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魔法使いと太陽神  作者: 水栽培
一章 夕立
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004 人身御供

「さて、呪いをかけられたと聞いておりますが」


 郷長は吸熱魔法を見てからは孝洋の素性を追求する事をやめ、差しさわりの無い話題……孝洋が聞き役に徹する事の出来る話題を選んでいるようであった。

 祈祷師であると信じたかどうかはともかく、何かしらの力を扱えるという点は理解した様子である。


 孝洋は郷長の態度から最低限必要なレベルの信頼関係を築く事に成功したと判断し、本題であった呪いについて詳しい話を聞く事にした。


「呪いをかけられた、というと少し語弊がありますな」


「というと」


「要を狙い撃ちにしたものではありませぬ。たまたま選ばれてしまったのが要であった、と」


 個人を対象にした呪いではなく、もっと規模の大きな、地域そのものにかけられたような呪い。

 このあたりには、十数年に一度程度の頻度で旱魃を呼ぶ晴れ女が現れるのだ、と、郷長は語った。

 普通の人間として生まれ普通の人間として育ち、そしてある日突然晴れ女に選ばれる。

 草壁郷を含む一定の範囲内で、一つの時代に一人だけ現れる。

 その現れ方にはある程度の規則性があるようで、一定以上の人口と出生率を備えた村に現れるというのが定説になっている、と郷長は続けた。


「産まれたその時からそれが晴れ女であるとわかっていれば、間引く事も出来たでしょう。

 しかし晴れ女に変わるまでは普通の人間で、見分けがつきません。

 しかも晴れ女になるのは決まって優しく器量の良い若者だ。

 優しく美しく育った可愛い盛りの自慢の我が子を、旱魃を避けるために神の下にお返しすると聞いて首を縦に振れる親などそうはおりません。

 晴れ女が出る度、次郎のように騒ぎ立てる者が出てきまする」


「神の下に返す、とは」


「土地神様に身を捧げ、輪廻の輪に戻るのでございます」


(人身御供、か)


 深入り確定だ、と孝洋は思った。

 命に関わるとなれば、孝洋は見捨てて行く事が出来ない。

 しかもそれが、一過性のものではない。

 たとえ要嬢が助かったとしても、遅くとも二十年後には同様に犠牲者が出る。

 若い身空で死を受け入れねばならない幼子と、自慢の我が子を見殺しにせねばならない両親、そしてそれを促さねばならない村人。

 誰もかれもが不幸になる。

 孝洋の性格上、要嬢を助けてはいさようならと次の世界へ移動する事など出来そうも無かった。


 土地の信仰が関わっている以上、容易には解決できまい。

 悪い化け物を退治してそれでお終いというわけにはいかないだろう。

 神の下に返せば旱魃を免れるという。

 となれば、旱魃を回避できたと確信するまでは、呪いが解けたと信じてはもらえまい。

 生贄を求める怪物を退治して、しかるのちに生贄を捧げなければ旱魃が起こるという迷信を除く必要がある。

 長居をすることになるのは決まったようなものだった。


「土地神様には旱魃を鎮めるお力が?」


「そうですな、二ヶ月程度であれば抑えておけるとのことです。

 通常はその間に親族を説得する事になります。

 要が晴れ女に変じたのは一月程前ですから猶予はありますが、土地神様の力が弱りますと万事に差しさわりがあるので対処は早い方が……」


「ん、いえ、そうではなく」


「は?」


「晴れ女を捧げる事で鎮めて下さるのでは?」


「はあ、まあ晴れ女が居なくなれば旱魃は鎮まりますが」


 生贄とは少し違うらしい、と孝洋は考えを修正した。


 恐ろしい怪物が、生贄を差し出さねば日照りをおこしてやるぞ、と村人を脅しているという状況を想定していたがそうではない。

 産まれたその時からわかっていれば間引く事が出来た、という部分を聞き流してしまっていた。

 生贄として捧げなければならないものを間引く事が許されるはずもない。

 晴れ女というのは、生贄の事をそう呼び慣わしているといったものではなく、それ自身が日照りを呼び込む力をもった存在らしい。


 土地神は晴れ女の力を二ヶ月とはいえ抑えてくれる有難い存在で、村人の味方。

 晴れ女は居るだけで旱魃を呼ぶ疫病神で、土地神がそれを適切に処理してくれるおかげで旱魃の脅威を排除する事ができる。

 どうも、そういう認識であるらしい。


「晴れ女がどこかへ行けば旱魃は鎮まると」


「ええ。

 三代前に親が晴れ女を村の外に逃がした事があったそうで、その村での旱魃は解消されたそうです。

 しかし行く先行く先で土地を干上がらせ……或る日を境に消息を絶ちました。

 程なく日照りが収まりましたから、おそらくは世を儚んで……」


 旱魃の原因は神や化け物ではなく、晴れ女そのもの。

 土地を移れば移った先を干上がらせるという話が本当であるなら、移動した先の土地を狙って干上がらせる力が土地神に無いなら、そういう事になる。


 この地の信仰においては、土地神は産土神を兼ねる。

 土地の人々の魂は土地の自然から、ひいては土地神から生じたと考えている。

 土地神は生贄を要求する悪神ではなく、晴れ女になってしまったあわれな魂を還す母体。

 土地神の下へ還ったのなら、いずれまたこの土地で産まれなおす事もあるだろう。

 郷長はこの土地の宗教観をそのように説明した。


 土地神が受け入れてくれる事を救いと捉えている。

 よそで野垂れ死ぬより、村人の手で殺されるより、母である土地神の中に還る方が幸せである、と。


「晴れ女の力というものは、確かなものなのですか」


「二代前、先々代の晴れ女はここから然程離れていない村の村長の娘でしてな、年を取ってから生まれた娘で大層可愛がっていたそうです」


「ほう」


「村長は、娘可愛さに娘は死んだと嘘をつき、晴れ女が出たという事を公表せず……旱魃によりこのあたり一帯を飢饉がおそいました。

 それまでは晴れ女の居る村の近辺だけが被害を受けるものだったそうですが、一つ所に長く留まった為か、広範囲にわたって気候がおかしくなりましてな。

 一帯で備蓄食料を融通し合い、備蓄をほぼ全て使い切ってどうにか乗り切りましたが、少数ながら死人も出ております。

 草壁郷も被害を受けました。私の所の長男もその時に病を受けて亡くなっとります」


「……ご愁傷様です」


「いえ、昔の事です。

 ……まあ私が直接経験したのはそれだけですが、確かなものだと思っております。

 この辺り一帯、腹立たしい程の晴天が異常な程長く続いておりましたから」


「土地神様の治める範囲というのは、どのくらいのものなんでしょう」


「土地神様ですか? そりゃ神様によってまちまちですが……。

 ええと、草壁郷が祀っておりますヤマツミ様は宍鳴山と草壁郷周辺だけですな。

 来る途中に塚がありましたでしょう。あれが境界になります。

 先々代の晴れ女を出した村はミズチ様を祀っております。

 ヤマツミ様だのミズチ様だのというのは便宜上の呼び名ですな。

 本来の神名は軽々しく口には出来ませんので」


 治める神が違う土地でも、同様の現象が起きている。

 晴れ女そのものに問題がある可能性は充分にあるようだと、孝洋は考えた。


「ヤマツミ様というのは、どういうお方で」


「宍鳴山におられます猪の姿をした神様でして、慈悲深いお方です。

 要の事にも心を痛めておいでで、力が足りぬと嘆いておられました」


「私が会う事はできますか」


 話振りからすると、問題なくコミュニケーションをとれそうだ。

 郷長に仲介してもらえればまともに会話ができそうに思える。

 解呪に必要な情報を引き出すついでに適当に当たり障りのない話をして、裏で糸を引く悪神か善良な神かを見極めたい。

 孝洋は馬鹿ではないが、頭の良い方でもない。

 郷長の話からあれこれと推測するにも限界があった。

 それよりは、実際に会って人柄を見た方がいくらか正しい判断が出来そうだ、と考えた。


「ええ、山本様であれば問題ないかと。

 ただ、もう時間も遅いですから山に登るのは明日の方が良いでしょうな。

 今から出ては日が落ちる前に戻ってこれませぬ」


「では、要嬢には」


「要は今の時間ですと……うむ、ちょっとどこにおるやらわかりませんな。

 次郎の家で暮らしておるんですが、まあちょこちょことよく出歩く子でして。

 集落の内にはおるはずですが……まあ夕食が出来る頃には次郎の家に帰るでしょうから、その時にここへ呼びましょう。次郎と要も交えて食事としましょう」


「夕食まで頂くわけには」


「御遠慮なさいますな。客人をもてなすのは長の務めでありますゆえ。

 山本様のようなまれびとを飯も食わせずに返したとあれば、村の恥になりまする」




 郷長の強い勧めに断り切れず、孝洋は食事と寝床を世話してもらう事になった。

 夕食の時間になったら次郎と要嬢を交えて四人で食事をして、日没後郷長の家で就寝。

 翌朝日の出と共に宍鳴山に出かける、という予定になっている。


 しかし時間は未だ午後四時半頃といった所。

 夕食は日没後に火を囲んでと言う形であるらしいから、まだ一時間以上は後になる。

 郷長は家でくつろいでいれば良いと言ったが、何もしないで過ごすには一時間は長い。

 かといって、何かをするには短すぎる。

 孝洋は時間を持て余していた。


「郷長、このあたりを見て周っても構いませんか」


 仕事を再開すべく場を離れようとした郷長を引き留め、孝洋は問いかけた。


「はあ、構いませんが。塚より外は妖怪が出ますのでお気を付け下さい。

 日が落ちるまでにお帰りになられますようお願いします」


 塚。土地神の影響範囲の話の時にも出てきたが、孝洋にはそのようなものを見た記憶が無い。


「塚……塚をどうも見落としてしまったようなのですが、どのような形でどのあたりにあったのでしょうか」


「見落とす……見落としますか。

 堀の西口から出て道なりに行きますと、ちょうど田畑が終わる所、道の左右にあったはずですが……。

 こう、礎石の上に身の丈ほどの卵型の石がありましたでしょう?

 その少し内側に郷全体を囲うように柵を巡らしてあって、二つの塚の間に通用門がありますから、そこを通っておられるはずなんですが」


 郷長は訝し気な目を孝洋に向けている。

 郷長の話が本当であるならば、そのようなものを見落とすはずがない。

 またも、やらかした。


「ええっと、その……」


 孝洋が言葉に窮していると、郷長はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。


「いやいや、次郎から聞いておりますとも、道に迷っておられたと。

 方角も分からなくなってきっと焦っておられたのでしょう。

 さて、すみませんが私は仕事の続きがありますので……」


「あ、はい、お引止めしましてすみません」


「いえいえ。では」


 また夜に、と会釈をして郷長は去って行った。

 嫌な汗をかいた、と孝洋はため息を一つつき、ひとまずその場を離れる事にした。




──────




 郷長の家を離れてはみたものの、行く当てが無い。

 日暮前といえば皆一日の仕舞いをすべく忙しく走り回っている頃合いであろうし、誰かに案内してもらうと言うのも躊躇われた。

 人の居る場所でフラフラしていては邪魔になる。

 自然、孝洋は人気のない場所を目指す事になった。


 草壁郷は平地に近いなだらかな斜面、二つの川の間に作られた集落である。

 集落の東を流れる川を起点に拡大していったらしく、その川より水をひいた堀が集落の内部に三重の円弧を描いている。

 北東の端には山があり、山に少し入り込んだ辺りで田畑や建造物は絶えている。


 堀の引き方には偏りが有り、東から南東方面は集落の東を流れる川を堀代わりに利用し、人工の堀は無し。

 北側は東の川から引いた堀が二本、南は三本。

 西は北から南に繋がる二本の堀と、集落の西を流れる川を合わせて三本。

 南の三つの堀の内、大外の一本は西の川と東の川を繋いでいる。

 内側の二つの堀は防衛用というよりは用水としての利便性が優先されているようで、土塁や竹矢来などは見られない。


 農地は主に西及び南西方面に広がり、主要な施設は東の川の近くに集中している。

 最初期から計画的に作られた都市ではない。継ぎ足し継ぎ足し範囲を拡大していったのだろう。

 行き先を決める為に許可を得て物見櫓から草壁郷を見渡した孝洋は、そのような印象を抱いた。


 孝洋は施設の配置や堀の経路を大雑把に頭に入れて、来る途中で見た蓮華畑を目指して歩いていた。

 堀の外に出ては警備の兵に迷惑をかけてしまうが、蓮華畑があったのは堀の外ばかりではない。

 堀の内でも、田んぼらしき所の大半は蓮華草に覆われていた。

 休耕地か何か、作物を植えられない状態の畑。おそらくは、田植え前。

 なら、そこで物思いにふけったとしても他人の邪魔にはならないだろう。

 そう考えての事だった。


(どうも、視線が痛いな)


 蓮華畑のある方向、集落の西口へ向かっていると、すれ違う村人達からの強い視線を感じる。

 敵意は感じず、しかしただの物珍しさ故の注目というわけでもなさそうだった。


(人の入れ替わりが少ない土地だろうから、好奇の目に晒されるまではわかる。

 ただ、それにしては……)


 話声が、無い。

 珍しいものを見た人間の反応というものはどこでも大抵似たようなもので、まず十中八九気分が浮つく。

 浮ついた気分で何をするかといえば、身振り手振りなり会話なりで手近な人間と楽しい気分を共有しようとする。

 そうすると、大げさな動きで発生する音や、小声での内緒話、わずかに漏れる笑い声、といった不自然な音が出る。

 それが無い。


(期待と不安が入り混じったような、というところか)


 好奇の視線というよりは、どこか切迫した空気を孝洋は感じていた。

 次郎から感じたものと同じような印象を受ける。

 頼りにはしているが、頼ってしまって大丈夫だろうか、と、こちらを探るような視線。


(人望があるんだろうな、要嬢は)


 災いを呼ぶ晴れ女など、さっさと贄に出してしまえばよいのだ。

 そうすれば旱魃など起きないし、向こう最低十数年は晴れ女は出てこない。

 ほんの三、四十年ばかり前に被害者を出した実績がある、忌まわしい晴れ女。

 どこかに匿われて以前の二の舞を演じる前にとっとと捕まえて……


 ……そういう反応があったとして、何もおかしい事は無い。

 贄に出せばすぐにでも解決するのだ。

 孝洋のような人間が首を突っ込んで話を拗らせるのは歓迎されるはずが無い。


(なのに、俺は期待されている)


 変わらず、敵意は感じない。

 感じるのは次郎と同じ、何かを切望するような熱の籠った視線。



 蓮華草の青臭い匂いが風にのってやってきた。

 ここは良い所だと、孝洋は口許を緩ませた。

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