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凍雲に舞う  作者: 紅月 実
第三話 若人は寒風に身を晒す
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若人は寒風に身を晒す(三)

 次の試合を告げる鐘を遠くに聞いた。鐘の音が途切れて二呼吸。続けて空気を振るわせる太鼓が響く。今度はちゃんと耳に意識を向けて幾度鳴ったかを数える。それは二戦目の開始と三戦目の召集も兼ねていた。とうに一人だった控えの間を出て、テンは己が居るべき場へ向かった。




 試合場には主審と向かい合った二人の選手の三人。副審が円の外に二人、周囲の樹上に四人。

「一回戦第三戦目、マティ対テンの試合を始める!」

 主審が選手から充分に離れて片手を上げた。

「構え……、始め!」

 テンの姿が刹那消え、次に現れたのはマティの立っていた場所だった。マティはと言えば、審判のいた場所に倒れ込んでいた。何時の間にか横へ逃げていた主審がテンの一本を認めると、マティがかぶりを振って立ち上がる。再び二人から充分に距離を取った審判が試合の続行を促すと、今度はマティから仕掛けた。続けてもう一本取られれば敗退決定である。引く訳には行かなかった。

 しかし、するりと懐に入り込んだテンが胸を掌で打ち上げた。力なくうずくまったマティを見た主審がテンの勝利を告げた。



―― ◇ ――



 心中で喝采を上げつつ、身体の脇でこっそりと拳を握った。テンの掌打アレを胸に喰らうと肺の空気が押し出されて全身――――特に足の力が一気に抜けてしまう。空気を求める肺の悲鳴に思考が鈍り、立たなければと焦るほど精神的に追い込まれるのだ。味わった者にしか分からない苦しさだが、独りミアイは勝利の余韻に浸った。

 開始直後に距離を詰めたテンはマティに蹴りを放ち、次は突きと蹴りを払ってから相手の胸を打った。ミアイにはマティの足が浮いたのも、審判がテンの動きを見て邪魔にならない位置へさっさと移動したのも、しっかりと『見え』た。もちろん、本戦の主審は樹上の審判たちと同じ狩り人だ。

 みっちりしごかれたおかげで、今ではミアイもテンの次手を何となく予想ができるようになっていた。実際の組み手では身体がついて来ないので全く相手にならないが。


 にやけた顔が見られないよう下を向いた視界で何かが動いた。厚手の生地でできたスカートの主はナナイだった。ミアイの腕を掴んでぐいぐいと揺する。

「二回戦に進んだわ! すごいの、あっと言う間に二本取っちゃったのよ!」

「やっぱりね。おめでとう!」

「そりゃそうよ! だって、若衆を出てから毎年必ず本戦に出てるもの」

「こっちも先取ストレートで勝ったわ!」

「テンも若衆を出てからずっと本戦に進んでるのよ。二人とも強いわねえ」

 似たような光景はもう一つの第三試合でもあったらしい。広場から戻ったナナイはかなり興奮していた。




 ナナイはナタリアの忘れ物を届けに行ったのだ。息子の玩具を確かに持って来たはずだと探しても見付からず、呼びに来た審判をこれ以上待たせる訳にも行かず。仕方なく別の玩具を持たせたナタリアは腰を上げた。

 しかし、置いて行った荷物を隅に寄せようと持ち上げると、棒のような手足をした小さなウサギのぬいぐるみが下敷きになっていた。端切れで作ったウサギは息子のお気に入りなのにと、ナタリアは嬉しそうに困っていた。

 届けた方が良いだろうかと二人でぬいぐるみを眺めていると、広場の鐘が三回鳴った。明らかにそわそわするナナイの背を、肩を竦めたミアイが溜め息交じりに突いた。恰好の口実が出来たのにこれを逃す手は無い!

「いってらっしゃい。できるだけ・・・・・急いで戻ってね」

 ナナイは赤ちゃんがぐずっていないと良いけどともごもごと言いつつ立ち上がった。そしてゆっくりだった歩みが早足になり、本部裏を通る頃にはスカートの裾を浮かせて走っていた。


 ナナイはナタリアに用があったのであって、断じて職権を乱用して広場の試合を観に行ったのではない。苦笑で友人の行動を正当化したミアイはそちらを見やった。目当ての試合の度に広場へ行く理由を探しているのかと思ったがそうでもないようだ。現在行われている一回戦四枠の成り行きを心配そうに観ている。

「さっき組み合わせ表を確かめて来たんだけど、次の五戦目にエレラが出るの。もしかしたら後ですごい対戦が観られるかも知れないわよ」

「?」

「…………免除の二番がバリノフさんなの」

 少々強張った面持ちの友人の言葉を理解するのに少々時間が必要だった。昨年の上位四名は予選と一回戦を免除され、別のくじを引いて二回戦から参戦する。免除シードの一、二番は領主館前の一回戦一、六枠、免除の三、四番は広場の一、六枠を制した選手がそれぞれ相手となる。

 一回戦五枠のエレラと免除二番のバリノフ。二人共に勝ち上がれば準々決勝で当たるのだ。バリノフはエレラの父で、現在のロウ一族の当主だった。

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