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凍雲に舞う  作者: 紅月 実
第一話 晩秋の森に若人は集う
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晩秋の森に若人は集う(二)

 ――――どうせ敵わないのに……。

 ミアイは暗い気持ちを追い出すように大きく息を吐いた。諦め顔で足を開いて腰を落とすと、小さな身体に〈恵み〉の力が瞬時に満ちる。定石通り数歩分の距離を跳躍し、その勢いで側頭部を狙った。

 蹴りを止めたテンが右の拳を繰り出す。外側へ弾いて懐に潜り込むと肘を打ち込んだ。難なく捌かれ、横へ反らされた拍子にミアイの上体が泳ぐ。しかし、無防備な背面を晒しても追撃は無く、背中を軽く押されただけだ。力に逆らわず地面に転がり、起き上がると再び構える。


 テンからは何の感情も読み取れない。ミアイの動きを追って身体の向きを変え、決して注意を逸らさずにいる。じりじりと自身の左方へ移動していたミアイの姿がふっと掻き消えた。一拍置いて直上から、テンの脳天目掛けて踵を降り下ろす。

 テンは落下に前回転が加わった強烈な一撃を交差させた両腕で受ける。そのまま足首を捉えて肩に担いだ。

 地面に叩き付けられる予感にミアイの肌が恐怖に粟立った。だがしかし、テンは緩い弧を描くように投げる。衝撃を相殺するため大きく膝を曲げて着地した時には、追い縋ったテンが既に待ち構えていた。

 動きの止まる一瞬を狙って低い位置からてのひらで打ち上げる。胸から背中へ抜ける衝撃に気力を持って行かれた。よろけたところで腕が掴まれ、同時に足を払われる。仰向けに転がされたミアイは脱力し、大きな吐息と共に負けを認めた。


 手首を掴まれていたのでかえって背中を打たずに済み、胸に喰らった一撃も痛手ダメージはない。ほっとして立ち上がったミアイは視線を感じて顔を上げた。何か聞きたそうな困惑しているような、複雑な表情のテンと目が合った。ただひたすらに見られ続けて、段々と居心地が悪くなる。

「? なに?」

 テンは暫し黙していたが、やがて独りで納得したようだ。


「……ああ、そうか。そういう事か」

「だから、なに?」

「いつもより動きが悪いとは思っていたが、手を抜いていたな」

「そんな事ないわ! だって、テンはわたしより力もあって間合いも広いし……。ずっと強いじゃない!」

「勝てない理由を探すのか」

 かっとして言い返したものの、図星をつかれたミアイが言葉に詰まる。溜め息をついたテンは、明らかに落胆していた。

「お前は俺たちと考えが少し違うようだ……。そういえば、演習の時はいつも居なかったな」


「でも、あの時は――――」

「分かっている。その……、月の障りと重なって休養していたのはちゃんと覚えている。俺が言っているのはその事じゃない」

 テンの重い声はミアイの心に不安を呼び起こした。

「本来は最初に確かめるべきだったな。組を移る話を受けた時点でその・・覚悟があると思い込んだのは俺の落ち度だ。だから、今ここではっきりさせよう。お前にはテス族の戦士として戦う覚悟があるか?」




 彼ら狩り人は自治領の治安を維持する要である。厳しい鍛練に耐えた肉体は頑健で、常人の追随を許さない。それだけでも充分に抑止力となるが、更に自然の恵み――――山の霊気や生気――――を己の体内に取り込めば、驚異的な身体能力を発揮する事が可能だ。起伏が激しく障害物の多い山や森も物ともしない運動能力を有する兵士たち。

 見習いの間に資質を見極めながら、〈祝福〉を使いこなす下地の肉体改造。体術と異能力の使い方と、戦士階級として高い意識モラルを持つよう様々な訓練を施す。そうして無事に若衆を終えると殆どの者は武闘派と成った。


 しかし戦争いくさが無くなって久しい今日では、狩り人の意義も変化していた。戦士のはずの狩り人の中に、少数ながら戦いを不得手とする者も混在した。彼らにとっての狩りや体術は、異能力や筋肉の衰えを防ぐ手段となっていた。

 女性のみの狩り組にも非戦闘型の傾向が見られたが、狩り人の大半は男衆が占めている。現状では特に問題視される事はなかった。


 これまで女衆の組しか知らなかったミアイは荒事は未経験である。対してテン組は生粋の武闘派だ。強い祝福と優れた身体能力に磨きを掛けた男衆は、実戦の経験も有りそうだ。

 定期的に行なわれる戦闘演習も折悪しく低調で欠席したので、組衆の誰もが――――当人のミアイでさえ――――違和感を覚えずに冬を迎えてしまった。確かにこの機会にはっきりさせた方が良さそうだ。




「……もし覚悟が無いって言ったら?」

「別の組に移りたいなら止めないが、俺としては残って欲しい」

 肩を竦めて上目遣いに尋ねるとテンは淡々と答えた。囮役を増やして狩りを有利に運びたいと言う理由でミアイを勧誘したのは彼である。当然の意見だった。

「……じゃあ、組には残りたいけど戦いたくないって言ったら?」

「討伐任務では急を要する怪我人が出るかもしれない。治療師が居れば色々と心強い。その時は俺が全力でお前を守る」

 口に指を当てて首を傾げていたミアイが驚きに目を見開いた。胸の前で腕を組んだテンは、己に注がれる視線にも気付かぬ様子だ。


「現場には連れて行けないから、少し離れた場所に居てもらう事になるな。後衛に居るのも嫌だと言うのはさすがに我儘が過ぎるが、そうでなければ――――」

 足にぶつかった何かがテンの気を引いた。地面に転がったのは細長い団栗だ。しかも団栗は次々に飛来してあちこちに当たり、ぽとぽとと足元に落ちて行く。眉根を寄せたテンが悪戯をした犯人を睨む。

「邪魔をするな。今は大事な話をしているんだ」

「……いい加減に気付こうよ。それにいくら組頭でもそういうの勝手に決めないで欲しいなあ」


 とうとう我慢出来ずにミアイが吹き出した。子供染みた真似をしながら正論を掲げるシムの姿が笑いに拍車を掛けたのは言うまでもない。戸惑うテンに周りが追い討ちを掛ける。

「ミアイは質問に質問で返してただけ。……だとオレは思うんだが」

「あんまりからかうと根に持たれんぞ。適当なとこで止めとけや」

「あー……、だから、兄貴たちがそういう言い方をするから余計に…………」

 急いでミアイは笑いを押し殺した。「からかう」と言う単語に反応したテンが剣呑な視線を向けて来たからだ。かなりの努力を必要としたが、込み上げる笑い押し止める事に成功する。


「わたしも狩り人だもの、どうせならちゃんと仲間になりたい。体術は得意じゃないけど、それでも良いならこの組に残りたいわ。……ううん、ぜひこの組に居させて」

「構わない……んだな?」

 皆を振り返って同意を求めるテンは少々むっとしている。組衆から否やが出る事もなく、ミアイの在籍は承認された。

 テンたちと共に過ごした数ヶ月で、ミアイにも狩り人の矜持が芽生え始めていた。快い緊張感のあるこの組衆と袖を分かつつもりはない。考えるまでもなく答えは出ていたのだ。


「ここに残るのなら体術が苦手だと辛いぞ。せめて自分の身を守れるくらいにはしておいた方が良い。……まあ、それは問題無いな」

「どうして?」

 にやりと笑ったテンを見て、ミアイは組に残った事を少しだけ後悔した。

「ここには武闘派が五人も居る。修練には困らない」

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