想像と創造
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絢音との口げんかじみた言い合いを終え帰宅したのだが、どうもどっと疲れてしまった。
話していてあそこまで気疲れできる幼なじみというのも、一種貴重かも知れない。
「全く。あいつはお節介焼きというか、心配性というか――昔っから他人のプライベートにやたらと干渉する人間だ」
ベッドに座って、グチっぽく言ってみる。
「そうですねー。まさかお出かけ禁止を条件に出されるとは思いませんでしたね」
若葉が食事の準備をしながら、いつも通りの声色で答える。こいつは基本的にいつでも暢気している。
グチに反応してくれる人がいるのはありがたいものだ。……人じゃなくて機械だけれど、そこのところは気にしない方向で。
なぜか絢音は、変な条件のARROW勝負を俺に持ちかけてきた。負ければ俺と若葉一緒に出かけられなくなるというよく分からない条件だ。果たしてそれで奴は得をするのだろうか?
意味は不明だけれど、勝負には乗った。あれであいつも嫌な奴ではないし、なにか考えがあるのだろう。
こちらが勝てば『何でも言うことを聞いてくれる』そうなのでこちらにもメリットは大きい。
何かよからぬことを考えている訳ではないが、幼なじみに貸し一つあるのも良いだろうと思ったのだ。
勝ったら丸く収まる。負ければ、アイツの真意を知れるかもしれない。どっちもありだ。
高校に入ったくらいで価値観が一変することはないだろう。アイツにはアイツの考えがあるはずだ。ならば、それに触れるために一勝負交えるのも悪くはないはずだ。
「若葉まで巻き込んでしまって悪いな。あれで、アイツも悪い人間じゃないんだ。きっと何か理由がある」
そして頑固な人間だから、受けない限りは延々と追っかけ回されるはずだ。
「いえ、巻き込み云々は気にしてませんよ? 私は貴方のアンドロイドなんですから」
「そうまっすぐな目で言われると、言葉に詰まるよ」
貴方のアンドロイド、か。凄い表現だけれど、彼女は心の底からそう思っているのだ。
そこまでストレートな行為をぶつけられてしまうと、ついついたじろいでしまう。純粋に、恥ずかしいのだ。慣れていないのだろう。
「どうぞ、ボロ雑巾のように酷使しちゃってください」
元々アンドロイドとはそういうものか。その行為にある程度罪悪感を感じているということは、やはり俺はアンドロイド偏愛の気があるのかも知れない。
「――勝負は来週だ。なんとかするさ」
「はい、お願いしますよ。私はまだ、マスターとお出かけしたいですからね」
若葉はくすりと可愛らしく笑う。自分が可愛いと思うタイプのアンドロイドを注文したわけだから、それが輝いて見えるのは当然のことのはずだ。それなのに、なぜここまでドキドキできるのだろうか。アンドロイドと違って、人間はどこまでも非合理的だ。
少し茶色がかった髪の毛はショートカットで整えられている。素直な瞳でこちらを見て、楽しそうにほほえむだけで自分の心が揺れ動く。
他の子よりも何処か元気で、少し暢気。うちの子が一番可愛いなんて言うつもりはないけれど、自分の大切な相棒だった。
うん、アンドロイド偏愛と言われても仕方がないかもしれないな。
「俺もだ」
……恥ずかしくてそれ以上言葉は続けられなかった。
「――そうだな。〈マルドゥック〉のカスタマイズでもしようか」
「はい! あのロボット、なかなかのものですしね!」
一端食事の準備を放り出して、若葉が隣にやってくる。どこかコミカルで可愛らしい仕草だった。
俺が冗談混じりで買ってきた、フリルたっぷりのエプロンが小さく揺れる。
若葉自身も〈マルドゥック〉を気に入ってくれているようだ。
白と青を貴重としたマッシブなロボット。筋肉質でどっりとしたシルエット。胸の中心にはエネルギーの生成・循環を管理している(という設定で登録してある)緑色の結晶体がある。必殺技というか決め技は自身を中心に周囲500mを吹き飛ばすという代物で、SFというのも気が引けるようなもの。
それ以外は基本的に腕のパーツから生成されるビームサーベル2丁と大型のライフルが2丁という控えめなものになっていた。
装甲はかなり分厚いが、その分機動性はあまり良くない。
ARROWのロボットは必ず一長一短があるようにできていて、ゲームバランスがしっかりと保たれている。基本的にロボット間での性能差はないようにできているのだ。
その分、人間のパイロットスキルとアンドロイドの高い演算能力が必要となり、このゲームをするためだけに最新のアンドロイドを手に入れるなんて人もいるくらいだ。
この〈マルドゥック〉は接近戦での爆発力にのみ特化し、それ以外を捨てた機体とでも言えばいいだろうか? ある環境下でのみ、それこそ神の如き力を発揮する。
「……そうですねー。マスターの残虐プレイには青なんてヒーローな色は似合いませんよ」
「トリコロールに近い色合いは、確かに何とも形容しがたないな」
白と青。あとは黄色と赤を加えれば、これぞヒーローという色合いになるだろう。
そんな色合いの機体が敵を至近距離で消し飛ばすのみに特化した凶悪なロボとは思うまい。
あえてそうして相手の油断を誘いたいところだが――どうも、そうしたくない自分がいる。
トリコロールはそれほど珍しくもないだろう。仮に対人戦をしたとしても、敵側だって色だけでプレイスタイルを推測するほど軽率なことはしないだろう。
――ARROWが何故、日本で爆発的に流行したのか。その理由の多くが『個々人の思う最高のロボット』を実現できるところにあるのだと俺は勝手に思っている。アンドロイドの能力を利用した機体データのプログラミングは各人の思う機体をそのままデータの海に産み落とし、そのどれもが等しい力を持っている。
だから、ARROWには基本的に『機体相性』というものはあっても、『機体性能』についてはそこまで差がでない。デザイン段階で決定的な欠陥機ができてしまうことが無いわけではないが……もちろん、それくらいは改修すればなんとでもなる。
古くは百年近くも前からロボットSFアニメを作っていた日本だ。多くの少年が、一度はロボアニメを見て、一度はプラモデルを組み立てて、一度はロボットアクションゲームをプレイして大人になっていく。その心に一つくらい、自分しか知らない自分の専用機があるのもおかしくはないことだろう。それを優劣無く形に出来るのなら、飛びつくのは自然なことだ
ARROWは各人の想像力に火をつけた。そして、人間に想像力がある限りその火は燃え続けるのだろう。
さながら、アンドロイドはその火を人に伝えたプロメテウスだろうか?
「マスター、どうかしましたか? じーっと見つめて……本当にアンドロイド偏愛ですか?」
「いや、なんでもないさ」
「なんだ。残念ですね」
「……お前なぁ」
ただ、自分はそこまで考えて愛機〈マルドゥック〉を作ったわけではない。
自分のパートナーとなるこの相棒と、愛機を動かしたかっただけなのかも知れない。
後から考えればARROWを考えた人の手のひらの上で豪快に踊らされていたのだろう。
若葉は情報端末で〈マルドゥック〉の3Dモデルを表示する。第七世代以降は立体のホログラム表示ができるのだが、残念ながら若葉は第五世代。そんな能力は皆無である。
「藍色と白にでもしましょうか」
青系統は変えないのか。若葉のセンスにすべてを任せてみるのもありかもしれない。
「ああ。そうしよう……萌葱色とか『若葉』っぽい色にするのもなんか違うしな」
「嫌ですねぇ、マスター。私はこんな凶悪なロボじゃないですからね。天使のように優しいんですから」
にっこり悪戯っぽく笑う若葉。確かに、従順で献身的なアンドロイドを天使と言わずして他に何がそう呼べるだろうか。
「確かにな。優しくて献身的で愛らしい。これを天使と呼ばずしてなにが天使だ」
「…………あ、あの、冗談のつもりだったんですけどね」
だろうな。天使が自身の優しさを誇るはずがない。
――『天使』のように人間味が無かった若葉は、最近ではすっかり人間くさくなってしまった。
もちろん、自分はそれを望んでいた。
「分かってるって」
世間がどう判断するかは別として、自分はアンドロイド偏愛というわけではない。単に、この相方と仲が良いだけである。それはそれで問題なのかもしれないが。
適当に戯れながら、〈マルドゥック〉をいじっていく。オンラインでARROWのアカウントにアクセスしそこから機体情報を操作しているのだ。そんな細かなことも、アンドロイドなららくちんである。
若葉がいなかったら、俺はなんにもできなくなってしまうかもしれない。でも、アンドロイドは記憶を司るメモリーチップさえあれば体は選ばない。きっとずっといっしょなのだろう。
最初期のアンドロイドはそうでもないというのだから、恐ろしい話だ。第五世代で良かった……。
「もう、人間はこれだから……」
「まぁ、アンドロイドよりかは不真面目かもな」
若葉は少し考え込む。人と機械の間には明確な溝がある。アンドロイドのAIが柔軟になって溝が浅くなることはあっても、無くなることは決してない。
そして、若葉はゆっくり口を開いた。
「――ところで、マスターはホモ・ルーデンスって言葉を知ってますか?」
「さっぱり」
なにそれ。ホモサピエンスの友達?
「……遊ぶ人、という意味です。ある学者が人は遊ぶことこそがその本質であるとして、それが文化を生み出していくと言いました」
「さすが、昔の人は良いこと言うな。まさにそのとおりかもしれないな」
お偉いその学者さんは、17歳のガキの同意なんて欲していなかったかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。
「ええ。日本でアンドロイドをやっていると、いっつもそう思いますよ」
若葉の言っていることは難しいけれど、彼女の意図するところはなんとなく分かった。
遊んでいるうちに『アンドロイド』なんてものを作り上げるあたり、人間も侮れない。アンドロイド無しには生きていけなくなってしまった腑抜けばかりなのに……。
元々は想像でしかなかったものを形に変える人間達。それはアンドロイドにしてみれば、神の御仕業にも似たものに見えるのかもしれない。
――来年あたり、タイムマシーンあたりでさえも作ってしまうかもしれない。
今までの歴史の中でも、『理屈は分からないけど、なんか上手くいった』といったようなアバウト極まりない発明品は多々あったのだから。
「――うん。藍色の方が、格好良いかもな」
「ですよね? 私のセンスも捨てたものじゃないでしょう」
そんな難しいことを考えてしまったのは
きっとこの夢のような日々が現実なのだと証明したかったからなのだろう。
ひょっこりと現れたアンドロイド。未だにブラックボックスじみたところがある技術だけれど、それが日本に――ひいては世界に浸透し始めていることに変わりはない。
一週間後の勝負なんて気にもとめずに、俺は若葉と笑い合っているのだった。
……我ながら、のんきなことだ。