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「ああ、うん。あれでしょ。張り紙の男性が遺体で見つかったって」
「そこじゃねえよ! みんなはこの街にジャック・ザ・リッパーが現れたんじゃないかって震え上がってんだよ!」
ハッサンこそ、そこなの?と、僕は思った。
「そうなんだ。でも僕が思うに、あの事件は、さイースト・エンドって場所だからこそできた犯罪なんじゃないかって思うんだよね」
「そんなの分からねえだろ!」
「まあ確かに、絶対とは言えないけど」
僕がそう言い終わらないうちに、ハッサンはまた話題の海へと戻って行った。僕は窓の外へ視線を流した。確かに、彼の言う通りわからない。
もしかしたら、ジャック・ザ・リッパーは密かにこの小さな街、フォールリバーを第二のイースト・エンドにできると思って訪れているかもしれない。しかし、この街は小さいながらも工業で成り立っていて、比較的、潤っている街だ。イースト・エンドのように貧しい人達が流れ着くような場末じゃない。
ジャック・ザ・リッパーがイースト・エンドを自分の遊ぶ箱庭にできたのは、その貧しい人達が集まる場末だったから。ひとえに、安心できたからだ。人が近づくのをためらう場所、尚かつ霧で姿が見えにくいとなったら、誰でも犯罪を行いたくなるだろうから。その人の歪みの度合いに応じて、為される犯罪は凶悪化していくだろう。
――夜の闇を覆うように霧漂うホワイト・チャペル。自分より学がない人達。そんな、日々の生活に終われる人達を食べ物や酒で釣ることは簡単だったろう。犯行が行われる曜日は金曜の夜から日曜のいずれか。ジャックは月曜から金曜は働くか勉強するかし、週末には自分の思い思いの感情に従ってメスを娼婦の肉体めがけて振るっていた。その感情が怒りなのか、憎しみや恨みなのかは、ジャックじゃないから解らないけど。
あれから五年……ジャックは医者になり、ウエスト・エンドの富裕層へ笑顔を向けていることだろう。まあ、これは僕の推測。振るっていたのが本当にメスかどうかも僕には分からないしね。もしかしたら、全然ちがう刃物かもしれないし。
「……?」
僕は少し強く目を閉じて、再び窓を見た。遠目にはうっすらと黒煙が立ち上っていた。
何のことはなかった。
仕事を終えて、ベスに頼まれていたジャガイモをいつもの八百屋へ買いに行ったら、マーサおばさんがまくし立てるように話してくれたからだ。あの、黒煙の正体を。




