023 仔狐
「適応できん者もそりゃおるでしょうな。今までそれなりに上手くやってきて多少なりとも自負心を持っておった者が、ある日突然用無しになる。
そこから新しい仕事や生き方を自力で見つけられる人間ばかりでもない」
「やっぱりそうなりますよね」
防壁作りの作業をする仲間が一向に来ない。
次郎は出会ってから二十分以上呪術師の老人と喋り続けていた。
「しかしながら、農家の子に生まれ農民として一生を終える事を良しとしていた者も居れば、そうでない者もおったでしょう」
「まあ、そうですね」
「良い側面にも目を向けられませ。野良仕事をする人間が殆ど居なくなっても飯が食える時代なんてものが、夢物語ではなくなるわけです。今まで選べなかった生き方が選べるようになる」
「ふむ……」
「今まで出来なかった事が出来るようになった、難しかった事が簡単になった。
なら、それを生かした仕事がいくらでも増えるでしょう。
自分で仕事を作り出す事が出来ない者にもなにかしらの受け皿は見つかりますよ、きっと」
「……いや、確かにそれはそうですな。
あまりの変化に不安になって、少し悪い方に考えすぎたかもしれません」
老人が竹の水筒の栓を抜き、一口中の液体を飲んだ。
次郎もそれに倣い水を飲もうとして、水筒を家に忘れてきた事に気付いた。
「まあ、実際あなたの危惧しておられる通りの事は、程度の差こそあれ起きるでしょう。
時代の変わり目というのはそういうものです」
「です、か」
良い側面は確かにある。全体としては、便利になるのは良い事だ。
しかしそれで全ての人間が今より幸せになれるというわけではない。
それを、自分の姪が左右する。自分もそれに加担した。
事によっては、自分にとって馴染み深い人々が自分の手によって不幸になってしまうかもしれない。
次郎にはそういった恐怖があった。
「なるように、なりますよ。
昔、ほんの九十年ばかり前は……農作物の種類が今ほどにはありませなんだから、今よりずっと山や野で採ってくる野草や木の実、鳥獣が食料として重要でした。
神の力の及ぶ領地内で、あるいは妖怪の跋扈する領地の外で、より小さな危険小さな労力で確実に食べられる物を見つけ収穫してくる。それが優れた男の条件だった時代もありました」
「九十年」
次郎の年齢の三倍以上はある長い時間。しかし同時に、たったそれだけかとも次郎は思う。
生まれてから今に至るまでの二十数年ずっと田畑を見て過ごしてきた次郎にとって、ほんの九十年前の人間が今とはまるで違う生活をしていたという話には今一つ現実味が無いように思えた。
郷の最高齢の老人が、もう数年長生きすれば手が届く範囲だ。大昔というには近すぎる。
「百歳越えの英雄も確かこの辺におったはずです。聞いてみると良い。
時代というものは、案外ころころと変わるものです。
鉄器が普及した後とそれ以前でも随分と違う。
姪御さんが変えずともいつかは変わったでしょう。
あまりお気になさらぬよう」
そういうと老人はゆっくりと立ち上がり、服に付いた土を掃った。
「さて、では私はそろそろ発とうと思います」
「あ……長々とお引止めして申し訳ない」
「いえいえ、有意義な話が出来て楽しかったですよ」
「いや、つまらない悩みなぞを聞かせてしまいまして──」
老人に向き直って頭を下げた拍子にふと妙な鳴き声が聞こえたように思えて、次郎は鳴き声のする方向に目を遣った。
「……あれは」
老人も振り返り、気分を害したような表情を見せる。
まだ幼い狐が、鳥あるいは猿に似た癖のある高い鳴き声をあげながら掬い上げられ投げ飛ばされる。
牛のような角を持つ肉食の妖怪が子狐をいたぶっていた。
─────
「……会わなくては、駄目か?」
「いえ。ただ私は、会って欲しいと思います」
「……どんな顔をして会ったものか、わからない」
川上村旧村長公邸、現川上邸。要は川上朔弥と望の生家を訪れていた。
「顔を見せれば父さんは喜ぶだろう。話は通してある」
「通してあると言われてもな……」
「朔姉──あ、いや、要様」
「朔姉で良いよ、夜須奈」
呼び名を訂正する夜須奈を制し、要は渡り廊下の柱に背を預けた。
「当面は以前の呼び方で良い。無理に変える必要は無いよ。
私は川上朔弥そのものでは無いが、川上朔弥とは別個の人間であるとも言い難い。
川上朔弥の人生を引き継いだ楠本要として、これからゆっくりと新しい関係を作っていけたらと思う」
要は背を預けた柱を仰ぎ見た。
要一人がもたれかかった程度ではびくともしない、太く頑丈な柱だ。
要がこれから会うのは川上村の先々代の村長、川上安隆。川上朔弥の父だ。
川上朔弥の人生を引き継いだとの言葉通り、要は朔弥としての過去生を自分とは別個の人間として切り離していない。
それ以前の過去生と思しき日本人としての生に比べ、朔弥と要の生は時代と場所が近すぎた。
朔弥として生きた確かな実感を持ちながら、朔弥とは全く別の個人として朔弥の親族や友人と関わるのは、心情的にいささか難しいものがある。
ならばいっそ、と、要は過去生を自分の一部として受け入れる事にした。
楠本要であるという事を柱に据えつつ、川上朔弥であった事を否定しない。
以前にはできなかったそういう付き合い方を、要は選択した。
結果として、要は要である以前に朔弥として朔弥の父と相対せねばならない。
一度死んだ人間として、生前の父に会う。そこには少なからぬ葛藤があった。
(朔弥である私としては、父には色々と負い目がある。
存命中は病弱で物の役に立たず、死後は私のために賠償を負わせる事になった。
望と夜須奈の生き方を捻じ曲げ、その事で随分と心労を負わせてしまった事だろう。
何より──)
「──姉さん?」
「ん……あ、すまない、ぼうっとしていた」
「そうか」
望が気遣わし気な顔で要を見つめている。
(まあ、会ってみればどうという事も無いかもしれない)
要は努めて楽観的に考え、柱から体を離すとそのままの勢いで歩き出した。
(多少手は入れてあるようだが、間取りはあの頃のままか。
なら、父さんが待つ部屋はあそこだろう)
勢いに任せてすいすいと進み、目的の部屋の前に立つ。遅れて夜須奈と望がついてきた。
「楠本要、参りました」
「どうぞ」
襖越しに聞こえる安隆の声はかつてと然程変わらず、しかし少し聴き取り辛くなったようにも要には感じられた。
「失礼します」
礼を失さぬ程度の速度で、しかし迷いなく襖を開けると要は応接間へと進み出た。
安隆は立って出迎え、要を上座に導いた。夜須奈と望を別室で待たせ、共に着座する。
「お忙しい中お立ち寄り下さり有難く存じます」
安隆は深々と頭を下げた。
六十六、七歳の年相応に白くなった頭をしばし眺めた後、要も安隆に倣い頭を下げた。
「川上安隆と申します。今は隠居の身ですがかつては村長をしておりました。
本来であれば玄関まで迎えに上がるところでありますが」
「いえ、結構。何時頃の伺いになるかも定かでないからと、断りをいれたのは私ですので。
……どうか、礼は略式にて。父に頭を下げられるは、あまり良い気持ちがしません」
「……わかりました」
安隆が顔を上げた。どのような感情が載ったものとも判別しがたい、複雑な表情をしている。
自分もああいう顔をしているのだろうかと要は思った。
「元・川上朔弥、一時帰宅致しました」
「元、か……」
「元、です。今の私は川上朔弥そのものではありません。
ただ、今この時ばかりは……叶うなら、親子として語らいたく」
安隆は静かに目を瞑り、しばし沈黙した。
顔には深く皺が刻まれ、体は一回り小さく見える。
朔弥として最後に会った時と比べ、明らかに老いている。
そんな当たり前の事が、要には何故だか悲しかった。
「今の生活は……楽しいか」
安隆がぽつりと零すようにして問う。
「楽しいかどうかはよくわかりませんが──」
今の状況を楽しいと表現するのも何かが違う。
要は望んでこうした厄介な立場に納まったわけではない。
草壁郷が纏める連合が一沙を吸収し周辺での最大勢力となった事で、遠からず訪れる扶桑との衝突で草壁が責任ある立場につく事は避け得ない。
その状況を作った一人として、要は責任を負わねばならないと思っている。
また、無害化された晴れ女である事が知れ渡った以上、その知識を求める者は必ず現れる。
自身を守る為にも要は積極的に動き力を付ける事を選んだ。
問題は山積みで、孝洋にも次郎にも少なからぬ負担をかける事にもなるだろう。
楽しい状況とは言い難い。
「──前途に希望はあります。いつか死ぬ日の事を想って生きてはおりません」
それでも、随分マシだと要は思った。
有効な手を打てぬまま、時間に取殺されるのを待つだけの晴れ女に比べれば、数段マシだ。
打てる手がある。働けば成果が出る。日毎状況が改善されてゆく。
次から次へと新しい問題は湧いて出るが、そうした日々には充実感があった。
手応えが、ある。
「それで良い。……それが良い」
安隆はゆっくりと頷き、目許を手で覆った。
「幸せに生きなさい。私がお前に望むのはそれだけだ」
「……はい」
あとは二人とも一言も言葉を発さず、しばし静かな時を共にした。
─────
「あんの野郎……!」
子狐を弄ぶ妖怪に向かって駆けだそうとする次郎の眼前に老人の杖が差し出される。
顔を杖にぶつけそうになり、次郎は思わず身を引いた。
「何を考えておられるのですか。
妖怪を見て逃げるならともかく自ら向かっていこうとするなどと。
ここは郷の中、向こうは郷の外。手出しせねば危険は無い」
「けどよ!」
「野の獣が野の獣に食われるだけの事。食われんとする獣を一匹一匹助けてまわるおつもりか。
まして、英雄でも無いただの人間が」
子狐が角で掬い上げられる。悲痛な声をあげながら、ぽん、と宙に放り上げられた。
身を捻り足から見事な着地を決めた狐を、着地した端から妖怪が掬い上げる。
明らかにいたぶって遊んでいた。
「だからって見ちまったもんは仕方ねえだろうが! 他の獣の事なんざ知るか!」
次郎はそう言うと杖を押しのけ走り出した。
(郷の中から矢を撃てば安全だが今日は弓矢なんか持ってねえ。
持っていても、流れ矢が怖くて撃てやしねえ)
「着装!」
次郎が自らを鼓舞する為に掛け声をあげながら首に下げた細工物を握り潰すと、忽然と鎧が現れ次郎を覆った。
要の趣味を反映し当世具足を模した外見の全身鎧、次郎用に誂えられた試作段階の護身具だ。
見た目は普通の鎧であるが、皮だけではなく実が詰まっている点で通常の鎧とは異なる。
結界の特筆すべき点として、ある物質に対しては物質のように振舞い、別の物質に対してはまるでそこに何も存在しないかのようにするりと透過させる性質がある。
通常、鎧は関節付近に多少なりとも柔軟性のある素材を用いる。
硬質の金属板で全てを覆ってしまうとどう工夫しても関節の可動域が制限されてしまうからだ。
運動性を確保する為に設けられたそれらの柔らかい隙間は、戦闘時に大きな弱点となる。
次郎の鎧にはそれらの隙間が無い。布で覆われた部分が大半で外見上は隙間があるように見えるが、それらは弱点足り得ない。
人体及び同種の結界を完全透過し、且つ、鎧と布に対しては硬質の物質であるように振舞う。
そういう結界が次郎の骨を軸に展開され、布のすぐ下にあって人体を防護しているからだ。
体内では筋肉や腱、靭帯が限界を超えて伸ばされる事が無いようにテーピングが施されている為に多少関節の自由度に制限はあるが、金属製全身鎧とは比べるまでも無い動きやすさが実現されている。
筋肉膨張時を基準とした体内結界のサイズ調整が為されている為次郎本来の体型に比べいささか膨張して見え、外見上はちょっとした筋肉達磨が鎧を纏っているような印象を与えていた。
(こいつがあればちょっと小突かれたぐらいでは死なん。
何も倒せなくとも、適当にブッ刺して追い払えりゃ良いんだ)
左の腰から得物を引き抜く。鞘から抜けた短刀の柄がみるみる伸びて槍になった。
「っせいっ!」
次郎は郷の外に出て妖怪に近づき、子狐に誤って当てる恐れの無い位置から槍を投擲した。
左腰の鞘にはいつのまにか柄が再生している。
この鎧のメインウェポン、使い捨ての投げ槍である。
「あ、外れ」
するりと槍を躱した妖怪が次郎に向けて突進してきた。
角の先端が地面に触れるか触れないかという高さを滑りこんでくる。
次郎は為す術も無く掬い上げられ投げ飛ばされた。
「うっが」
視界がぐるぐると回転し、次郎は無様に頭から地面に落ちた。
普通なら首と頭をやられる所であるが、鎧のお蔭でどうにか無事で済んでいる。
「あたっ! 蹴るな蹴るな!」
落下した次郎を妖怪が蹴飛ばし踏みつける。
鎧のお蔭で特に痛いと言う事も無いが、次郎は質量差の為に抵抗もできずに転がされた。
回転が止まり腹の上に妖怪の前足が叩きつけられる。
妖怪は前足で執拗に次郎を掻いた。
「身動きが取れねえ……!」
次郎が着用している鎧は飽く迄身を守る為の物である。英雄のような筋力を与えてはくれない。
人工筋肉の研究は結界間力の操作法を確立した事で実用間近の段階まで進んでいるが、制御に問題があり鎧への適用は見送られていた。
現状、それぞれの箇所にある筋肉一束一束をコントローラを用いて手動で操作するより他に方法が無く、戦闘での利用が現実的では無いからだ。
体は圧迫されず、さしたるダメージは無い。
しかし、筋力が足らず上に載せられた足を動かす事が出来ない。
「くっそ仕方が無え!」
次郎は舌の先端で左奥歯を舐めた。
非常脱出用のスラスターが作動し、次郎と妖怪が地上二メートル程の高さに打ち上げられた。
打ち上げ途中で姿勢が変わった為に次郎は妖怪の脇をすりぬけ明後日の方向に射出され、妖怪落下地点からおよそ二十五メートル程の地点に落下した。
次郎が立ち上がり右奥歯を舌の先端で舐めると次郎の背面のファンが回転する。
ファンの側面から吸気された空気の一部がキンキンに冷やされファン正面に排出される。
しばらく回転した後魔力板と基質の補充が完了した事を告げるノック音が小さく響く。
次郎は舌を奥歯から離しファンの回転を止めた。
「普通にやったんじゃあまた躱される……やるしかねえ」
次郎は腰の右手に手を遣り突起を引出し回転させた。
スラスターの噴出孔が徐々に下に向きを変えて行く。
槍を構え、じりじりと妖怪との距離を詰めた。
(まだか……これ以上近づきたくねぇ……!)
力の差を否応なく見せつけられている。
でかい、速い、強い。正直なところ怖いと、次郎は思った。
一時の感情で人間風情が妖怪の前に躍り出るなどという愚行を侵した自分を呪いもした。
(何でたかが野良狐一匹の為にこんな思いしてんだ俺は……。
でも見捨てたくねえ。これで良かったんだ、多分。
今更後悔しても遅いんだからもう考えるのやめよう)
十数メートルまで近付いた所で妖怪が突撃の予備動作に入るのが見えた。
瞬間、前方に跳躍しスラスターによって加速した次郎が真っ直ぐに妖怪に突撃し、妖怪の脳天から背にかけて槍で大きく切り裂きながら天に高く跳ね上げられた。
(まーた飛ぶのか畜生怖えぇ!)
落下しても死にはしないと思っていても、天地もわからず宙に投げ出されるのは怖い。
攻撃の成功如何も気にはなるが、それ以上に次郎は浮遊感と落下が怖かった。
「ぬぁっ!」
次郎は槍を手放し不恰好に落下した。
身を起こそうとするが、どちらが上かもいまひとつ解らない。
それでもどうにか視界の端に倒れ伏す妖怪の姿を認め、次郎はひとまず安堵した。
「無茶をなさいますね」
さくさくと草の音を立てて老人が歩いてくる。
地面に突き立った槍を引き抜き、妖怪の許まで歩いて行って脳天に突き刺した。
妖怪の体がびくりと動く。
「ただの人間が、結界で弾かれるような妖怪を一人で倒すか。
本当に時代というものは変わるものですな。
……立てますか?」
「え、ええ……あれ?」
次郎は立ち上がろうとしたが、酒によったような感覚に襲われて立つことができずに転がった。
老人が再び次郎の許へ歩いてくる。
「ふむ……頭を揺らし過ぎましたかな。彼方の鏡」
老人が杖を地面に突き立てると杖に巻きついていた二枚の金属板のうち一枚が鳴動して外れ、老人の手に独りでに収まった。
真円になった金属板を老人が次郎の頭にかざす。
細かく金属板の位置を換え、何かを調べているように次郎には見受けられた。
「……これならまあ大丈夫でしょう。生珠、躰珠」
今度は杖の先端の宝珠が割れ、二つの歪な珠が転がり落ちた。
珠は鳴動しながら浮遊し老人の眼前に滞空している。
老人は珠を掴み金属板に近づけた。
「あ……? 気持ち悪いのがマシになったような」
「こちらにはまだ伝わっていない新しい術です。
これで治るとは思いますが……しばらくは念の為安静にされる事をお勧めします」
次郎は頭をゆっくり動かした。酩酊感も治まりはっきりと上下がわかる。
「……治ったっぽいですね。こりゃ凄い」
「はは、それは良かった。狐は……どうやら逃げたようですな。恩知らずな事だ」
老人の言葉に周囲を見回す。確かに子狐の姿はどこにも見えない。
上手く逃げたか、と次郎は胸を撫で下ろした。
「獣に恩だの何だのは期待してねえですよ。助かったんならそれで良い」
「狩りの現場に会う度にああいう事を?」
「いんや、図体でけえのが子供をいたぶって遊んでやがるのが我慢できなかっただけです。飯を食うなとは言えねえ。
……まあ、いたぶってなくても結局助けたかも知れんですな。食われて一生終えちまうにはまだ若すぎてどうにも不憫だ」
「褒められた行いではありませんが……まあ気持ちは解ります。……惻隠の心は仁の端なり、か」
老人は懐かしげにぽつりと呟いた。
「そく……?」
「ああ、いえ。師と仰いだ方が口にしておられた言葉です。少し、思い出しまして。
ともあれ、もうこのような真似はお止めください。あまり贔屓をしますと特定の種が増えすぎたり減りすぎたりと調和が崩れて面倒な事になる。
それに命がいくつあっても足りない。あなたは今日死んでいてもおかしくなかった」
「あ、はい、それはもう。以後気を付けます。
ただまあ、もう一度同じ事をやれと言われても無理でしょうな。
鎧があるからと少し気が大きくなっていたようで」
老人が次郎の手を取り引き起こす。
見た目よりも随分と力が強いと、次郎は少し驚いた。
「お名前をお聞きしていませんでした。私は竜胆と名乗っております。あなたは」
「あ、俺は次郎です。楠本次郎」
「次郎さんですか。私はこれから汐見の方に行くつもりです。
そこで数日過ごして、それから次の行き先を告げてまた旅を、と」
竜胆はそう告げて草原から道に向かって歩き始めた。
道の上まで戻ると次郎を顧みて立ち止まる。
「呪術師でも治せないような者がおりましたら、いつでもお呼びつけ下さい。
山の一つ二つ越えてでも駆けつけましょう」
竜胆はそういって一礼し、去って行った。




