涼葉は現行ARROWで力をふるっているレンタル版のネクストとは違い正規品の、しかも動作が安定した後期生産型。この子をスペックで上回れるのは、今のところ世界には二機しかいない。〈イタニティ〉と〈エーヴィヒ〉のみ……。



「私の電子頭脳は、彼とマスターの間に決定的な軋轢が生まれると言っています」

「うん。きっとそうなるはず」

「……でも、私のそういった予想、稼働してここ数日、当たった試しがないんですよね」


 無表情のままに彼女は言う。



 私はふと思い出す。

 子供の頃、今と違って毎日のように彼と遊んでいた時のこと……。


 彼は自分で作ったというプラモデルを私に見せてくれた。今でも覚えている。綺麗な純白に、藍色をアクセントにいれたずんぐりとしたロボット。なんでも、とても強いらしくて、彼はしきりにその良さを私に語って聞かせていた。地に足が着いていないそのロボットの設定まではさすがに覚えていないけれど。

 そのプラモデルを私に見せてくれた彼。手渡されたそのロボットを、私は受け取り損ねて落としてしまった。

 各部が折れてしまったそのプラモデル。きっと彼の宝物だったのだろう。一瞬、言いようのない、悲しげな顔をしていた。

 彼は必死に笑って言うのだ。『大丈夫。接着剤でくっつけられるよ』、と。

 間接部をやられたプラモデルの修復はかなり難しかったはずだと今なら分かる。

 それでも彼は笑ってくれた。

 くだらない記憶だけど、彼という人間はあのころから変わっていないんだと思い出させてくれる大切な記憶だった。


 そんな優しい人だから今私が、こんなことをしようとしているのかもしれない。

 ……いや。悲劇のヒロインぶるのは筋違いか。私がやろうとしてるのはもっと独善的なことだろう。


 私が次にそのロボットを見たのは、ARROWの画面の中だった。

 とてもよく似た別物ではあったのだろうけれど……幼い日の記憶とそれの違いは分からなかった。

 彼は〈マルドゥック〉と呼んでいた。そのプラモデルのことは何も言っていなかったから、影響を受けている自覚はないのかもしれない。


 事故であの子を壊してしまった昔とは違う。

 今、私は。自らの意志で――確固たる決意であの子、〈マルドゥック〉を破壊するのだ。

 巡が大切に思っている、巡と若葉の絆の象徴を。


 巡のことを『アンドロイド偏愛』と馬鹿にするクラスメイトの女の子達も、そしてそれに言い返せない自分自身も嫌だった。だから彼を『まとも』にしたいと思った。


 でも、もしかして私は、負けたいと思っているのかもしれない。

 負けて、吹っ切って、巡の側に行きたいのかもしれない……。彼は私の幼なじみで、貴方達なんかよりずっと優しい人なんだって胸を張って言いたいだけなのかもしれない。


 彼を変えるための勝負なのか、自分を変えるためのものなのか。

 自分にさえも分からない。


 涼葉と二人で作った愛機〈ライラック〉を画面に表示させる。ホログラムの3D表示。

 ……白と紫を貴重にした遠距離戦向きのその機体に、すべてをかける覚悟を決める。


 どこか、〈ライラック〉はあの日見たプラモデルに似ている気がした。


「大丈夫ですよ、マスター。彼に嫌われても、私はそばにいます」

 …………。

「うん。ありがとう、涼葉」



 まずは彼と同じ世界に立つ。

 考えるのは、それからだ。

 さらっと出てきたライラック。名前の由来は花。

 花の名前を持つロボットというのも、そう少なくはないでしょう。女性的なネーミングと無骨なロボットのギャップが美しいからなのでしょうか。

 真相はわかりませんが、まあ、それも様式美ということで。


 SFがSFでしかないというのは本編でふれていますが、それらに対して好意的な奴らばかりのものがたりなので、たまにはこういうのもありかもしれません。

 まあ、ロマンがあれば、実体が無くたって良いじゃないというのが作品全体の雰囲気なんですがね。


 ではまた次回もよろしくお願いします。

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