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魔法使いと太陽神  作者: 水栽培
一章 夕立
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002 孝洋という男

 ここは故郷に似ているな、と孝洋は思った。

 孝洋には植物の知識が無い。

 見える範囲で名がわかるものと言えばつくしとたんぽぽぐらいなものだ。

 水を抜かれた水田には見事な蓮華草の花畑が広がっているが、孝洋にはそれが蓮華草という名である事も緑肥として植えられているという事もわからない。


 それでも、懐かしいと思った。

 見覚えのある風景、嗅いだことのある匂い。知識はなくともそれらはわかる。

 記憶が薄れ、体すら別物になっても、魂がそれを覚えている。



 山本孝洋は異世界人であった。





──────




 そういえば、と孝洋は次郎に問いかけた。


「集落の名をまだ聞いていませんでしたね」


「名前も知らんとここまで来たんですか?」


 次郎がいぶかしむのも無理はない。

 行き先をしっかりと決めてここまで来たのなら集落の名を知らないはずはない。

 となれば、孝洋は地理の把握も不十分なままこのあたりを一人でふらついていた事になる。

 それもこんな軽装で、だ。

 次郎からすれば頭のネジが緩んでいるとしか思えないのだろう。


「考え事をしながら歩いていて道に迷った」


「無謀な事をしなさるもんですね。

 日が暮れるまでに村に着かなかったらどうするおつもりだったんで」


「野宿」


「野宿てあんたその格好で……いや、祈祷師様なら大丈夫か」


 次郎はなにやら納得した様子である。

 どうやらこの世界の祈祷師もそれなりに力を扱えるらしい。

 麻の着物に風呂敷包み一つの軽装で、まだ肌寒さの残る時期に一人で野宿。

 街道の整備状態から考えると獣や盗人が出て来てもおかしくは無い。

 それに対抗する為の武装が短剣一本、防具は無し。

 一般的な祈祷師がそれで生き残れると信じられる程度に、この世界の祈祷師は人間をやめているものと見える。


 おそらく、暖を取れる魔法や獣除け人除けの魔法に類する何かを個人で手軽に扱える。

 なら、奇跡の一つや二つ行使して見せた所で騒ぎになる事もあるまい。


 孝洋はそう判断した。

 次郎の姪を診るにあたって、どの程度の事までならやってしまって問題ないのか量りかねていたのだ。


 騒ぎは面倒だ。騒ぎになれば物事は大抵悪い方向へ転がる。

 目立たずに済ませる事ができるのならそれに越した事はない。


「まあ、寒さをしのぐぐらいは何の問題も無いですよ。

 そういえば楠本さんは魔法というものをご存じですか?」


「魔法……ですか、聞いたことがないですな」


「そうですか」


「なにか探しておいでで?」


「いやまあ、ちょっと旅のついでに調べものなぞを。

 あまり重要な事でもないんで気にしないで下さい」


「はあ」


(どうやら魔法は一般的では無いらしい。なら、祈祷師で通した方が無難か)


 孝洋は祈祷師ではない。魔法使いである。

 祈祷師の方が通りが良いので祈祷師を名乗っているが、孝洋は神に祈りを捧げる類の術を全く学んでいない。

 魔力を生産・運用する魔法や魔術と呼ばれるものを主に使用する。


 祈祷師は神という後ろ盾を持つためか、過去に訪れた世界では敬意を向けられる傾向にあった。

 が、魔法使いはそうではない。

 力の出所がよくわからない異能を扱う者は、恐れられ遠ざけられる。

 魔法使いのその世界における立ち位置を把握するまでは気軽に明かす事はできない。


 これまでに通過した異世界において孝洋は身を持ってそれを学んだ。



 集落の名が草壁郷である事を聞きだし、そのまま会話をしながら歩くこと数分。

 堀を渡る橋の前に到着した。


 橋の左右、手前と奥に合計四人の番兵が居る。

 簡易な短甲に身を包み金属の穂先を備えた槍を持っている。

 光り具合から察するに槍の穂先は鉄では無く青銅あたりだろうか。

 奥には物見櫓がいくつかあり、櫓の中に弓と矢筒を傍に置いてこちらを窺っている人が見える。


「ここで少しお待ちください。警備の者に話をつけてきます」


「ああ、お願いします」


(さて、どうしたものか)


 一人の時間を得て、孝洋は今後の予定を立て始めた。

 世界間移動をしてそれ程時間も経たない内に次郎に捕まり、先の事をゆっくりと考える暇が無かったのだ。


 孝洋にとって、この世界は故郷を探して転移を続ける中で立ち寄っただけのただの通過点だ。

 長居をするつもりはない。

 念のため情報収集をしてみたが、気候や植生は似ているものの衣類や建築物が故郷とはまるで違う。

 現代日本語を使う以上故郷の過去の姿であるという事もないだろう。

 同様の理由で外国の可能性も除外できる。


 ここが未来の世界である可能性は否定出来ない。

 しかし、否定しきれないというだけでまあ可能性としては低いだろうと孝洋は考えていた。

 現代日本語をほぼそのまま継承しながら技術レベルを弥生時代前後まで後退させる……何が起きればそんな事になるのか孝洋には想像がつかない。

 言葉は時間経過と環境の変化によって変化する物。

 現代人が一度崩壊した生活を立て直し、弥生時代レベルの生活環境を整えるにはどれ程の時間がかかるだろう。

 孝洋の眼前には立派な堀を備えた環濠集落。集落の内外には広大な田畑が広がっている。

 堀の内では収まりきらなくなって外まで畑を広げたのだろう。

 それだけの時間が経って、言葉が変化しないものだろうか。


 要するに、孝洋にとってこの世界はハズレであるものと思われた。


(移動先条件を現代日本語にすればすぐに見つかると思ったんだがな)


 思いの外、日本語が通用する異世界が多かった。

 既に四つハズレを引いている。ここで五つ目だ。


(とりあえずは呪いとやらを解いて、適当に別れの挨拶をして次にいくか)


 今ここで次の異世界に移動するという選択肢は孝洋には無い。

 一度交わした約束は可能な限り果たすというこだわりがある。

 そのこだわりの為に行く先行く先で面倒事に関わって、十年をかけても五回しか移動出来ていない。


(里の入り口に番兵、か。ここも平和で安全な世界では無さそうだ。

 長居をすれば必ず面倒が起きる)


 早めに去らなければまた深入りする事になる。

 それではいつまでたっても故郷にたどり着く事ができない。

 急ぐ旅でも無いが、旅をする気力を維持するには限界がある。

 長引けばどこかに腰を落ち着けたくなる。

 早めに目標を達するに越したことはない。


 現に、孝洋はこの土地に心惹かれ始めていた。

 孝洋には植物に関する詳しい知識などはないが、それでも明らかに植生が違えば違和感ぐらいは感じる。

 これまでに通過した世界は気候や文化が孝洋にとって馴染み深いものからは程遠いものだった。

 気候が違えば植生も変わる。気候も植生も違うなら、匂いも違う。


 匂いは、記憶と密接に結びついている。

 二十数年ぶりに嗅いだ懐かしい匂いに幼少期の記憶が掘り起こされて、孝洋の心は大きく揺れていた。


 孝洋は故郷に帰る明確な理由を持っていない。

 ただ何となく、望郷の念によって故郷を目指していただけだ。

 故郷での死をきっかけに異世界に迷い込んだのだから、今更故郷に帰ったとして自分の居場所などは無い。

 それでなくとも身内は皆死んでいるし、交際している女性が居たわけでもない。

 故郷に拘る必要はないのだ。


 それでも故郷を目指したのは、故郷の自然、故郷の文化を慕っての事だ。

 日本の自然を愛する孝洋にとって、この土地は魅力的に過ぎた。




 やわらかな風が吹き、蓮華草の青臭い匂いが孝洋の鼻腔をくすぐった。

 孝洋は、ただそれだけで胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

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