下僕になりたい騎士と、普通に愛されたい令嬢の攻防戦
「……は?」
アイザック様に初めて話しかけられた時に出た言葉は、それだけだった。
両サイドを短く刈り上げ、トップは爽やかに横に流した金色の髪。深淵のような漆黒色の瞳。ガチムチとでも言えばいいのだろうか。騎士たちの中でも一際恵まれた体格であるオルガレーヌ魔術騎士団のアイザック副団長。
そんな彼が、国王主催の夜会という王侯貴族たちがたくさん集まった場で、私の前に跪いて「どうか、下僕にして欲しい」と言ってきた。
一四五センチの私に対して、アイザック副団長は一九〇センチほど。とても大柄だったので、彼が跪いたことで視線が合った。
綺麗な瞳だと思った瞬間に、先程の衝撃的発言だったのだ。
「聞いているか? 貴女の下僕になりたい」
「きっ、聞いてますけど…………げぼく、ですか?」
「そうだ」
なぜっ!? そう聞きたいけれど、夜会にいた招待客たちや国王陛下までが期待に満ちあふれたような、懇願するような顔でこちらを見ている。
そして、同行していたお兄様は「国のためでもある。副団長をお助けしろ」とかよく分からないことを言う。
噂程度のものだったけど、副団長の魔力解放リミッターはパートナー次第で変わると聞いたことがあった。
もしかしたら、その関連の話からこんなことになっているのかもしれないとは思ったものの『下僕』はちょっと本気で意味が分からない。
魔力の属性は瞳を見れば分かるのだが、副団長の瞳は漆黒。つまり、何の属性もないという珍しいものだ。
私の瞳は薄めの水色で、氷属性だ。魔力量は本当に微々たるものなので、夏場だけが出番。自分の周りに極微小の氷を浮かせて涼むだけ。
個人的には、夏を涼しく過ごせているから大満足している。
魔術を極めると、更に一段上に行くための【リミッター解除】というものがある。魔術関連の仕事をしていなければ、その域に到達することはほぼないと言われている。
そのリミッターを解除するために国が協力することもあるので、間違いなくその案件なのだろうけれど、なぜ公衆の面前でなのだろうか。
下僕とかいう何やら恥ずかしい指定があるのなら、内々に済ませたほうがいいのでは? と思っていたら、お兄様からそっと告げられた。
「副団長は、周知されればされるほど、力が強まる」
――――なにそれ!? 露出狂なの!?
意味が分からない。本気で、意味が分からない。でも、了承の返事しか許されていないことだけは分かる。だから答えた。
「よろしくてよ」
普段なら、こんな傲慢な返事なんて出来るはずもないのに、お兄様が横から「高飛車に言え。それが効果が高い!」とかよく分からないことまで指示してきて、そう言うしか出来なかった。
お兄様が耳元で「ほら、私の足にキスなさい、と言え」とか物凄くうるさい。言えるわけがないじゃないって小声で文句を言うと、国のためだとか言ってくる。
「っ……! わっ、私の足にキスなさいっ」
「ありがたき幸せ――――」
微笑んだ副団長が、こちらにスッと手を伸ばしてきたかと思ったら、私の左足に手を添えて少し持ち上げた。普通片足立ちになったらふらつくはずなのに、なぜか真っすぐ立てている。サポート魔法か何か使われているのかもしれない。
副団長にヒールを脱がされ、頭の中は疑問符で満たされていた。
左足の薬指にふわりと触れる柔らかく温かい唇。
妙にヌメッとした感触があるのはどういうこと!?
擽るように当たるシルクのようなサラサラの髪。
どこからどう見ても、足先にキスされてる。あと間違いじゃないハズ。ちょっと舐められた。
頭は盛大に混乱しているし、心の中では叫び倒しているけれど、人前ではそんなこと出来るわけもなく。
副団長にヒールを履かせてもらうまで、ただただ無を貫き棒立ちしていた。
「あぁ。やはり貴女は素晴らしい」
副団長が屈んだことで少し乱れていた髪をかき上げながら立ち上がると同時に、自身周りにキラキラとした氷の粒を大量に浮かせていた。
そして、瞳は私より少し濃い水色になっていた。
「え……!?」
「副団長、よかったですね! やはり妹がリミッターでしたね」
お兄様が嬉しそうにそう話しかけると、副団長は誇らしげ気に頷き、私を軽々と抱き上げて謎の宣言をした。
「ソルト、妹君――クリステル様は貰うぞ」
「はっ! 両親には伝えておきます!」
――――えっ、えっ!?
どういうこと!? 貰い受けるって、どこに連れてくのよ。
リミッターって、なんで瞳の色が変わって、氷属性が使えるようになってるの!?
ていうか、待って待って待って! お兄様はなぜそんなに清々しい笑顔で見送っているの!?
意味が分からなさすぎて、混乱で涙が溢れそうになっていた。
「っ…………あの、副団長」
「アイザックと読んでください」
「アイザック様」
「様は必要ありません。呼び捨てで」
――――ええっ!?
「ア……アイザック」
「なんでしょう」
「どこに行くのでしょうか……」
アイザック副団長に横抱きにされたまま、王城内から外に出てしまった。馬場に向かっているようで、どこに連れていかれてしまうのか。不安に駆られて彼を見上げると、眉間に皺を寄せられてしまった。
怒られる。
なぜか、そう思った。でも、違った。
「クリステル様、失礼いたします」
目尻に柔らかなキスが降ってきた。そして、ちょっと舐められた気がする。気のせいだとは思えない。
「ん、甘い」
「っ!?」
甘くない! 涙は甘くない! 私そんな特殊な体質じゃない。そう言いたいけど、パニックで言葉が出なかった。
アイザック副団長の家の馬車に乗せられ、本格的に連れ去られているのだと分かった。
お兄様に売られた。そう思うと、涙が止まらない。
「クリステル様……失礼します」
アイザック副団長が馬車の床に膝を付き、私の頬を両手で包んだ。彼の端正な顔がスッと近付いてくる。口が薄く開き、唇の間からちらりと見える艶めかしい舌。そして、またもや目尻をペロリと舐められた。
「ひゃっ……」
「クリステル様、動かないでください」
動くなと言われても。
というか、なぜ舐めるの。
「屋敷に戻りましたら、説明いたします。泣かないでください、貴女に泣かれるのはつらい」
そう言ったアイザック副団長の表情に嘘はなくて、凄く辛そうだった。
憧れの存在と言ってもいい人だった。社交界での噂や、お兄様から話を聞いて、遠くから見ているだけだったけど、彼の人となりが素敵だと思っていた。だからだろう、そんな人がつらそうな顔をしているのは、私もつらい。
ごしごしと目元を擦り、無理矢理だけど笑った。安心してほしくて。
アイザック副団長は、なぜか慌てたように自身の手のひらに極小粒の氷をまとわせて手を揉んだ。そして私の目元に手のひらをソッと押し当てた。
ひんやりとしていて気持ちいい。
「擦ってはいけません。赤くなってしまいます」
こういうところだ。
アイザック副団長は、細かいところによく気が付く人。
去年、王城での新年会でのことだった。
あの日はみぞれ雪が降っていて地面が酷く泥濘んでいた。そのせいでドレスの裾が大きく泥で汚れてしまったご令嬢がいた。
彼が会場に入るなり、素早くご令嬢に近付くと、何かを囁いてエスコートして会場から出ていってしまった。ご令嬢と彼はすぐに戻ってきたのだが、そのときには泥汚れが綺麗に消えていたのだ。
アイザック様がいろんな騎士様の属性を借りて、ドレスの裾を綺麗にしてくださったのだと、ご令嬢が頬を染めて喜んでいた。
他にも本当にいろいろとある。道で困っていたらとか、森の中で彷徨っていたらとか。いつ休んでいるのか分からないくらい、毎日何かしらの『助けてもらった』を聞く。
だからこそ、彼が誰かを頼ったり希う姿はあまりにも異質だった。お兄様という接点はあれど、話したこともない私に対して。
アイザック副団長の屋敷に到着し、再び抱きかかえられた。そして、彼の私室へと連れて来られた。
「えっとぉ」
せめてサロンがよかった。というか、普通はサロンからじゃない? なんで私室? 凄くいい匂いがするというか、アイザック副団長の使っている香水か何かの匂いに包まれて、心底落ち着かない。
「初夜を――――」
「バカなの!? するわけないでしょうが!!!!!!!!」
あまりの衝撃で、腹式呼吸で全力叫びしてしまった。
アイザック副団長は、恍惚とした笑みで私をベッドに座らせると、自身は床に跪き、深々と頭を垂れた。
「貴女の思うままに。私は貴女の全てに従い、全てを捧げます。愛しています、クリステル様」
「…………ひぇっ」
やばい。
なんか、言葉が通じてない気がする。
どうしてこうなったの。
普通に愛されたいのにっ…………。
――――そうだ! 調教すればいいんだ!
この決意を、後からめっちゃくちゃ後悔するんだけど、このときの私はまだ知らない。
―― fin ――
読んでいただきありがとうございます!
お前、またそんな途中で!というアレは、飲み込んで!!!!!!お願いっ!!!!!!!
(土下座)
そんでもって、ブクマとか評価してもらえたら、うれちくて小躍り…………(土下寝)




