表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2話

その後、居心地の悪い時間をどうにか乗り切って、車は私の実家の前に到着した。


カーナビに実家の住所を入力したおかげで私の案内もなしにたどり着いたのは良かったのか悪かったのか。


既に日付の変わっている真夜中。


そっとエンジンを切った朔弥は、運転席で大きく体を伸ばした。


仕事で疲れていたに違いないのに、二時間以上も運転した体はさすがに疲れているだろう。


「あ、ありがとう。ここが私の実家なの。ねえ、すぐに帰るの?」


ふと、このまま朔弥を帰してしまっていいんだろうかと不安になった。


私の為に車を走らせてくれて、途中からは妙にぎくしゃくした空気の中で二人きりで。


どちらかと言えば、この夜のドライブに後悔すらしているんじゃないかと落ち込みつつそう聞いてみた。


黙り込んだままの朔弥の顔をのぞきこむと、相変わらず気持ちの見えない瞳が私を捉えた。


「このあたり、ホテルでもある?」


「え?」


「だから、俺が泊まるホテル。疲れたから泊まって帰るわ。明日は仕事も休みだしな。

で?駅前にでも行けばあるか?」


なんだか久しぶりの朔弥の視線。


私に向けてくれるだけでうれしくなる。


必要最低限の言葉ですら交わさなかった車内の雰囲気を払拭するかのように、私は明るく答えた。


「残念だけど、駅前にはないんだ。駅二つほど街に向かって走ればビジネスホテルがあるよ。

……え?……泊まる?朔弥泊まるの?」


驚いた私の声にたじろぐ事のない朔弥。


「泊まる。もう帰るの面倒だし、なんなら詩織も一緒に。

二人ならラブホっていう選択肢もあるけど?」


妙に色気のある声と表情で、朔弥は呟いて。


そっと……そっと。


私の近くに体を寄せたかと思うと、慣れたように私にキスを落とした。


温かい朔弥の唇は、正確に私の唇を捉えて、まるで私を味わうかのように啄む。


「ん……さく……んふっ、どうしたの……。ちょっと」


助手席の私に覆い被さるように体重をかけてくる朔弥の胸に手を置いて、体を離そうとしても。


私の頭の後ろに手を入れて、ぐっと力を入れられてしまうと身動きが取れない。


息をしようとほんの少し開いた唇。


その瞬間を待っていたかのように入り込んでくる朔弥の舌はとても熱い。


私がまるで朔弥のものだと勘違いしてしまいそうなほど、当たり前のように絡まってくる。


思わず出てしまう私の甘い声に、軽く笑う朔弥は


「もっとだ……。もっと聞かせろ」


かすれた声で。


「詩織……」


つぶやく声は色気があって、私の戸惑いも切なさも消してしまう。


「あふ……っ。朔弥……」


激しく絡ませ合うお互いの舌の熱に煽られるように、気づくと私の手は朔弥の首に回って引き寄せていた。


そして。


お互いの吐息と、唇からうまれる甘い音だけが車内に響いていた。


ずっと朔弥を好きで。


朔弥が他の女の子と付き合うのを見て。


何度も泣いて。


その度に諦めて。


私だって他の男とつきあった事はあったけれど、それで私が楽になれるわけではなく余計に辛くなっていた。


いっそどちらかが結婚したり遠い所に転勤とかすれば、少しは忘れられるのかなって最近は本気で考えていた。


それなのに、今私を抱きしめてキスを繰り返すのは間違いなく朔弥。


私の唯一想いを寄せるどうしようもない……いい男。


「朔弥、どうして?」


唇が離れて、二人とも荒い息の中、私の声は震えてる。


「詩織とキスしたかったから。まだ足りないけど」


まっすぐな瞳と低く強い声は私を射る。


胸に切なく響く。


朔弥の気持ちを誤解しそうだ。


「なあ、詩織……」


私の頬を撫でる朔弥は、いつもにも増して艶やかで、吐息と共に何かを吐きだそうとするかのように私を見つめる。


「俺、考えてたんだけど。……は?」


「……え?」


真面目な声で私に語りかけていた朔弥は、私から視線を外して驚いた表情を見せた。


「どうしたの?」


戸惑いながら朔弥の視線を辿って私の背後を見ると。


「うわっ。……最悪」


思わず出る声を我慢できない。


あー。


面倒な相手に見つかった。


「お兄ちゃん」


がっくりする私とは対称的に、にんまりと笑うお兄ちゃん。


助手席の窓の外から車内を覗き込むように立っていた。


それも大きな笑顔を浮かべながら。




*****




真夜中の実家。


それも、明日はお兄ちゃんの結納だというのに、リビングのソファに顔を並べる私の両親とお兄ちゃん。


そして、その向かいには、私と朔弥。


結局、お兄ちゃんに見られてしまった私と朔弥の密な時間は、一瞬にしてお兄ちゃんの単純明快な脳に記憶されて、あっという間に実家に連れこまれた。


『その男前の恋人くんも、泊まっていけばいいだろ。なんなら明日の俺の結納に立ち会ってくれてもいいし。詩織の恋人なら大歓迎だから』


私の抵抗虚しく、朔弥の車は今実家の車庫に入れられてしまった。


かなり強く抵抗して、お兄ちゃんの誤解を解こうと必死になっていた私も、思い込むとまっしぐらのお兄ちゃんが朔弥の腕をつかんで両親のもとに連れて行ってしまって。


半泣きのまま茫然とするしかなかった。


朔弥も、はじめこそ驚きと戸惑いで何も言えずにいたけれど、抵抗することに疲れたのか案外あっさりと白旗をあげた。


私に苦笑しながらため息をついて、お兄ちゃんの勢いに任せて。


両親の前に出るなり、悪のりしたのか。


『遅くにお邪魔して申し訳ありません。詩織さんとお付き合いさせていただいている香月朔弥と申します』


なんて言い出して。



息が止まって何も言えなくなったのは、全然おかしくないと思う。


私達、お付き合いなんてしてないのに、そんなことを言われて平然としていられるわけがない。


こんな展開にするっと立ち向かえる度量もない。


ため息をつく余裕すらないまま肩を落とした。





私の両親は、長く続く料亭を切り盛りしている。


田舎と言えばそれまでだけど、街から少し離れたこのあたりではその名を知られた店だ。


その跡取りとして小さな頃から育てられたお兄ちゃんは、料理人としての腕はなかなかのものらしく、両親の自慢の息子。


今年34歳になるお兄ちゃんが、すでに5年以上付き合っている恋人と結婚することは、この界隈では誰もが知るもので、明日……ううん。


もう日付が変わった今日、結納の日を迎えたというのはご近所さんなら誰もが知っている。


お兄ちゃんの彼女も近所に住んでいて、おまけに私の高校時代からの親友となれば。


更にお祝いの勢いも増していく。


世間様の注目は右肩上がりで、家族だけのお祝いごとで済ませられない現実は私にとっては重荷でしかないんだけど。


加えて、こうして実家に戻ってくるだけで隣近所への挨拶も欠かせないし、私がいつ結婚するとかなんとかの尋問にあうのも必至。


ほんとに。


実家に帰るのは気が重いし来た途端に帰りたくなる。


それなのに、そんな私の心境を無視するかのように、呆れるくらいにウソを並べる朔弥は終始機嫌が良くて。


……なんで?なんで?


どうして私と朔弥がお付き合いしてるなんて言ってるの?


私の隣に座って、にこやかに話す朔弥は妙に穏やかな表情だ。


「詩織さんとは同期で、入社してからずっと好きだったんです。

でも、彼女には他にお付き合いされてる方もいたので諦めていたんです」


なめらかなその口から出てくる嘘に、思わず口を開けたまま凝視してしまう私を無視して。


「それでも諦められなくて……彼女が恋人と別れてフリーになったところを狙って告白しました」


私の睨むような視線に気づかないふりをして朔弥の嘘はどんどん大きくなっていく。


……私にいつ告白した?


覚えのない嘘ばかりを言われ、両親が嬉しそうに頷くのを見てどんどん訳がわからなくなる。


思えば。


どうして私の実家に朔弥がいるんだ?


今日は残業で遅くなって、そのまま電車に飛び乗る予定だった。


たまたま朔弥が仕事を手伝ってくれて、飲みに行こうっていうのを断っただけのはずなのに。


どうしてこんな展開になってるんだ?


両親と朔弥の楽しそうな会話に入り込めずにいた私は何が本当なのかわからなくなる。


私、実は朔弥と付き合ってたのかな?


いやいや……付き合うどころか彼女の絶えないこの男に片思いし続けてるだけのかわいそうな女でしかないのに。


首をかしげながらただただ朔弥を睨んでいると。


朔弥はさらに驚く事を言い放つ。


「こんな夜中に言うべき事ではないんですが。詩織さんと結婚させていただきたいんです」


紛れもなく本気だと聞こえる口調で、落ち着いて言う朔弥の言葉。


私は気を失いそうになった。




*****



翌日、朝早くから起き出した私は、母が予約していた美容院へ無理矢理連れていかれて髪をセットされて。


普段はあまり手をかけないメイクもプロに仕上げてもらい、気付けば母が用意していた薄紫のワンピースを着ていた。


お兄ちゃんの結納の為に父もスーツ、母も着物を着ていた。


夕べ、色々考えて寝られなかった私だけど、メイクのおかげでどうにかお祝いの席にも耐えられそうな顔の状態に安心した。


ちゃんとすれば、私もなかなかじゃない。


そんな軽やかな思いすら浮かんできて。


ほんの一瞬、夕べの出来事は、私が作り上げた妄想だったのかと思ってしまう。


でも、やっぱり今朝もこの男前……朔弥は我が家になじんでいて、お兄ちゃんに借りた黒のスーツを着こなしながら私の姿に目を細めていた。


「待ち受けにしていい?」


そう言いながら私にスマートフォンを向けて、あっという間に朔弥の待ち受けは私の驚いた顔に変えられた。


「ちょっと、やめてよ。肖像権の侵害だよー。消してよ」


朔弥のスマートフォンを取り上げようと手を伸ばしても、ひょいと腕を上にされて、私には届かない所に携帯は行ってしまった。


「もう……昨日からどうなってるのよ」


今まで、恋人を実家に連れてくることなんてなかった私がようやく連れてきた男性への家族からの歓迎の度合いは想像を超えていた。


両親はホッとしたのか涙まで浮かべて私に抱きつくし、お兄ちゃんも妙に笑顔で。


8歳の歳の差は、近づきたくても近づけない距離があって、小さな頃から遠慮もしながら育ってきた私とお兄ちゃん。


お兄ちゃんは私の恋愛にもとりたてて興味もなく、自分の敷かれた跡継ぎというレールをうまく走る事に必死だった。


そんなお兄ちゃんが、夕べ朔弥を見てにんまりと嬉しそうに笑う姿は意外すぎた。


背丈も変わらないお兄ちゃんのスーツは朔弥にぴったりで、そのスーツを着て、嬉しそうにしている朔弥の真意も全くわからない。


どうして朔弥がお兄ちゃんの結納に顔を出すの?


あれって家族だけのこじんまりとしたものじゃなかったっけ?


お父さんもお母さんも、それが当たり前のように動き回っていて、朔弥は単なる同僚だって言い訳する暇さえ見つけられない。


リビングでのんびりと新聞を読む朔弥の横に座って、いよいよ逃げられないっていう意気込みを見せながら、朔弥を睨んだ。


「嘘つき王子。どうして私とつきあってるとか、結婚したいとか嘘ばっかり言うのよ」


ぐっと力を込めて、朔弥の瞳を見ながら聞いてみると、そんなの予想していたのか。


ふっと軽く笑った朔弥は、私の頬を軽く撫でた。


「ちょ、ちょっと何……」


そんな慣れてない親しい仕草に、私は驚いてしまう。


「嘘だけじゃないんだけどな」


「え、どういう事よ」


「本気も混じってる。本気っていうか願望という決定事項っていうか」


「は……意味わかんない。もっと簡潔にわかりやすく言ってよ」


「わかりやすくか。了解」


あっさりと笑いながら、私の肩を抱き寄せた朔弥は、私の顔にほとんど触れるくらいに顔を寄せると。


「嘘だと思うなら、本当にしてしまえばいいって事」


熱い吐息と一緒に私に注がれた言葉に驚く間もなく、吐息以上に熱い朔弥の唇が私の唇に落とされた。


「さ、さく……」


ぐっと抑えられた後頭部と、いつの間にか背中に回された腕に固定されて、どんどん深くなるキスから逃げられない。


今まで何度も何度も、想像してた。


朔弥は恋人とどんなキスをするんだろうって。


その先の恋人たちの行為も、考えてしまうけれど、会社で会う度に目に入る唇。


普通に話していても、思わず見入ってしまうのは唇だった。


薄くて形のいい唇で触れて、夕べも彼女を感じたのかな。


って。


私自身も恋人と肌を重ねたばかりだった時でも、気持ちも何もかもが朔弥に引き付けられていく毎日を、象徴しているかのような唇。


欲しいと、たまらなく思ってしまう朔弥の唇が、今私を味わっている。


最初は抵抗していた私も、ずっと求めていた熱を直接感じて味わって。


朔弥の力強い腕に包まれながら。


そんな抵抗が長く続くなんて無理。


気付けば私からもその熱に応えている。


口の中を探る朔弥の舌にからませるような私の舌が、今まで求めてきたものを一気に掴むように積極的に応えてしまう。


どうしてこんな事をするのか。


どうして今ここに朔弥がいるのか。


考えればわからない事だらけで気が変になりそう。


朔弥にはちゃんと彼女もいるのに。


それでも、もうこの熱を与えてもらえるのはこれが最初で最後かもしれないと思う私の心は朔弥を完全に拒めない。


できるならこのままずっと朔弥の腕の中にいたい。


無理だとわかっているけれど。


二人で、お互いの熱を与え合うのに夢中になっていると、やけにうるさい足音が近づくのがわかった。


パタパタと音をたててやってくるのは、多分。


朔弥も気付いたように、ゆっくりと唇を離すと私を見ながら苦笑した。


まだ荒い息を二人して隠すように見つめあうと、少し照れくさい。


うるさい足音がリビングに入ってきた。


やっぱり母さん。


小さい頃から聞きなれた慌ただしい日常が、一瞬にして私と朔弥を現実へと戻してしまう。


なんだか寂しい。


何事もなかったように二人して自然に距離をとってしまうのも切ない。


そっと朔弥を見ると朔弥も寂しげな顔をしていて、それがやけに嬉しく思える。


「聞かなきゃいけない事があったのよ」


早口で言う母さんは、手に何かを持っていて私に差し出す。


「何?」


手に取ろうとして、はっとその手を止めてしまう。


今までにも何度か見せられたもの。


それはきっと、お見合い写真。


渡されそうになったそれを、受取りそうになりながらもぎりぎり手を止めた。


「またお見合い?嫌だっていつも言ってるでしょ?これからもいらないからね」


「それは、まあわかってるわよ。こうして朔弥さんも来てくれたんだし、詩織には必要ないってわかってる。

これは、一応断っておくから、それでいいのね?

結婚する予定の人がいますって言っていいのね?」


探るような母さんの言葉には、何かほかにも想いがありそうに感じるけれど。


それどころじゃない。


朔弥がいるからお見合い断るって、それって私が朔弥と結婚するってこと?


「あ、母さん……あの、朔弥が色々言ってたんだけど、本当はね、私達……」


どうにか声を出してるって感じの焦り具合に自分でも驚いてしまうけど、それよりも朔弥との仲を完全に誤解されていることに不安が募っている私。


成り行きで朔弥に実家まで送ってもらったし、朔弥との関係が深いものだと誤解させるような展開を招いてしまったけれど。


「あのね、私と朔弥はつきあって……『すみません。俺はすぐにでも詩織さんと結婚したいんですけど、まだ彼女が受け入れてくれないんです』」


……は?


母さんに、朔弥とはつきあってないって言おうとした私を遮って、朔弥が一気にそう言った。


やけに真面目な顔と声で、まるでそれが本当の事のように。


ついさっきまで交わしていた熱いキスの名残も手伝って、朔弥の言葉がまるで本当の事のように聞こえてどきどきする。


ただでさえ、入社してから3年以上想いを寄せている相手、朔弥。


絶えず彼女がいるから何度も諦めようとしてそれができなかった。


本当の言葉ならいいのにと、切なくなる。


「朔弥……」


訳が分からない展開の中、ただ朔弥を見つめた。


「僕は、詩織さんと結婚したいと思ってます。そのお見合いだけでなくこれからもお見合いはなしということでお願いします」


距離をつめて、私の腰に手を回した朔弥は、今までに見たこともないくらいに真剣だった。








お兄ちゃんと、私の親友の香也子の結納は、二人が結婚披露宴をするホテルの一室で無事に行われた。


もともと顔見知りの両家だし、私も加也子の実家には小さな頃から出入りしていたせいか、普段の食事会となんら変わる事なく。


加也子の幸せそうな顔と、そんな加也子にデレデレのお兄ちゃんの様子に一同苦笑しっぱなし。


いつもならあまり顔を見せない加也子の兄の怜治くんも、このお祝いの席にはやっぱり参加。


やけに賑やかだった。


おまけに。


突然の事なのに、朔弥の席まで用意されていて、既に家族ぐるみの関係となっている一同の興味は私と朔弥のみ。


実家を離れて以来、ひたすら恋愛がらみの話題は隠していた私。


突然連れてきた男性が、両親に向かって


『娘さんと結婚させてください』


なんて言い出したもんだから、天地がひっくり返るくらいの驚きがあってもいいはずなのに。


ところが。


何故か。


あまりの衝撃にどうしようもないのか、必要最低限の質問をした程度で、滲み出る嬉しさも隠そうとせずに受け入れていた。


朔弥も、何の違和感も感じさせずに料理を頬張っていた。


隣の私の戸惑いなんて意に介さず、まるで本当の婚約者のように。


「それにしても、手元にあるお見合い写真を返してまわるのが大変だわ」


食事の最中に母さんがぼやいた。


「近所やら親戚やら、詩織にいい話があるって写真と釣書を置いていく人が多かったから。

でも、朔弥さんがいるなら断る理由もできたし、良かったわ」


「そんなにお見合いの話、きてたの?」


恐る恐る聞いてみると、呆れたような顔をした母さんと、くすくす笑う父さん。


「このあたりは女は結婚しなきゃ幸せじゃないっていう意識が強いから。

どうしても独身の女の子の事が気になるみたいね」


まるで他人事のような母さん。


そういえば、母さんはもともとはこのあたりの出身じゃなかったな。


今でこそ慣れたとはいえ、きっと結婚当初は色々と悩みも多かったんだろう。


「詩織の結婚が決まるまで、お見合いの話は次々くるって覚悟してたから、ほっとした」


「……」


肩の荷が下りたような母さんの言葉は、私の口を閉ざしてしまうのには十分で、隣に座る朔弥との本当の関係を言えなくなった。


ひきつった顔を隠せてるかな。


無言になった私を変に思ってないかな。


膝に置いてる手を、無意識にぎゅっと握ってしまう。


そんな私に気付いたのか、隣から温かい手が伸びてきた。


握りしめた私の手を覆うのは、朔弥の手。


そっと顔を上げると、安心させるような朔弥の瞳があった。


口元に優しい笑いを含んだ表情は、穏やか。


ああ…・・・この顔が、本当に私のものだったなら。


本当に私だけのものだったならいいのに。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ