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凍雲に舞う  作者: 紅月 実
第三話 若人は寒風に身を晒す
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若人は寒風に身を晒す(一)

「……順当に勝ち上がって来やがるな」

 開始早々、波乱を巻き起こした九班の結果を見下ろしたヤスが呟いた。眼下に貴賓席があり、試合場を挟んだ真向かいが選手用の幕屋となっている。しかし、出番まで長く待つ選手には、領主館二階に快適な控え室が用意されていた。

 九班の代表は二人ともロウの血筋ものだった。ロウ一族の発言が東ガラットで重きを置かれるのは、強い〈自然の恵み〉を得た優秀な戦士を多く輩出しているからである。彼らは素養のある者に基礎と体術を独自に訓練してから若衆に入れる。そのため自負プライド意識モラルが高く〈狩り人〉としての成績も優秀だ。別の予選でもロウの選手が幾人も代表の座を勝ち取っていたが、本戦となれば血筋や素質より個々人の技量と経験が物を言うのだ。馴染みの面々が出揃うだろう。


 透明な硝子を嵌め込んだ大きな窓の前に立つヤスの足元で、テンは床に座って壁に背を預けていた。外の喧騒も聞こえていないようで、軽く目を閉じて黙している。ヤスも答えは期待していなかったので特に気にした様子もない。ただ、灰青色の目をすぼめ、鋭さを増した眼差しで佇んでいた。

 部屋には他にも先客が居たが、中央のテーブルに用意された飲み物と軽食には手を付けず、やはり黙って席に着いていた。本来は客間の一つだが今日のために高価な調度品などは片付けられている。敷物に置かれた椅子と丸卓、隅の小さな火桶しかない。殺風景なここで暫し待つはずだった。

 しかし、扉が忙しなく叩かれると同時にぱっと開かれ、この場に不釣合いな明るい雰囲気を纏った人物が現れる。


「入るよ! ……いたいた。何だよ~、二人してこそこそするから探しちゃったじゃん」

「こそこそしてねえよ。別に隠れてた訳でもねえし」

 声だけで分かるシムに続いてカクとタカも入室した。見知った顔触れに不機嫌な口調で返すが、これは予定調和である。シムは幾つもある他の控え室も覗いたようだ。

「オレも今年は本選に出られたよ! あ、ねえねえ、枠番は? まさか、一回戦で当たっちゃうなんてことないよね!?」

「俺は十八、テンは六。お前は?」

「うわっ、危なかった! オレは二十一番だからこれで二回戦に行ける!」


 既に勝った気でいるシムの後ろでカクが呆れて天井を仰ぐ。タカも困惑の笑みで誤魔化しながら鼻を掻いていた。この兄弟は予選落ちなので気楽な立場である。

 そう簡単に行けば誰も苦労はしないが、良い意味で前向きなシムとの掛け合いは、いつも心地良い空気をもたらす。そしてそれはヤスだけでなく、テンも同様だった。つい先ほどまでは口を開こうとしなかったと言うのに、軽口を叩ける程度に気分が解れたらしい。

「どうせなら頂点を狙ってくれ。組衆から優勝者が出ればかしらとしては鼻が高い」

「……それって、決勝で会おうってコト?」

 本戦の参加者は総勢二十八人。そのうち二十四人が一回戦の組み合わせを決める番号札を引く。そして予選と同じく一から十二が館前、十三から二十四までが広場で分けられる。六番のテンの相手は五番のくじを引いた者で十八番は十七番と、二十一番は二十二番と対戦する事になる。ヤスとシムは頃合いを見計らって広場へ移動するのだ。


「ん~と、ヤスとは広場の最後の準決勝ヤツまでぶつからないし、テンとは一番最後の決勝でだよね。なんかのマチガイでそこまで進めても、もう動けなくなってるんじゃ……」

 少し先の自分を思い浮かべたシムは顔面蒼白だ。両手で顔を挟んで目を伏せれば、長い睫毛が頬に影を作った。

「……だから準決勝は広場じゃなくて館前だって何度も言ってんだろうに。その頃にはみんな館んとこに集まって立ち見も大勢出るから、負けりゃ大恥掻けるぞ」

 童子こどものように撫でられたシムが、頭に乗った手を振り払うとにやけたカクをきっと睨む。どうやら思いの外緊張しているようだ。

「またそんな言い方を…………」

 素直に応援すれば良いのにと思ったタカの脳裏に、得意げに片目を瞑って見せる兄自身の姿が届いた。頬を膨らませたシムは多少なりとも落ち着けたようだが、これが兄なりの激励だと分かってはいても賛同しかねた。


「そういやミアイはどうだったの?」 

 話の矛先を変えたシムは本戦出場を自慢したいらしい。好い席から女子の部を観戦したいとの下心もあるので皆を誘うが、テンは首を横に振った。どちらにしろ控えの間は選手のためのものなので、激励の名目であってもカクとタカは長居できない。かしらを独り残し連れ立って部屋を出て行く中には、下唇を突き出した仏頂面のヤスも混じっていた。

 室内に再び静けさが訪れると急に寒さが増したように感じる。だが、目を閉じて己の呼吸に集中したテンは他の事を意識の外に追い出した。すぐに何も気にならなくなる。窓の外ではいよいよ高まった歓声が、女子の部の開始を告げていた。

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