⑧鈴風とお糸
その夜、俺は宿の布団にゴロンと寝転び天井を眺めた。
「明日はもう帰る日か……。ただ記憶を守る妖。――朧守、誰を待っていたんだろ……」
俺はハッと思い出した。そして鞄の中から、昨日買った風鈴を取り出した。
リーン……。
「風を司る妖か……」
俺は立ち上がると窓を少し開け、そこに風鈴を提げた。
そして風鈴が静かに揺れる音を聞きながら、眠りについた。
夜も深まると、俺は酷くうなされていた。
そして長い夢を見ていた。
「ハァハァ……約束したから……。行かなきゃ⋯ハァハァ」
家を飛び出した幼い自分が息を切らせながら走っている。
ワクワクする感情と早く行かなきゃという衝動が、小さく短い足を前へ前へと運び出す。
苦しい――。
必死に走ってはすぐ酸素を奪われ、大きく肩で息をしながら少し歩く。
また急がなきゃという焦りと共に、短い足を必死で前に進めていた。
リーン……。
風鈴の音が夢を遮る……。
すると夢の中の風景がパッと変わった。
――――そこは胸が痛くなるような、酷く懐かしい風景だった。
小高い場所にある小さな墓で、幼い娘が一人で手を合わせていた。
年は七つか八つあたりだろうか。
サーッと風が吹くと、そこにあった風車がカタカタ回った。
幼い娘は顔を上げると驚いた顔をして言った。
「うわあ、驚いた。あんた、いつから居たんだ?」
「俺か?さっきから居たよ」
そう言って俺がにっこり笑うと、リーンという音が鳴った。
「誰の墓だ?」
俺が尋ねると、その子は寂しそうな顔をして答えた。
「ここはおかあの墓だよ。何年か前に病いで死んだ」
「そっか。死んじまったのか。寂しいのか?」
俺がうっかりそう聞くと、その子は答えた。
「うん。寂しい。おら、おかあに会いてえ」
その子が下を向いてべそをかくと、目にたっぷりの涙が溜まった。
俺は慌てて話を変えた。
「そういえば、お前はなんて名だ? 俺は鈴風」
「鈴風? おらの名はお糸」
お糸は汚れた着物の袖で、堪えた涙を拭いた。顔を上げると、俺と目が合った。
「お糸か。いい名前だな。今でもおかあとお糸は、ずっと見えない糸で繋がってるんだな。いつかまた会える。だからもう泣くなよ?」
「おかあと……おらがか? また会えるのか?」
そういうと、お糸は嬉しそうににっこり笑った。俺もにっこり笑った。
またどこからともなくリーンと音が鳴った。
それから毎日、墓参りに来るお糸と俺はよく遊んだ。
お糸は生まれた時から体が弱く、風のようには走れなかったが、風が大好きだった。
草むらで一緒に寝転んでは、大空を駆け抜ける風の音、揺れる野花の香り、風が運んでくる温かさを一緒に感じた。
お糸はいつも幸せそうに見えた。
いつも遊んだ後はお糸を家まで送った。
そんなある日、家の中からお糸と父親の会話が聞こえてきた。
「おとう。おら、今日も鈴風と遊んだよ」
「ほお、今日も鈴風と遊んだのか。良かったな。お糸は体が弱いから無茶するなよ?」
するとお糸は嬉しそうに続けた。
「鈴風はね、おかあの墓で風車が回ると来んだよ。そんでいつも綺麗な音がすんだ。リーンって」
「綺麗な音? ところで、鈴風はいつもどこから来てんだべ?」
そう父親がお糸に尋ねると、お糸は答えた。
「村の外れの祠に住んでるって言ってたよ」
「祠? 風の神様のか? んなわけあるまい」
そういうと父親は冗談を聞いたように笑っていた。
本当だよ。
俺はそう呟くと、心を躍らせながら祠に帰った――。




