8
*
食事を終え、湯気の立ち上る紅茶を一口飲んだ僕は、新聞を広げた。相変わらず一面をかざる例の事件だが、その対策のせいか心臓を抜きとった手口は記事に書かれていなかった。しかたなく新聞を折りたたんでテーブルの上におくと、待ってましたといわんばかりに、ソプラノが机に飛び上がりその上に寝転がった。
「そこがいいのか? ソプラノ」
「……ニャー」
少し間をおいて、振り向いたソプラノは鳴いた。
「そうか、じゃあ好きなだけ寝てろ。ベス、僕ちょっと出かけて来るから」
「どこに行くの?」
「図書館だよ」
僕は台所の方から聴こえてきたベスの問いに答えた。
「変な犯人がうろついてるんだから気をつけてね」
「もちろんだよ。ベス」
公共図書館に来てはみたが、相変わらず館内は、シン……と静まりかえっている。僕はゆっくりと本棚を見渡しながら、伝記や歴史などが並ぶ棚までやって来た。
やはり心臓、で有名といえば、マヤとかアステカの儀式あたりだろうと思うんだけど、それ以上は詳しくない。僕はとりあえず一冊の歴史本を取り出してみた。パラパラと斜め読みしてみると、心臓をピラミッドの段上で取り出している場面を描いた解りやすいイラストとともに、メソ・アメリカ文明とか血の代償とかいう単語がチラホラ見えた。僕はそれらを読みつつ、近くの机に座った。
――主にマヤ・アステカは、メソ・アメリカ文明と呼ばれる。彼らは常に、独自の終末思想である五番目の〝太陽の消滅〟の先送りや雨乞いのため、人間の心臓を神々に捧げるという儀式を行っていた。儀式を行うのは一般人のみだけではなく、王は性器を、妃は舌を傷つけ、その血を捧げた。彼らの宗教的な考えでは、神々が自らの血を使い、人間を創ったので、それらの代償となるようなもの――つまり、捧げ物は人の心臓や血でなければならない。
人身御供とは大変名誉なことであり、生贄となる人間は、神事の日まで大切に扱われる。そして儀式では、磨きあげられた黒曜石のナイフで胸を切り裂かれ、脈打つ心臓を神官によって掴み出された。
(……なるほど、これは痛々しい……ね。たとえ名誉だとしても自分なら嫌だなあ)
そう思いつつ、僕は本を閉じた。