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魔法使いと太陽神  作者: 水栽培
一章 夕立
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006 情報交換

 山本様もお疲れでしょうから、と、細かい話は土地神との面会を終えてからとの郷長の前置きの後、夕食が始まった。

 孝洋は要が日本を知っているらしい事が気になって仕方が無かったが、一緒に次郎宅を経由して郷長の家に向かう道すがら、口止めされている。

 込み入った話になるから食後に二人で話そうと言われた事がいつまでも頭の中を占有し、上の空で居る内に食事は終了した。

 要を頼むとしつこく繰り返す次郎に、任せろと力強く答えた事ぐらいしか覚えていない。


(少し、不誠実な対応をしてしまった)


 食事を終えて気分が切り替わったか、孝洋の頭は普段通りの働きを取り戻していた。

 あれほど気になって仕方がなかった故郷の手がかりも、目前に迫っている要の危機の前には些末事に思える。

 そうなると、要の行く末を案じて死にもの狂いになっている次郎に対するには、自分の態度はあまりに酷かったのではないかという気になってくる。


 要を助ける。その言葉には一片の偽りも無い。

 請け負ったからには、全霊をかけて助けて見せる。

 しかしそれはそれとして、次郎の言葉を上の空で聞いて居たのは事実。

 要を頼むの一語に反応して反射的に任せろと答えてしまったのも事実。

 ちょっとした自己嫌悪である。


「山本さん、すまない、待たせた。

 兄さんが途中までついてくると言って……何か落ち込んでいるようだが、どうした」


 要が息を切らせて駆け寄ってくる。孝洋はなんでもないと答え、続きを促した。


「次郎兄さんが着いてきた。そこで」


 と要が指差した方を見ると、少し離れた樹の影に人が立っている。


「待っているそうだ。夜は危ないからと言って聞かない。

 話の邪魔にならない、声の聞こえない位置に居るからと言うんだが……構わないだろうか」


 要は申し訳なさそうにそう言った。


「ん、そうだな」


 孝洋は少し考えた後、


「じゃあ手短に、最低限の情報交換だけで済ませよう。

 あまり待たせるのも悪いし、春先とはいえまだ夜は冷える。要さんの体にも良くないだろう」


 と、答えた。食事前の食いつきようが嘘のように、孝洋からは焦りが抜けている。

 要は少々面食らった様子だったが、やや間があって、何事かを納得したようだった。


「そうだな、急ぐ話でもなし。

 山本さんが私を救ってくれるのなら、いくらでも話をする機会はある。

 すまないが、今は私の事を優先として欲しい」


 要は笑い、


「では単刀直入に。私は、平成生まれの日本人の記憶を持っている」


 と、簡潔で直截的な語り口で話を始めた。




─────




 要の話を簡単にまとめると、


 ○要は平成生まれの日本人としての記憶を持っている

   ・記憶の本来の持ち主と要との関係はわからない

   ・記憶を持って生まれたわけでは無く、幼少期に日本人としての人生を夢の中で追体験した

   ・夢の内容を信じるなら、記憶の本来の持ち主は死亡している

 ○晴れ女の共通項は、十代女性である事、理性的である事、そこそこの人望がある事

   ・先代という例外を除いて、所属する村に新しい技術や知識をもたらす点でも共通している

   ・稲作の技術力の高さ、味噌や醤油の普及などといった不自然な点は、元をたどれば晴れ女に行き着く事が多い

   ・不自然な知識の出所を考えるに、歴代の晴れ女は自分と同じく別人としての記憶を持っていたのではないか

   ・晴れ女だと疑われてしまうからと次郎に止められて、日本人としての知識の活用は自粛していた

   ・強く疑われない範囲で次郎名義で道具の改良案を出したりはした

   ・確認されている中での初代の晴れ女はおよそ六十年前に現れた

   ・要は五代目の晴れ女という事になる

   ・晴れ女になる年齢はばらつきがあり、現在確認されているのは十二~十八才の範囲

   ・晴れ女になると目が赤くなるから一目でわかる


 といった内容になる。


「ああ、要さんだけ目が赤いなと思ったらそういう事だったのか」


 合いの手を入れる程度で聞き役に徹していた孝洋は、話がひと段落したと判断して感想を述べた。

 日本人としての話で盛り上がりたいのはやまやまだが、今は晴れ女についての話を掘り下げるべきだとの考えのもと選んだ話題である。

 初対面の際には夕日のせいで赤みがかって見えるだけだと考えていたが、郷長との食事の席で要の目が赤目である事に気付いた。

 血のような色ではなく、写真で見られるようなレッドアイでもなく、朱色がかった夕空のような、温かさを感じさせる色。

 要の容姿に、人柄に、よく似合っているように思われた。


「目立つだろう?

 いつもは草壁の外の人間には見られないように気を付けているんだが、君があまりに寂しそうで、つい、な。

 髪で目元を隠す事も忘れて、話しかけてしまった」


 うかつだった、と苦い笑いを見せる要に、自分はそんなにわかりやすい表情をしていたのかと孝洋の顔が熱くなる。


「いや、格好悪い所をお見せしました」


「格好悪くは無いよ。

 この広い世界に、日本人は自分一人なのかもしれない、と思うとね。

 ……そりゃ寂しくもなるだろう」


 今の自分と日本の記憶の持ち主を混同していた時期は自分もそうだった、と要は懐かしそうに言った。


「混同していた時期は、という事は、今は違うのか?」

「違う。

 記憶の持ち主……暫定的に、前世の自分としようか。

 前世と今の私は別の人間。私はここの人間だ」


 要はそこで言葉を区切り、申し訳なさそうに顔を伏せた。


「私は自分をあの世界の日本人だとは思っていない。

 そういう意味で、私は君の寂しさを本当にはわかってやれない。

 ……ぬか喜びさせてしまったなら、済まなかった」


 優しい子だ、と孝洋は思った。

 自分の境遇を考えればそれどころではないだろうに、人の苦しみ悲しみを、理解しようと言う優しさがある。

 あなたの気持ちがわかる、などと安易に言わず、さりとて理解を諦めるでもなく。

 そこには人の心に寄り添おうとする優しい心根があるように孝洋には感じられた。


「要さんが謝るような事は何も無い。

 ……理解しようという思い遣り、優しさがあるなら、境遇の違いなんか関係ない。

 おかげで寂しさなんか何処かへ行ってしまった。要さんと出会えて良かったと思っている」


 孝洋は素直に感謝の気持ちを表明すると、恥ずかしさに身悶えた。

 一期一会の旅を十年にわたって続けた経験から、感謝の気持ちはそれを感じたその時に素直に表すべきだと孝洋は考えている。

 思うだけにとどまらず今までにもそれを実践してきたが、何度やっても慣れるという事がない。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 弱音を吐く事の許されない大の大人の男にとっては、寂しいと思う気持ちを肯定してくれる人物はとても得難いものだ。


 恐々と要の反応を窺うと、要が顔を赤くしている。


「は、恥ずかしいからそういう変な事を言うのはやめてくれ。

 私は何もしてやれていない。これから君に面倒をかけるだけの、ただの傍迷惑な女だ」


 どうも、褒められるのに弱いらしい。

 世間慣れした大人の女性からは期待できない反応だ。

 大人びた物言いをする少女だが、こういう年相応の所もあるんだな、と孝洋は微笑ましい気分になった。


「面倒でも迷惑でもない。俺が自分の意思で決めた事だ。気にしないでくれ」


 自分以上に恥ずかしがる要を見ていくらか余裕を取り戻した孝洋は、そう言って笑った。


「あー、うん、私の側の話としてはだいたいこんな所だ。

 君の話も、差し障りの無い範囲で聞かせてもらえると、嬉しい」


 要は取り乱したのが恥ずかしかったのか、気まずそうに目を逸らしながら話題を変えた。

 孝洋はどこから話したものかと少し考え込むそぶりを見せ、


「今日の所はざっとした話でいいか。話すと長くなる」


 と言って要の了承を得てから語りだした。




「まず、俺も平成生まれの日本人で、交通事故で他界した。

 高速の対面通行での衝突で、まあ多分死んだはずだ。

 家族を早くに亡くして気楽な独り身だったから日本に何か残してきたわけでもないが、出来れば住み慣れた向こうに帰りたいと思っている」


「転生?」


「いや……死んだはずなのに無傷で、服装もそのままによくわからない建物の中に居た。

 そこでの事は話すと長くなるが……まあ、そこで十年程かけて魔法を覚えて、魔法を使って別の世界への移動を始めた。日本を目指して」


「十年……失礼ながら、年齢をお聞きしても?」


「多分四十才ぐらい。ちょっと正確にはわからない」


「四十……十代後半にしか見えなかったが、それは魔法によるものか」


「うーん……魔法というか、この体の仕様というか……これもちょっと長くなるから」


 隠すような事でも無いんだけど説明が面倒で、と孝洋は申し訳なさそうに謝った。


「いや、またの機会という事で構わない。遮ってすまない、続きを」


「続き……説明が難しい部分を省いてしまうと続きという程の話も無いな。

 それから十年ぐらいあちこちの世界を転々として、今日この世界に着いた所だ。

 そこで、次郎さんに捕まった」


「ああ、兄さんに。

 しかし、今日着いたばかりという事はこの世界での常識を何も知らないのでは」


 孝洋は恥ずかしそうに笑った。


「いや、ははは。早速無知を露呈して、郷長に不審がられてしまった。

 魔法が使えるのは信じて貰えたみたいだが、旅の祈祷師って肩書は多分嘘だと見抜かれているだろうな」


「あー……。

 それでは苦労するだろうから、こっちの常識を後で紙にまとめておくよ。

 夜は灯りが使えないから明日以降になるけれど」


「そうしてもらえると助かる。

 いつもいつも手探りでコミュニケーション取るのがもう本当に大変で。

 どこに行っても不審者からスタートだからな」


 孝洋が礼を言い、そこでしばし双方の言葉が途切れた。

 もうすっかり夜だ。町の明かりが無い事もあって、星がよく見える。

 満天の星空。日本に居た頃は滅多に見られなかった、ここ何年かですっかり見慣れてしまった、暗くて明るい夜空。

 孝洋がそろそろ話を終えようと、他に何か語るべき話があるか思案していると、話は終わりらしいと判断した要が話題を振った。


「明日、ヤマツミ様に会いに行くと聞いた」


「ああ……一応挨拶と、あとちょっと情報収集を」


「念のため言っておくが、ヤマツミ様は元凶ではないぞ。

 ヤマツミ様の勢力圏内で晴れ女が出たのは今回が初めてだ」


「ああ、それはわかっている。ただ、どうも……ちょっと失礼」


 そういうと、孝洋は要の額に触れた。


「ひゃ」


「力の出所がなあ……要さんの内側だけじゃなくて、外からも力が加わっているような……」


「……触るなら、そうと前もって言ってくれないか」


「あ、ごめん」


 孝洋からすれば十三、四の子供に見えるが、前世を含めるなら内面はもう大人の女性という事になる。

 ちょっとデリカシーに欠けていたな、と孝洋は反省した。


「力の出所……そうか、魔法が使えるならそういうのもわかるか……。

 どうにかなりそうか?」


「日照りを呼ぶ力を抑えるだけの応急処置なら今すぐでも。

 きっちり対処するならもう少し時間が欲しい。

 出来れば、次の代やそれ以降が晴れ女にならないようにしておきたい。

 応急処置ではその点が解決できない」


「今すぐ?」


 要は少し驚いた表情を見せ、


「随分簡単そうに言うが、五つの村を一月にわたって干上がらせるような強力な呪いだぞ」


 と、暗に認識が甘いのではないかと指摘した。


「強力、と言ってもな……。

 経験上、この手のは力の出端を押さえてやれば結構なんとかなる。

 燃え上がった火を消すのは難しくても、火種とオイルが触れ合わないように細工するのはそう難しくない。

 要さんが意図的に破ろうとさえしなければ要さんの内側からの力の方は充分抑えられるはずだ」


「なるほど……似たような経験が?」


「何度か。

 ただ、これだと結界の内側の人間は魔法とか使えなくなるし、負荷が増えて結界が崩壊するような事があれば俺以外対処できないからな。

 これだけで解決とは言えない」


 要は少し長く、何事かを思案している。

 もう遅いからそろそろ帰ろうかと孝洋が言いかけた頃になって、ようやく口を開いた。


「どうも私は助かったらしい。もうしばらく手間を取らせると思いますが、宜しくお願いします」


 と、深々とお辞儀をし、


「これが終わったら、出来る範囲で礼をしたい。

 魔法について教えて貰えれば、前世の知識を活かした道具を一つ二つ設計できると思う」


 と続けた。

 礼の必要は無い、と孝洋は返事をしようとしたが、要の晴れやかな笑顔の前に言葉を飲み込んだ。

 礼を受け取った方がきっと喜ばれる。要はおそらく、そういう人間だ。


「さて、兄さんも随分待たせてしまったし、そろそろ帰ろうと思う。構わないだろうか」


「ああ。

 解決までどれぐらい掛かるかははっきりわからないが、最悪でも、二三日中には要さんが原因で日照りが起きないようにする事は出来るはずだ。

 先の心配はせず、今日はゆっくり休んでくれ」


 外部からの力の正体もわからず、内部からの力を制御する方法もわからない。

 土地神に会う事である程度目星を付ける事が出来るはずだが、現時点ではこれ以上の約束は出来ない。

 毎度毎度ちゃんと責任を取っているとはいえ、助ける方法もわからない内から助けるなどと断言してしまう自分は実に無責任だな、と孝洋は内心でため息をついた。

 この悪癖は治さなければ、いつかきっと周りも巻き込んで酷い目にあう。


(しかし、助けてくれと言われたら、な)


 治したい悪癖でもあり、無くしたくない良心でもあり。

 いつか後悔するだろうとの予感はあっても、当面は治らないだろうと孝洋は半ば諦めていた。


「要さん、では呼びづらいだろう」


 ふと、要の声が聞こえて孝洋の意識が現実に引き戻された。


「要、と呼んでくれ。

 そう呼ぶように頼んだと周囲には私から言っておくから、悪感情を持たれる事は無いはずだ」


 孝洋があっけに取られて返事を出来ぬ内に、要は「それじゃあ、また明日」と言って次郎のもとへ駆けて行った。




「要と……呼んでくれ、か」


 声に出して、自分が女性にファーストネームで呼ぶことを許されたのだと実感した。

 大した意味はないのかもしれない。ただ、親しくなれたのは確かだ。


 なんとなく、楽しい気分になってきた。明日が良い一日になりそうな、そんな気分だ。


 孝洋の肉体年齢は十八才。心も実年齢に比して幼く、せいぜい二十代前半程度。

 女性に良い評価を貰えた程度でも、浮かれてしまうのは無理からぬ事と言える。


 孝洋は、若かった。

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