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「あー、やってらんねぇ!」
そう呟いている美人の幼馴染の声が聞けそうだな、と闘神は不謹慎に口角を上げた。
瞬間、赤い飛沫が眼前を彩る。
さて、今日の記録は何人か。
ジョアンが刃を振れば、その軌跡を追って赤い弧が出来る。
それは百戦錬磨の戦族の血だ。
ここは戦場。
向かうは国境と言う、目に見えない線引きをされただけの隣の地域に住まう戦士達。
生まれた場所が違うだけ。
たったそれだけのことで自分達は敵と味方に別れてしまった。
悲観する気はないが、実に不毛だと思うことが時折ある。
前面で倒れた数人の敵兵の後ろから肉迫する影を視界に捉えて、ジョアンは反射的に身体を屈めた。
次の瞬間、ジョアンの首があった場所を横薙ぎにする大剣が通過する。
空を切る音が終わる前に、ジョアンは獣の体勢から上へ向けて一気に刃を振るう。
手応えが浅かった。
流石、戦族とでも言うべきか。
ただの軍人かぶれ程度なら、闘神が刃を振り切った後に、ようやくその事実に気付くと言うのに。
眼前の戦士は反射的に上体を後ろへ反らし、ジョアンの攻撃を皮一枚切る程度で逃れていた。
「いいねぇ。はるばる北にまで上って来た甲斐があったわ」
思わず目をぎらつかせながら青年は呟いた。
闘神の異名は伊達ではない。
ジョアンは純粋に、強者と戦うのが好きだった。
強ければ強いほど、高揚する。
普段はただのお調子者だが、手に刃を持ち戦場に立った瞬間、彼の雰囲気はさながら血に飢えた獣に変わる。
戦族の血を引いていないのに、その性質は好戦的な戦族の鑑のようなものだった。
だが、別にジョアンは殺し合いが好きなわけではない。
単純に強者と刃を交えるのが好きなだけであり、その延長線上に命という代価があるだけだと思っている。
ジョアン自身も命を懸けて戦場の相手に挑むのだ。
その勝敗で相手の命を奪ってしまっても、仕方がないことだ。
その覚悟が無いのであれば、ハナから戦地に来るなと思う。
此処は命を賭け合う場であって、自殺の名所でも一方的な処刑場でもない。
左胸から頬にかけて垂直の線を描かれた戦族は、再度ジョアンに迫る。
巨体に似合わぬ素早い動きに合わせ、青年も動く。
相手がどんな風に仕掛けてくるのか。
それを瞬時に見極め、自分はどう対応するか。
この刹那の瞬間が、闘神を最も興奮させてくれる。
片手で大きく振りかぶってジョアンの左肩から上体を切り裂こうとする戦族の大剣を、ジョアンの細身の刀身が軌道をずらすように弾く。
体勢を崩されて開いた戦族の懐に踏み込もうとしたジョアンの動きを見透かしていたように、戦族が左手に隠していた鋭利な短剣が煌いた。
目を狙い突き出された短剣を、首を動かして逃れる。
犠牲は横髪が十数本。
にやり、と青年が嗤う。
手首を翻し、今度こそジョアンの凶刃が戦族の胴体を真横から食む。
そのまま上半身と下半身を断ち切れるかと思ったが、敵は両断される前に彼の右肩に短剣を突き刺しそれを留めさせる。
ジョアンの致命傷には至らない。
だが、刀身が斬り進む速度を落とさせるのには十分だった。
「……ちっ」
戦族の胴体の半分以上まで食い込んだ刃を引き抜くような形で、ジョアンは後ずさる。
瞬く間に戦族の左足が、腹から溢れる血で染まっていく。
これだけの出血量でまだ膝をつかないのは、戦族特有の並外れた生命力なのかプライドからか。
ジョアンにとってはどちらでも良い。
どちらでも楽しいことに変わりはない。
仲間を守るためか、それとも強者を倒すためか。
周囲には徐々に敵兵が集まり始めている。
よくよく見てみれば、血まみれの戦族の衣装は他の敵兵とは少し違うような気がした。
もしかすると将官クラスか?
そう思考していた時、突然前方から爆風が起こった。
同時にジョアンの背中に聞きなれた声が投げられる。
西から共に遠征に来た、サム・ドク少尉とケリー・アズーカ少尉だ。
「あー。やっと見つけた」
「あんた、なに考えてんですか?」
ケリーに問われて、ジョアンは自分が今いる立ち位置を思い出す。
敵地でまたしても単独行動をしていたようだ。
「……気がついたら此処にいた」
「夢遊病患者みたいなこと言わんで下さい」
ジョアンを追って激戦地を抜けてきたのだろう、二人とも軽い口調の割りには息切れが激しい。
「女王様からの伝令です。『今すぐ撤収しねぇとぶっ殺す』」
“女王様”とは、本人以外は知っているロル・ホーキンス大尉の西軍での隠された渾名である。
戦場に似合わぬ気だるい声色で、ケリーは前方に向けて爆薬をまた数個同時に投げた。
戦族相手では致命傷を与えることは出来ないが、煙幕代わりぐらいにはなる。
「マジかよ。これからって時に!」
「……女王様からの伝令。『今すぐ撤収しねぇとぶっ殺す』」
復唱される幼馴染の言葉に、ジョアンは後ろ髪を引かれる思いで部下と共に戦場を後退していった。