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凍雲に舞う  作者: 紅月 実
第二話 花が欲するは陽に非ず
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花が欲するは陽に非ず(二)

 線を跨いだテンは素早く周囲に目を配り、ヤスとの距離を計る。黒と銀の視線が交差したのはほんの束の間だったが、ヤスがふいと顔を反らす。満足したテンは呼吸を整えた。

 主審が高々と上げた手を鋭く振り下ろすと、選手の多くは円の中心へ吸い込まれるように動き出す。両隣の背中を見送ったテンは、一呼吸置いて左に枠線を見つつ走った。独走するテンを獲物と見定め、踵を返した者が背後から別の選手に襲われる。入り乱れる選手たちを何度もやり過ごしたテンは、やっとヤスの元に辿り着いた。

 途中で別の二人組に掴まったヤスは、後ろを取られないようじりじりと後退していた。あと数歩下がれば足が場外に出てしまう。枠を見張る審判が円の外から近寄って来る。気付かれぬよう忍び寄ったテンが、片方の相手の足を払った。後退する振りをしてテンを待っていたヤスは、体勢を崩した男の腕を掴んで放り出した。


「場外!」

 審判の判定を聞いたヤスが振り返れば、テンが残る相手の首を担ぐように掴んで投げ落とすところだった。最後の足掻きとばかりに抵抗したので、足先まできっちり枠内に収まっている。間髪入れずに身体を起こしたが、横合いからヤスが打ち込んだ肘に背中を強打されて再び地面に沈む。それでも起き上がろうとしたのでヤスが押さえ付け、すぐに審判が大声で数え始める。

「……遅えよ。それに、遊んでないでちゃんと落とせよな」

「遅れてすまん。だが、別に遊んではいないぞ」

 ほぼ真反対に立たされたテンの右からヤスまでは六人隔てていたが、そのうちの二人が手を組んでいるとぴんと来た。お互い無関心に見えても、不自然に目を合わせないようにしていたからだ。違う狩り組に属しているので、審判は気付かず近くに並ばせたのだろう。同様に気付いたヤスの「かち合うのを避けよう」という合図に従ったテンだったが、遠回りの分だけ待たせる事になったようだ。


 周囲を警戒するテンに選手の一人が襲い掛かった。規定時間カウント経過前に立ち上がれば失格にはならない。その場の流れで手を組むのもよくある事だが、どうやらそうではないらしく。

 その選手は明らかにテンだけを狙っていた。巻き込むまいとヤスたちから離れたテンは、威嚇の叫びと共に繰り出される拳を交わし蹴りに空を切らせる。だが、技量の差は歴然としていた。予想していた肘打ちを難なく流すと、相手の腕に沿うように身体を回転させて背後を取った。腕を捻り上げて跪かせると、頬が乾いた土にまみれた。這いつくばって片腕を捻られた無理な姿勢でもがく背にテンが踵を乗せた。


 秒読みを要求するテンに審判が指を突き付けた。

「六! ……七! ……八――――」

 声に合わせて指が一本から二本、三本と増えて行く。

「器用だな」

「……十! 失格! ……七! 八!」

 素直に感心するテンに三十絡みの審判がにやりとした。続けてテンの方の時間カウントを読み上げる間はヤスがテンを守る。

「……九、……十! 時間終了! 失格だ!」

「無効だっ! 左肩も胸も浮いてるだろうが!」


 テンが退けようとしていた足に再び力を入れた。確かに左半身は浮いていたが、押さえ込んで動けなくすれば良いはずだった。

「もう一度数える間こう・・していれば良いか?」

「その必要はない」

 開放されるや否や審判に喰って掛かるので、反射的にテンが割って入った。この審判は只人だ。いや、常人でなくとも、平静を失った狩り人に襲われれば痛いでは済まない。

「どけよ! お前なんかに負けてねえ!」

「大人しく退場しないなら処罰するぞ!」


 混戦から零れた二人組が棒立ちのテンらを目敏く見付けた。駆け寄ろうとするのへヤスが警告する。

「審判が審議中だ! 邪魔すりゃそっちも同罪だぞ!」

 テンが背後に庇った男の二の腕には線審を示す黄色い布が巻かれている。審判に逆らう事も、故意に攻撃するのも厳罰に値する行為だ。『同罪』という不名誉を避けた二人組は潔く諦めて別の相手へ向かった。

「最後通告だ。負けを認めて退場しろ」

 審判がきっぱりと言い切ると肩を押さえて場外に出た。貴賓席への礼こそしたものの、憮然とした様子で場を去る。安堵した線審がテンとヤスに試合に戻るよう告げる。男を残した二人は揃って乱戦に飛び込んだ。

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