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其処に至るまでのお噺。  作者:
一章.冬来たりなば
6/9

「こういうゲームを知ってるか、ジョアン?銃に一発だけ弾を入れて、交互に自分の頭を撃つんだ。当然、一発だけしかない弾が当たった方が負けだ」

「……自分の頭を撃つんだろ?お前、思いっきり俺に標準合わせてるじゃねぇか!」

「俺は優しいから、お前の分もやってるだけだ。ジョアンはただそこに馬鹿みたいに突っ立ってりゃいい」

「ロル、頼むから早まるな!!」


どんっ、と室内に乾いた音が響いた。

ほぼ同時に、ジョアンの髪の毛が数本切れて後方の壁に穴が一つ出来た。

近距離を銃弾が通過したため、耳が痛い。


「……ちっ」

「舌打ちしてんじゃねぇよ!マジで当たったらどうしてくれる!!?」

「そういうのは当たってから言えよ。心配しなくても、香典ぐらいはちゃんと出してやるっつーの」


物騒な銃口をようやくジョアンから外す。

それでも左目下の泣き黒子が印象的な赤毛の麗人の、不機嫌に幼馴染を睨む紺色の眼光の鋭さは変わらない。

母親似の穏やかな顔立ちをしているくせに、口から毀れる言葉はどれも苛烈なものばかりなロル・ホーキンス大尉は、西軍ではジョアン・ドルディオ大尉に続き有名な人物であった。


「ロル…。早速部屋を傷つけるな。叱られるのは目付け役の俺なんだぞ」

「叱られるついでに、この馬鹿の葬式の手配も頼んできてよ。叔父貴」

「叔父貴じゃなく大佐って呼べって言ってんだろうが。このクソガキ」

「ンなこと言って暢気に茶ぁ啜ってねぇで、助けろよジェフ!!」

「お前もだ、ジョアン。いい加減、上司を名前で呼ぶんじゃねぇ」


心の底から敬え、と大佐が言えば若い部下二人は揃って首を横に振った。

本当に、子供の頃から彼らはこういうところでばかり仲が良いのだ。

ジェフは大袈裟に溜息を吐いてみせる。


「ったく、お前らが入隊してからというもの俺の昇進はすっかり遅れちまったよ」

「叔父貴の出世なんざ、その前から停滞気味だったじゃねぇかよ」

「拍車を掛けたのはお前らが来てからだ!」


戦族(いくさぞく)”と言うのは、身体能力に長けた民族達の総称である。

褐色の肌か青みを帯びた瞳を持っているのが多数のため、他の民族と比べても見分けが付きやすいのが特徴だ。

名前の通り、争いを好む血の気の多い民族だが、中には義や忠に厚く仲間を守るためになら戦うという、普段は温厚な者もいる。


戦族であるジェフ・ホーキンス大佐の場合は、どちらかと言えば後者よりだろう。

能力は十分にあるのだが、軍隊特有の縦社会の中で部下を守るために無理をやらかすので上層部にはいささか煙たい存在として覚えられている。

特に、ジョアンとロルが入隊してから一気にそれは強まった。


この二人が兎に角、問題児なのだ。

闘神(とうしん)”と呼ばれるジョアンは行動と言動で問題を起こし、見目の良いロルは女気の少ない軍隊という場所において、ただそこに存在しているだけで問題が沸く上に、それに本人が油を注ぐ。

二人ともそれは自覚しているが、大して直す気がないのでしわ寄せが上司であるジェフに向かうのだ。


「全く、お前らが優秀じゃなけりゃとっとと軍人辞めさせられるんだがなぁ…」


ジェフの溜息に、二人はお互いの顔を見合わせる。


「仕方ねぇだろ。自分の天職見つけちまったんだから」

「そーそー。ロルみたいな根暗で根性が歪曲しまくった奴が、今更どこで働けってのよ」

「ジョアンこそ。脳みそ空っぽで暴れることしか芸の無い馬鹿が他に何が出来るってんだ?」

「…本当に、お前らは幾つになってもガキか」


ジョアンとロルの昇級は、同期の人間に比べて異様に速い。

戦争と内紛が絶えない国情で、階級が順調に上がるのは軍人として、敵を鎮圧出来る能力に長けているからだ。


戦族ではないがジョアンは白兵戦に優れており、その戦場での勇猛な姿から敵味方問わずに、“闘神”などと有難くもない尊称で呼ばれている。

一方、ロルはジョアンと対照的に戦族の血を引いていながら、身体能力よりも頭脳の方が有能だった。

まだ若いながらも彼の戦場における判断は早く、尚且つ的確で何十年と戦地で生きてきた上司達でさえも目をむく。


どちらも軍人としては問題児だが、戦争屋としての能力は誰よりも優れている。

長年のいざこざで人材が不足し始めている国軍としては、彼らの人間性には多少目を瞑るしかなかった。


しかし最低でもこれぐらいは上司としてというよりも、大人として叱っておかねばならないだろう。


「頼むからジョアン、目上の人間にはきちんと言葉と姿勢を正せ。流石にシーモア中将の前のは肝が冷えた…」


叱るつもりだったのだが、ジェフから発せられた言葉は懇願だった。

……何かもう、色々と疲れた。

そんな心境だった。


「えー?あれでも俺にしては頑張った方だぜ?」

「よし、わかった。今度礼儀作法の本を買ってきてやるから、暗記するまで読め」

「げぇぇー……」


あからさまに嫌な顔をするジョアンを見て、誰があの“闘神”とまで呼ばれる英雄だと思うだろう。

ジェフは初等部の教師にでもなった気分だ。


「そもそもお前が勝手に単独行動するのが悪いんだろ。馬鹿ジョアン」


いつの間にか、ロルは室内の薪ストーブの上に置いていたポットの湯を使い、珈琲を淹れていた。

ロルは叔父のカップの中身を窺う。


「お前が一人で少佐を助けるなんてパフォーマンスしなけりゃ、まだ中将との直接の面会なんてなかったはずだったのに。お陰で着任早々、西軍の面子は丸潰れだ」

「そこまで言うか…。俺は精一杯の努力をしたつもりだぞ」

「あれでか?」


まだ半分ほど残っていたので、ジェフはジョアンを揶揄しながらロルに片手を振った。

それに頷いて、ロルはジョアンを見遣る。


「お前は?」

「飲む」


ロルの誘いに、ジョアンは素直に頷いた。

軍の珈琲は不味いことで有名だが、これだけ気温が寒いと味は二の次だ。

今さっき薪をくべたばかりの室内の温度は、外に比べればまだマシな程度である。

兎に角、身体を温めたかった。


「…あれ?そういや湯沸くの早くね?」

「さっき北部の奴が持ってきた湯をストーブで沸かしなおしてるだけだからな」

「あ、なるほど」

「ほらよ」


湯気の立つ珈琲をロルから受け取ると、カップの温かさに指先にじんわりと痺れを感じて、手が冷えていたことに気がついた。

両手でカップを掴んで暖をとっていると、ロルが声を投げてきた。


「馬鹿はここであんま目立つことすんなよ。お前はただでさえ目立ってんのに、これ以上何かやらかしてどうすんだよ」

「サーセン…」

「んで?勝手に出歩くほど気になった“声”の主は誰だったんだ?」

「んー……、あんま自信がないんだけどな」


例の少佐かな、とジョアンは髪で隠れていた耳のピアスを弄った。

紅玉がついたシンプルなその飾りは、装飾用ではなく魔力を封じるための特殊な物だ。

雪の降らない西から、援軍として北方に来ることになったので急遽作らせた金属を使用していない特注品のピアスは、まだ少しジョアンには馴染まない。

以前身に付けていたピアスでは、極寒の地でそこから凍傷になってしまうので、我慢して新しいのを使うしかないのだけれど。


ジョアンは自分が望む望まないに関わらず、他人の心の声が聞こえてしまう術者だ。

封魔のピアスを身に付けているので普段は全く聞こえないが、それでも何かの拍子に時々聞こえてしまうことがあった。

相手との波長が合ったからなのか、自分の体調によるものなのかは分からない。


それが今日、ジョアンがこのトワレの町に向かう途中にも聞こえてきたのだ。

最初はまだ途切れ途切れな小さな音にしか聞こえなかった。

ジョアンの隊が目的地に近付くほど、その“声”ははっきりと聞こえて来た。

普段は二言、三言ぐらいの時間しか聞こえないはずなのに、こんなに長い時間聞こえたのは初めてだった。


それは、泣き声だった。

小さな子供が部屋の隅っこで蹲って必死に声を抑えて泣いているような、そんなか弱くて切実な訴えだった。


―――もう、嫌だ。


ずっとずっと、そんな声が聞こえてきたら嫌でも気にもなる。

気が付けばジョアンは司令部に向かう隊から外れて、一人で戦場に向かっていた。

そこで見つけたのが、あの銀髪の少佐だった。


幽霊を見たのと同等レベルの噂話で彼のことをロルから聞いていたのだが、まさかこんな国の端っこで教科書にしか載っていないような民族を見れるとは、正直思ってもいなかった。

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