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もう、解っていた。自分が助からないことは。
叫び声を聴いた、あの時から。断末魔の叫びとも言える声と、地面に滴り落ちる血の音が頭から離れない。
隣の檻にいた男が何をされていたのか、それでわかった。あのときから、救いのない苦しみが自分を襲う。夢の中でさえも聴こえてくる、低く、ゆっくりと歩いて来る足音。
もう、ここに入れられて何日たつのか分からない。ほのかな灯りが、鉄扉の隙間から俺の顔を照らしている。こんな状態になっているのに、自分の頭に浮かぶのは家族のこと……そして、恋人のこと……。
少し、でいい。
少しでも、足音が近づくのが遅くなるように……と、俺は祈った。
図書館を出てストリートを走っていると、スウィーニー・カフェに見覚えのある顔が。……もう一人は誰かな?
「ペルペ警部。こんにちは」
「うん? ああ、君か。また現場をうろちょろしてないだろうね?」
「はい」
僕は笑みを浮かべて言った。
「初めまして。私は、サミュエル・エインスワースです。どうぞ、気軽にサムとお呼び下さい」
椅子から立ち上がり、さわやかな笑みをたたえ、サムさんは右手を差し出してきた。狸みたいにボンッと出ているお腹のペルペ警部と違って、サムさんは、一言で表すなら白馬に乗った王子様だ。短く切り揃えられたプラチナ・ブロンド、知性を思わせるダーク・グリーンの瞳。
「あ、はい。は、初めまして。僕はブラッドリー、ブラッドリー・スチュワートです」
なぜか僕はドギマギしながら帽子を取って、右手で握り返した。
「彼は警部補でね、今回の事件に来てもらったんだよ」
「そうなんですか。事件、早く解決するといいですね」
「はい。もし何かありましたら、ご協力お願いします」
「ええ。僕にできることがあれば」