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其処に至るまでのお噺。  作者:
一章.冬来たりなば
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『冬来たりなば、春遠からじ』


どこかの国の古いことわざに、そんなのがあるそうだ。

どんなに厳しい冬もいつかは終わり、そして暖かい春が来るのだと。

それは人の人生も同じだという。


けれど、世界には年中常夏の地があれば、雪解けを知らない極寒の地もある。

万人が全て、冬を向かえ春を待っているわけではない。

それは人も同じではあるまいか。





その国の北の国境は、ティエンという険しい山脈によって引かれていた。


隣国は人口の九割が身体能力の優れた戦族(いくさぞく)が住み、たった一人の女神を崇める性質たちの悪い宗教が国中を覆っている。

一神教と言うことは、その国の国民全てが同じ教えを信じ、同じ考えを持つと言うことだ。

統制のとれた戦族の軍隊ほど、恐ろしいものはない。


そんな国と争いを続けて、そろそろ百年のカウントダウンが出来るようにまでなった。

戦争のきっかけなど、もう誰も覚えてはいない。


目的は唯一つ。

敵を制圧せよ。




数え切れぬほど行われた戦場に、火柱が立つ。


この地で死んだ人の数は、どれくらいなのだろう。

ふと過ぎった疑問はすぐに消えた。

誰も知らないし、知ったところで何も変わりはなしない。

彼が出来ることは、その数をただひたすらに増やすことだけだ。


彼のその姿は、戦場において異質だった。

背中の中ほどまで伸びた銀の髪と、それと同色の生を感じさせない硬質な瞳。

それは、絶滅危惧種に指定されているツバス族の姿だった。


本来なら軍人になること自体が稀な民族だが、彼は残念ながらその姿を“似せた”だけの模造品である。

まだ子供と呼べるほどの華奢な体格の彼が(まと)う深緑の軍服の肩には、間違いなく少佐の位を示していた。


色味のない白磁の面には表情もなく、ただ自身が放った炎に焼かれた右手を眺める。

己の魔力が制御しきれていない証拠だ。

痛々しくただれた手に構わず、彼は眼前に迫った大剣にその手をかざす。

糸杉のような少年の体を二つにすることも出来ず、刀身は瞬時に熱で赤く染まり、その身をぐにゃりと変形させた。


「…この化け物がっ!!」


歪んだ剣を握った屈強な戦族が、血走った目で殴りかかる。

少年は数歩下がって距離を取り、戦士に掌をかざす。


手の内で、熱が弾けた。


向かって来た筈の戦士は突如現れた業火の勢いに後方に押し戻され、その周囲にいた戦族達にも炎は無遠慮に絡みついていく。

十名ほどの男達が火を消そうと地に転がって、そのまま絶命する。

そして、少年自身の火傷は腕にまで達した。


集中力が切れ掛かっていて、加減が出来なくなり始めている。

今の攻撃も、彼の意図するところではなかった。


少年の横顔に、汗が流れた。

過剰に使いすぎた魔力に、めまいが起こる。

熱が体内を走り回って、吐く息が白い。

視界がうっすらと霞み始めたその端に、敵兵の姿が映る。

逃げたい、と脳は訴えるが、あいにく体は別物だった。


白み始める世界に焼けた手をかざし、制御のかからない魔力が体内を一瞬で駆け巡り外へと飛び出す。

的からは外れたものの、業火の余波に当たったらしく戦族が息を詰めるのが聞こえた。

それでも速度をほとんど落とさずに、少年に刃を向ける。

仲間の兵が気付いて声を上げるが、それだけだ。


大剣が防刃使用の軍服を裂き、肉に食い込む。

踏み込みが浅かったせいか、白刃の滑りはとっさに出した左腕の骨に当たった瞬間、僅かに減速した。

その一瞬の隙に肉が削げるのも構わず、腕を横に払って後退する。

霞む意識を集中させて襲ってきた敵兵へと目を凝らしてみると、右半分と右腕が焼けていた。


不意に背後から敵の気配を感じた。

振り返った先では、肉迫している刃が鈍く輝いている。


そろそろ限界か、と思った。


上半身を反らして致命傷をかわすが、肩に刃を受けた。

火傷を負った兵士が地鳴りのような雄叫びを上げて大剣を振り上げる。


仲間が少年の名を呼んでいる。

戦族に無意味と知りつつ、焼け石に水のような援護の銃撃を遠くから流して来る。


うるさいな、と思った。


いくら化け物だからって、やれることには限度がある。

本気で助けるつもりがないなら、黙って見殺しにしていろ。


防衛本能によって、身体が勝手に動いていく。

まるで糸で手繰られる人形のように。

肩を切りつけて体勢を崩した敵兵に、業火をぶつける。


途端に、背中に衝動を感じた。

今度は火傷を負った敵兵が背後で残虐に笑っていた。


だが、少年は痛みをおくびにも出さずにその濁った表情を鷲掴む。

灼熱が男の悲鳴と頭蓋骨を焼き焦がす。

熱気と吐き気を誘う臭気が、少年を包んだ。


けれど、まだ。


状況が悪化している。

敵兵がまた迫ってくる。

終わりがない。


血が流れる。

視界が眩む。

そばに転がる死体。

フラッシュバックする、過去の残骸。


戦場なんていつの時代も、どの場所でも一緒だ。


少年は迫る敵兵の向こうの、更に向こうで斬り合う兵士達を眺めた。

それなのに、長年の戦場で培われた条件反射とは恐ろしいものだ。

振りかざされた大剣が視界の隅に映れば、自分が意図しないままに魔力を放とうとする身体になってしまった。


けれども、正真正銘の限界が来たようだ。


焼き爛れてしまった腕を上げることが出来ない。

血を流しすぎて足元さえも覚束ない。

頭の奥から、金属を擦り合わせたような不快音が鼓膜を狂わす。

集中が、出来ない。


逃げることも、防ぐことも叶わない。


―――嗚呼、ついに……。


少年は自身の最期を、夢を観るような感覚で思い描いた。

敵は自分をどうやって殺すのだろう。

彼らが手にする大剣の切れ味は嫌というほどその身で知っている。


身体を二つに分けるのだろうか。

首を刎ねるのだろうか。

それとも頭を潰して脳漿をぶちまけさせるのだろうか。


綺麗な死体にだけはなり様がないことだけは確かだな、と思った。

そこまで考えて、彼はふと気付く。

自分がまだ殺されていないことに。


とっくに切り刻まれてもいい頃合いだ。

なのに、自分はまだ生きている。


霞んだ視界のまま前を見ると、少年の前に“何か”が立ち塞がっていた。

それは人だった。

纏っている軍服の色で、それが味方の軍人だと判別する。


「―――っしゃあ、間一髪!あんたが噂の少佐だろ?思ってたより随分若いな」


戦場に不釣合いなほどの軽快な声で、その軍人は振り向き様に少年に声を投げかけた。

顔はわからない。

視界が真っ白になって、意識が遠ざかってしまったから。



でも、この声だけは一生忘れないだろうと思った。

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