⑨別れ
山の雪も融け、春がすぐそこまで来ていた。
だが、届いたのは良くない知らせだった。流行り病がこの村にたどり着き、村の人間は何人も死んだ。
とうとう体の弱かったお糸も流行り病にかかってしまった。
お糸の家の前に立つと、中から弱々しく咳き込む声が聞こえてきた。
戸の隙間から俺は家の中へ入り込んだ。
お糸はすっかり痩せ細り、荒く呼吸をしていた。
「苦しいのか?」
そう俺が聞くと、お糸は目を細く開きこちらを見た。
「鈴風……。一緒に遊べなくて許してけろ」
か細い声でそう言うと、苦しそうに咳き込んだ。
「大丈夫だ。必ず良くなるからな」
俺はそう言ったが、お糸は少し黙った。
「おら……。おかあに会いてえ……」
お糸の目から涙が流れ落ちた。
気づくと辺りには霧のような黒い影が、お糸を囲むように忍び寄ってきた。俺は必死にその影を手で振り払うと、風が吹きリーンと音が鳴り響いた。
すると黒い影は、わずかに後ずさりした。
必死だった。
何度振り払っても、また影は押し寄せてきた。
だが……駄目だった……。
黒い霧はやがてお糸の身体を包むと、お糸は静かに――息を引き取った。
俺が呆然と立ち尽くしていると、そこに水を汲みに出ていた父親が戻ってきた。
「お糸? 起きてるか? なんか鈴のような音が聞こえたが、何の音だ?」
そう言いながら、お糸と俺がいる部屋の戸を開けた。
父親は息をしていないお糸に気づき、お糸の名前を何度も呼んで抱きかかえている。
父親はしばらく泣いた後、肩を落としてぼそりと呟いた。
「鈴のような音……。そうか、あいつの仕業か。あいつが連れて行ったに違いねえ。あの音は死を招くんだ。お糸を返せ!」
そう言いながら、そこに立っている俺の姿に気づかない父親は、怒りと悲しみでひどい顔をしていた。
――違う。俺はお糸を……。
父親には俺の声は届かなかった。
しばらくして家を出た。
俺は、この時初めて泣いた。
そして悲しみを知った。
それからというもの。風は流行り病を運び、鈴のような音は死を招くと噂が広がっていった。
噂はこの村だけではなく、山を越えた隣の村まで広がった。
俺の住む祠は祟り神が住むと言われ、村の人間は誰も足を踏み入れなくなった……。
そして俺は、独りになった。
村に行けなくなった俺は、この場所で人間が来るのをずっと待った。
何度も季節は巡り、俺は日に日に弱くなっていった。




