3
プロローグ
何事もなかったようにリジーの一件は終わり、ここフォールリバーにも作られた日常が再び訪れてから一年あまり。彼女は父の遺産を受け継ぎ、僕はといえば……。
「あなた」
「……」
「あなた」
「……」
「あなた!」
「はっ、はいっ!」
「そんな悠長に新聞なんか読んでていいの? もう八時を過ぎてるのよ」
「あ、ああっ。い、いま出るよ。ベス」
……こんな具合だ。僕は、飲みかけの紅茶もそのままに、半ばトレードマークのようになっているハンチング帽を掴み、急いで外へ出た。
何事もない毎日、続く日常。例の彼女とは違う世界に住む僕にとって、これがすべて……。
のそのそと、ガレージにある自転車を出して僕は仕事場へと向かう。今日の予定は事務作業、そしていつもの、夕刊の配達だ。
そんなことを考えながら、僕はメイン・ストリートであるロベルソン・ストリートの壁へ何気なく視線をやった。そこには、〝ミッシング〟と目立つように太くレタリングされ、顔写真が入った張り紙。どうやら行方不明者のようだ。行方不明者なんて、この閑散とした町で珍しいことだと僕は思った。繊維工業や製材などで栄えてはいるものの、人口は少ないからだ。
こうして僕はまた、この街で起きるしごく当たり前な非日常へ迷い込むこととなった。