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不穏な動き

「食らうが良い」


 彼は敵機を一方的にボコボコにしたあげく、残ったほんのわずかなHPを削るために、こちらのエネルギーをかなり消費する必殺技を叩き込んでいた。

 派手に爆散。オーバーキルという概念を具現化したかのような戦いようであった。

 これがARROWの対人戦ならば信頼関係まで一緒に消しとばしかねないが、幸運なことに相手はNPCである。


 それにしても、恋愛小説を読んでいる隣で残虐プレイをやられると、少し雰囲気が壊れてしまう。

 想像の世界でいちゃいちゃしている若人達を後目に、敵機の破壊に余念がない私のマスターなのであった。きっと敵機のパイロットにも家族と恋人が居ただろうに。


 彼が一人暮らしをしているワンルームマンション。部屋のど真ん中に置かれたベッドをソファ代わりにして、寄り添いながらまったり過ごしたいる。

 マスターは家に帰ってもロボに夢中。私は私で、自分の世界に浸っていた。

 ……据え置き機版ARROW。家に帰ってもARROWですか、あなたは。

 私の正常なAIが、『彼のプレイが気になるのならば彼から離れれば良い』という結論を出したけれど、私はその結論に気づかない振りをして、一切合切無視することにするのだった。

 アンドロイドは持ち主に似るんです。私はマスターに似て、天の邪鬼になってしまったのでしょう。



「あ、マスター、メールですよメール。しかも、噂の荒町さんです」

 そんなとき、私は荒町さんからのメールを受信した。先ほど会ったばかりなので、なんだか変な気分。

 メールの着信は、アンドロイドのお仕事開始の合図とも言える。自由時間を邪魔されたとは言え、それを深いに感じるようなことはないのだから、便利なものだ。

 それはそれで、なんだか少し寂しい気するけれど。

「奴か。そう言えば高校入学時にアドレスを交換していたな……」

 マスターもそれは変わらないようで、なんとも言えない顔になっていた。



 ――私たちアンドロイドは、一般的に『携帯電話』の役割をすべて引き継いでいる。

 メールや電話等々を可能にするデータリンク端末……二昔くらい前まで誰もが持っていた『スマートフォン』とかいうものによく似ているそれは、常に私たちのAIとリンクしていて情報端末としてのアンドロイドを形作っている。

 人型の端末が『アンドロイド』。それに加えて、ケータイ型端末もある――というのが商品としてのアンドロイドの常だった。

 なので、ロボット工学の究極系である私たちアンドロイドを、『自分の意志で動く携帯』くらいの感覚で扱っている人は、案外多い。逆に言えば、そういう需要があったからアンドロイドが普及したとも言える。


 据え置きゲーム用ARROWを楽しんでいた巡に、その『スマートフォン』風の端末をポケットから取り出して、渡す。小説はとりあえず傍らに置いておいた。やれることも基本的にスマートフォンと変わらないが……違うことと言えば、アンドロイドと密接にリンクしていることくらいだろう。アンドロイドの記録管理、コマンド入力なんかもこなせるのだ。まあ、記録管理に関しては18歳以下は親の許可無くしては変更がゆるされないので、巡には縁の遠い機能ではあるが。


「マスター、ちゃっかり幼なじみのアドレスをゲットしていたんですね」

 そんな自身の仕様の話はさておいて、マスターの友人のことである。女っ気なんてさっぱり無いと思っていたら、これで私にかくれてうまくやっていたようだ。

「交換したときにはお前もいただろう?」

 ……てっきり情報端末単体で使っていたときに交換したものなのだと思っていた。

 ええと、およそ二年くらい前に登録されているみたいだ。二年前……というと、殆ど私が稼働を始めた頃だ。AIは初期状態も良いところ。マスターの交友関係に興味を抱くことさえも無かったろう。

 そんな頃があったことに驚く。今なんて、嫉妬に似た感情さえ覚えているのに。幼なじみとメアドを交換するマスターをスルーだなんて……!

「……記録には、あるみたいですけど」

 私という自我に覚えはないが、実際メモリーチップ……自身の記録にはしっかりとそのことが記されていた。荒町さんはアンドロイドは所持していないものの、2000年頃からしぶとく生き残っているスマートフォンを所持しているようだ。

 全く同じことがアンドロイドで出来るからといって、すべての人間がアンドロイドを買うわけではない。シェアの多くを失おうとも、消え去ったわけではないと言うのが現状だ。

 現状、本物の『スマートフォン』を見たところで、誰もがアンドロイドのデータ端末だと思うだろうけど。

 アンドロイドは安価ではないからな。メールと電話だけで十分って人は特に買わなくてもOKなのだった。


「む、アドレス変更のメールだな。機種変更……か。随分と早いな」

「スマートフォンの機種変更では、珍しくもありませんけど――あれ、コレは……リード社のドメインですね」

 私は別に情報端末が無くともメールの内容を閲覧できるので、ディスプレイが無くても巡と同じ内容を同時に見ることも可能だ。

 で、そこに表示されているのはアンドロイドの寡占三社が一つ、リード社の利用しているものだ。

 あそこがスマートフォンを開発しているという話は聞かない。アンドロイドを買って、同時にリード社の提供している情報通信サービスにも登録したと言ったところだろう。

「荒町さん、アンドロイドを買ったんですね。リード社なら、『RE7 ネクスト』でしょうか。私が言うのもなんですが、名機ですよ」

 デイブレイク社製の私にとっては商売敵も良いところだけど、実際ネクストはすさまじい機体だ。

 世代を一つ隔てれば性能が段違いになるが、その第七世代の中でもネクストはトップを走る機体であり、デイブレイク社の売り上げ低迷を招いた疫病神でもある。

 そんな商売敵とは関係なしにデイブレイク社が自爆しただけだという指摘は聞こえなかったことにする。

 完全にネタ要因ですからね、最近のデイブレイク社。期待の第八世代も、所々に我が社特有の変態性が光っていますし。

「アンドロイド嫌いの彼女にしては珍しいな。分かった。ともかく、絢音のアドレスを登録しておいてくれ」

「了解です」

 ひとまず、荒町さんの電話帳を更新しておく。

 その際、データリンク端末を自分のアンドロイドから遠い場所で使うときの通知音――メールが来たことをアンドロイドの代わりに教えてくれる着信音――が、他の人たちのそれとは違う風に設定されていたことには、何も言わなかった。

 新しいほうに差しかえても、それはそのまま残しておく。

 着メロがラブソングなのかどうなのかが気になっている自分がいた。そんなの知ってどうする。それに、知りたいなら検索すればいい。すぐにでも結果は出る。

 ――分かっていてもできない私は、ポンコツなのかもしれませんね。



「……あ、またメールです」

「だな。絢音だ」



 登録したばかりの荒町さんのメールアドレスから、メールが届いた。

「『明日13時に駅前広場にて待つ』…………は? 用事があるならば、直接訪ねてくれば良いものを」

 マスターは目を丸くしていた。

 彼の借りているアパートと、荒町さんのいるアパートはとても近いところにあるらしく、駅前に行くよりそっちの方がずっと手っ取り早いみたいだ。

 徒歩5分。メールを作成している時間で私たちの家にたどり着けるかもしれない。

「どうしたんですかね?」

「さあ。本の感想でも話したいのだろうか?」

 ……それはないと思いますけどね。

「荒町さん、私のこと嫌いみたいですよね……」

 きっとそれ関連だろう。彼女の私を見る目は、すごく攻撃的というか――鋭かった。

「というより、俺が嫌いなんだろう。アンドロイド偏愛だとかなんだとか言ってきたし」

「マスターがテンション高めに喧嘩を売ったからじゃないですか?」

「まあ、それも有るかもな」

 マスターはしばらく考えてからゲーム機の電源を切って、データリンク端末を操作する。

「……たまにはこういうのもありかもな」

 どうやら、マスターは明日、日曜日の予定を決めてしまったようだった。





「また、若葉を連れてきて……」

 駅前広場の目立つモニュメント前には、マスターを呼び出した荒町さんが待ちかまえていた。

 案の定私に良い顔はしなかった。今時珍しいくらいのアンドロイド嫌いですね。製品化した当初は確かに大きな反発があったけれど、今でもここまで嫌っている人がいるなんて。

 社会にとけ込んでしまった以上、もはや受け入れるしかないんですけどね。

「まあ、アンドロイドは連れ歩くのを前提にしてるわけだし」

「そうですね。家に放置する人も沢山いますけど」

 学校に行くときなんかは家に置いていかなければならないけれど……休日なんかは特にそんな制限もないわけで、荷物持ちから複雑な演算まで何でもこなせるアンドロイドを傍らに置くメリットは大きい。

 見た目は華奢な女性と同じだけれど、その実かなりのポテンシャルなのだから。良くも悪くも、私たちは機械なのだ。

「うん……まあ、それは良いや」

 荒町さんはあきれ果てたようで、一つ嘆息する。

「そうか。そういえば、絢音。今日はドーナツが100円らしい。おごるから、一緒にどうだ? 昼食を食べてきていないならの話だけどな」

 唐突に、慣れた調子でマスターは荒町さんをお茶に誘う。そんな、一触即発なこの状況でドーナツだなんて……。

「ん。ま、それも良いかもね」


 ……あれ、もしかして、荒町さんとマスター、スゴく仲が良いんですか?

 やっぱり幼なじみが最強なんですかね?


 駅前広場から歩いて数分のところにあるドーナツ屋。あれで甘いもの好きのマスターがよくよく利用するお店だ。注文をすませ席につき、マスターは大人ぶってコーヒーを飲んでいる。

 荒町さんは気取らずにオレンジジュース。なんだか二人の性格が透けて見えるようだ。

「アンドロイド嫌いかと思ったが、ここの店員は大丈夫なんだな」

 飲食店のアルバイトなんかは、多くの場合アンドロイドを使っている。衛生管理は人間よりも簡単だし、よく働くしバイト代もいらない。世の中にとってのアンドロイドは、産業を支える労働力なのだ。

 アンドロイドはいくつもの産業を変革させ世界そのものを作り替えたといっても良い。だからこそ、アンドロイドを徹底的に嫌う人だっている。それほど、人間はアンドロイドに振り回されたのだから。

「べ、別に、アンドロイドそれ自体が嫌いな訳じゃ……」

「そうか。すまないな、前時代的だとか言っちゃって」

 それにしてもマスターは口が悪い。学校で誤解されていないか少し心配になってしまった。

「ふふ……巡のそういう攻撃的な言葉は、今更気にならないから大丈夫」

 荒町さんは少し照れくさそうに笑う。高校に入ってからは疎遠とは言え、それでも十年以上の付き合いだ。


 私の、五倍以上。単純な比較にはなんの意味もないとは分かっているけれど――なんだか敗北感があった。どれほどあがいても私は彼女以上に巡のことを知ることは出来ない。そう言われている気がした。

 自分にはマスターしかいないのに、そのマスターのことで自分が他人に負けているというのが、たまらなくイヤだった。勿論、それを口に出すことは出来ないように設計されているのだけれど。


「そうか。なら、良い。――それで、どうしたんだよ。急に呼び出したりなんてして」

 マスターはコーヒーをわざわざブラックで飲んでいる。おおかたこういった店で出てくるコーヒーはお世辞にも美味しいとは言えず、ミルクと砂糖がほしくなると思うのだが。私なら、もっとおいしいものを淹れてあげられるのに。

 でも彼が幸せなら、それで良いか。

「――私、アンドロイド買ったの!」

 ふむ。なんだか納得は行かないけれど、そう珍しいことでもないだろう。

 今日は連れてきていないようだった。家で待機中なのだろうか。

「そうか。これはこれで良いものだろう」

 そういってくれると、こちらも嬉しくなってくる。

「……ま、まあ、昨日は基本設定しか出来てないんだけどね」

「アンドロイドは設定項目すごく沢山あるからな。そもそも発注の段階でもかなり手間取るしな」

 マスターは楽しそうに荒町さんと話しているけれど、私はとりあえず押し黙っておくことにした。

 なんとなく荒町さんに嫌われている気がしたので、目立たないようにする。

「それでなんだけど、巡」

「ああ」

「ARROWで真剣勝負してみない?」

「……なに?」

「好きでしょ、そういうの」

「まあ、良いけれど――?」


「それで、私が勝ったら――今後、若葉を連れて出歩くの、やめて?」



 盛大にむせたマスター。それを介抱するのに回ったせいか、不思議と怒りも驚きも湧いてこなかった。

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