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魔法使いと太陽神  作者: 水栽培
一章 夕立
8/32

008 神と英雄

「これだから姿を見せとうなかったのだ」


「ははは、愛らしくて宜しいではないですか」


「それではいかんと言うておる!」


 ヤマツミと郷長が言葉を交わすなか、孝洋は平身低頭していた。

 外見に関するコンプレックスを刺激してしまったのだ。申し訳なくて頭を上げられない。


「そこの、山本と言ったな」


「はい」


「もう良い。面を上げよ」


 許されてヤマツミを見る。

 少々大きくどことなく気品を感じさせる以外は変わった所の無い、普通のうりぼうだ。

 強いて言えば、なんとなく表情が読み取れる気がするあたりは普通の猪とは違うだろうか。


「して、晴れ女に関する情報、見立て、解呪をするにあたっての問題点、であったな」


「ええ」


 ヤマツミが鼻先をついと上げ、目を細めて視線を遠くにやった。

 どうやら考え込む際の仕草らしい。


(妙に人間くさい)


 考える時に斜め上方を見る必要はあるのだろうか。

 人間にはよく見られる仕草ではあるが、孝洋はうりぼうの思案顔など見た事がなかった。


「晴れ女に関する情報か……おおよその所は草壁に聞いておるのだろう?」


「ええ、大体は聞いて居ます。ただ、呪いの仕組みについてはあまり」


 ああ、とヤマツミは納得したようだった。


「同種の私に聞くが早い、か。あれは、おそらくは神の力だな。

 何故か、晴れ女は内側から神の力を溢れさせておる。それも、分不相応な力を」


「神……」


「神の力を得て、恐らくは英雄化もしかかっておるから力の制御が効かぬのよ。

 内からの力と外からの力という点では普通の英雄と変わらぬが、内からの力が神力というのがいかんな。人の手には余る。

 童の頃から身に馴染んでいたならともかく、突然発現したというのも制御の難しさに拍車をかけておる。

 未だ神では無いから打ち負かして力を吸ってやる事もできず、対症療法としてこちらも神力で天候を捻じ曲げるぐらいしか」


「少し、少しお待ち下さい」


「何だ」


「神と英雄の詳細、扱える力などをご教授下さい。

 座学をさぼっておりまして、理解が充分ではないのです」


 神とは何か、英雄とは何か。

 孝洋には他の世界や魔法に関する知識はあっても、この世界の常識は無い。

 祈祷師を名乗るからには知っていて当然と、理解している事を前提に専門的な話をされてはたまらない。

 孝洋にもここまでの話のおおよその所を掴む事は出来たが、この調子ではより深い話には着いていけない。

 聞くは一時の恥である。


「ああ……。んー……草壁」


「はい」


「教えてやってくれ。噛み砕いて話すのは苦手だ」


「わかりました」


 解説役が引き継がれ、郷長の解説が始まった。


「慣習上、神や英雄の詳細に関しては祭祀に関わる者以外には伝えられませぬ。

 神秘性を損ね統治に支障をきたす恐れのある話ゆえ、他言無用に願います。

 これは、山本様を見込んで話すのです」


「わかりました。よろしくお願いします」


 郷長は、んん、と咳払いをした。


「では……神は人間の信仰心……願いの力を受けて、土地を治めております。

 領民の力を束ね、適切に運用・分配する。これが神。

 神は領民なぞ無くとも神懸った力を持ちますが、領民が増えれば扱える力の総量が増え、出来る事も増えるのです。

 力が増せば支配領域が拡大し、支配領域が拡大する事で領民は妖怪に怯えずに済む土地を得る事ができます。

 神は自然現象をある程度操作する事が出来、神によって得手不得手はあるものの中長期的な気候などを操る事が出来ます」


 領民や支配領域という言葉から領地経営を行う領主が連想される。

 信仰という税を取り分配するようなものかと孝洋は解釈した。

 自然現象の操作はダム建設などの公共事業といったところだろうか。


「次に、英雄。これはよくわかっておりません。

 人の中より勝手に現れ、神懸った力を振るう存在。

 神の愛し児、人が変じた小さな神、などと言われておりますな。

 何か並はずれて凄い事が出来る、あるいは成し遂げた人。

 そういう人が何らかの切っ掛けで人の成長限界を突き破り、化け物染みた力を得たものです。

 熊を素手で殴り殺すようなのがざらに居ます。

 一つの村にだいたい一人二人である事や、村の規模と英雄の強さに関連が見られる事から、神同様領地か領民を持つものと思われます。

 扱う力についてですが、英雄は神の力である神力を持ちません。

 英雄が外部から取り込む力は神力によく似ていますが、ヤマツミ様いわく恐らく未精製のものとの事。

 これを、神に通ずる力、神通力とか通力と呼んでおります。

 神と同じく精製された神力を内から溢れさせている英雄は、祈祷師の端くれである私も見た事が無い」


 ここに来て新情報。郷長は祈祷師だった。


「祈祷師は眉間に印があるのでは」


 郷長の眉間にそれらしきものは無い。


「ここらの者には特にそういう決まりはありませんな。

 以前お会いした旅の祈祷師がしておったので、旅の方は皆そうなのかと」


 いや年を取ると思い込みが強くなって、と郷長が笑う。

 しょっぱなから引っかけを仕掛けられていたのか、と孝洋は慄いた。


「神の役割は土地の管理・守護。英雄の役割は実働です。

 神の人里での窓口として働くのが祈祷師でして、神の力の行使を一部委任されております。

 基本的には祈祷師から上がってきた情報を元に神が大雑把に力を振るい、祈祷師が細かい調整をする形ですな。

 英雄の普段の仕事としては、邪魔な大岩を動かすなどといった早急且つ直接的な対処が必要な部分を担当したり、領地の外で妖怪を狩ったりといったところです。

 神力の無駄遣いを避ける為に、英雄で出来る事は基本的に英雄にやって貰っております。

 祈祷師や英雄で政治的な才覚のある者は村長をしておったりします」


 さて、晴れ女ですが、と郷長は続けた。


「神は皆領地領民を持っております。まずこれが晴れ女が神と異なる点。

 領民が死に絶えれば神の力は著しく落ち込み、支配領域も狭まります。

 晴れ女は土地にも人にも縛られず、行く先々で日照りの力……神の力である所の自然現象への干渉能力を使う。

 その範囲は広大で、ヤマツミ様の領域を超える程。

 晴れ女を抑え込めぬのは単に力負けです。

 普通の人間であったはずの者が唐突に神に成ろうとしている点、領地と領民の所在が不明な点、不完全であるにも関わらず土地神を凌駕する力を振るう点で、晴れ女は神として異質です。

 神の力の出所もわからず、本人の魂に由来するものか、あるいは人に憑りつく妖怪の類か、判然としません」


 神の力である日照りの力を使う。

 孝洋は、ヤマツミが自分に術をかけろと言った理由が納得出来た。

 神を抑え込むに足る力か否か、それを量っていたのだ。


「次に英雄としてですが、晴れ女は内から神力を漲らせながら、外からも通力を取り込んでいます。

 通力を取り込むのは英雄全般に広く見られる事ですが、英雄の内からは神力は湧いてきませぬ。

 湧いてこぬから外から取り込むのです。

 要の内からは神同様泉の如く神力が湧いてきている。英雄としても異質です。

 扱う技術も身に着けておらぬのに、内から外から力が流れ込むから制御なぞきかんのですな。

 そうすると当然溢れるわけでして、空いた穴から勢いよく噴出した力が日照りを呼んでおるのだと思います」


「穴、ですか」


「ええ、穴。おそらくは英雄としての能力という、力を流す水路が作られてしまっている。

 未熟な英雄が無自覚に能力を暴走させる事が時折あるのですよ」


 能力。

 それはこう、能力バトル的な漫画チックなアレなのだろうか、と孝洋は想像した。


「英雄はただ体の造りが強いばかりではなく、皆なにかしら一芸に秀でておるのですよ。

 例えば長飛びの長次郎というものがおりまして、助走も付けずに屋根の上まで飛び上がり、幅跳びをやらせれば草壁郷の東の川幅程の距離を一飛びで超えまする。

 それでいて、蹴りがどれほど強烈かと思えば、他の英雄より少々強い程度。

 皆、単純な筋力以外に何かがあると見ております。

 それを指して、特殊能力あるいは能力と呼んでおります」


「例えば指から火を出したりとかは」


「神のように自然を操る英雄は、居るかもしれませんが聞いた事は無いですな」


「忍者は?」


「あれはそういう種族で、人ではありませぬゆえ。

 それに現実に自然を操っておるのではなく、幻術……まやかしをかけておるだけとも言われております。

 神程の力を持つならば英雄程度から逃げ隠れする必要も無いはずですから」


 どうやら不思議能力を持っているわけでは無さそうだった。

 川幅二百メートルはありそうな東の川を飛び越えられるのは、不思議能力といえばそうかもしれないが。

 対処が難しい力を持った連中が居ないと聞いて安心する反面、童心を持ち続けている男として少し残念に思う心も孝洋にはあった。

 とりあえず忍者は居る。それも人間じゃないタイプが。その情報が孝洋を慰めた。


「そうすると、要嬢の能力は日照りですか」


「まだ推測ですが、そうなりますな。

 力のケタがそこらの英雄とは違いますので、能力も神と同等のものになったのでしょう」


 力の元は内から湧き出る神の力と外から吹き込む英雄の力。

 そして、力が発現する原因は英雄としての特性。


「英雄としての性質を失えば、日照りの力も失う?」


「そうなりますが、やろうと思って出来るものではありませんでしたからそういう方法は考えておりませんでした。

 それ以外となりますと、英雄としての力の扱いに習熟して日照りを起こさぬようにするとか、神になったところをヤマツミ様が打ち伏せて神の力を奪うとか、そういうものになります。

 どちらも私やヤマツミ様は時を待つ以上に出来る事がありませぬもので、困っておりました」


「力を奪う」


「手順を踏んで誓紙を交わし神同士の戦をすれば、勝った方の神に力が移ります。

 力を根こそぎ奪う契約で戦をした場合、負けた方は英雄と同程度まで力が落ちる形になります

 その場合、その神固有の能力も勝者に移ります。

 こうした神の戦で能力を奪う事を、習合したとかされたとか言うて呼び習わしております」


 日本における習合とは宗教的な用語で複数の神や仏が同一視され統合される事を言う。

 この神様はだれそれという神様と実は同一神仏で、仏様としての顔もあってなんちゃら如来という、といった具合に、よく似た性質やエピソードを持った神が同じものとして扱われる例は数多い。

 モデルとなった神が同じだという場合も有り、同じような力を持っているから信者の中でごちゃ混ぜになってしまった場合も有り、同じ場所に祀られているから同じという事でいいだろうとされてしまう場合もあり。

 土着神と外来神との意図しない混同によって発生したり、新宗教を根付かせる為の手段として意図的に発生させたりと、経緯が一定ではない。

 ともあれ、この土地では日本とは違う意味でこの用語が用いられている。

 神と神が実際に戦をし、負けた側が力を取り込まれる事を習合されたと言うらしい。


「神に成った要嬢にそれをすれば」


「日照りを呼ぶ力がヤマツミ様に移り、要の力も英雄程度になって万々歳というわけです。

 しかし、一向に神に成る気配が無い。

 ヤマツミ様の力が尽きるが早いだろう、と諦めておったところに山本様が来られた、というわけです」


「なるほど……英雄もしくは神になれば助かるかもしれないというのは、要嬢には」


「伝えておりませんな。

 あの子は頭の良い子ですから自分で英雄という答えに行き着いたようでして、伝えるまでもなくなにやら一人で訓練をしておったようです。

 が……おそらく成果が出る前にヤマツミ様の力が尽きまする。

 間に合う見込みも無いのにいたずらに期待を持たせるべきではないと思うて、伝えませなんだ」



 ふむ、と孝洋は一言唸り、得た情報の整理を始めた。


 要は神の力と英雄の力の両方を持っていて、英雄としての特性がその力を日照りに使っていた。

 要に結界魔法をかける事で、力の行き来と日照りの能力の発現を止める事が出来る。

 まず、日照りを起こさないという目的は孝洋だけの力で達成する事が出来る。

 孝洋が結界を維持する限り要は力を振るえない。

 結界が正常に働く限りは、ヤマツミの力を消費する事も無い。


 残った問題。

 結界が壊れても日照りを起こす能力が発揮されないようにする必要がある。

 結界の設計上の強度を超える力が加わる事が決して無いとは言い切れない。

 結界の強度を過剰に高めては結界崩壊時に出る被害も大きくなってしまう為、強度に余裕を持たせるにしても安全上の限界がある。

 つまりは、結界で抑え込み続けるという対処法を取るには孝洋が要の傍に留まり結界のメンテナンスを続ける必要がある。

 孝洋が居なくなったら元通り、では次の世界に移動するわけにはいかない。


 孝洋が結界を維持している内に要が力の制御に成功すれば、結界解除による問題は発生しなくなる。

 あるいは、神になればヤマツミにわざと負けて力を奪ってもらう事が出来る。

 孝洋の結界によってネックであったヤマツミの力の限界、タイムリミットが無くなったのだ。

 あとは時を待つだけでこの問題は解決する。

 結界を維持し続ける必要が無くなれば孝洋がこの世界を離れる上での問題も無くなる。


「……ん、これはもう解決しているのでは?」


「そうだな」


「そうなりますな」


「あとは結界張って待つだけですか」


「うむ」


「私どもの方は要が神になってから一仕事して、それで仕舞いですな」


「……他に何か……ああ、忘れるところだった」


 危うく目的の一つを忘れてそのまま帰る所だったと孝洋は安堵の息を吐いた。


「晴れ女の再発生防止です。

 要嬢の問題はこれで十中八九解決するでしょうが、次の代やそのまた次の代の晴れ女が現れた時に、例えば私が死亡していたりすると」


 また人身御供の風習が復活する事になるのではないか、と孝洋は危惧していた。

 それを聞いてヤマツミは、ああ、と、何だそんな事かと言わんばかりの気軽さで答えた。


「それについては心配は必要ないと思うぞ」


「それはどのような理由で?」


「晴れ女は一代に一人。力の特性もほぼ同様」


 ヤマツミの言葉を郷長が引き継いだ。


「おそらくは、晴れ女の神力の源は一つ。

 要から神力の源泉が離れぬ限りは次の晴れ女は生まれはせぬでしょうし、晴れ女の神力を削いで吸収してやれば次代以降も弱ったままでしょう」


「では、要嬢の神としての覚醒で問題を解決すれば」


「それが晴れ女の問題全体の解決に繋がる、と考えて良いと思います。まだ推測に過ぎませんが」


 推測だなどと予防線を張る必要は無い、と言ってヤマツミが話を引き継ぐ。


「あれはな、転生だか憑依だかはわからぬが、死を契機に次代に継承されるモノだ。

 感覚であるから証拠は示せぬが、産土神として太鼓判を押そう。

 要の神力を減ずれば、大元の神力も減ずる。それで解決だ」


 ヤマツミは自身の神としての肩書まで持ち出して断言した。余程自信があるらしい。

 神力の専門家にそう言われては孝洋も納得せざるを得ない。


 晴れ女に関する問題は解決した。

 完。










 ヤマツミと郷長に別れを告げて神域を後にし、孝洋は伸びをした。

 郷長はヤマツミと話す事があるからと、孝洋に先に帰る事を勧めて居残った。


 一つ、あくびをする。

 礼を失してはならないと気を張って丁寧な言葉使いをしていた為か、集中力が切れると途端に眠くなってきた。

 日が高くなり、そろそろ昼に近い。

 太陽をみるとまた一つあくびが出た。気分が弛緩しきっている。


 要が神に成るまで結界を維持する為にこの世界に少し長居をする事になりそうだが、それも良いかと孝洋は思った。

 帰って、要と話をしよう。

 解決したと言ったら喜ぶだろうか。


 肩透かしを食らって脱力していた孝洋であったが、これから朗報を持ち帰るのだと思うと徐々に気分が上向いてきた。

 朗報を届ければ、人は喜ぶ。これほど嬉しい役目は無い。


 足取り軽く、孝洋は宍鳴山を後にした。

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