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③過去に触れた夢

 あれからというもの、俺は同じ夢を何度も見るようになった。

毎回幼い俺は、まるで向かう先を知っているような気持ちで家を飛び出して走りだす。だが、最後は何とも後味の悪い感情で目が覚めるのだ。

「またか……」

時計を見るとまだ三時を過ぎたばかりだ。

ふと気づくと頬に涙の通った跡がある。

「俺、何泣いてんだ……」

目が覚めるとはっきりと夢の内容は覚えていないが、いくつもの思いが混ざった、複雑な感情だけが余韻を残している。


 それから半月が過ぎた。季節は時を待っていたかのように、若葉たちは競いながら葉を伸ばし始めていた。

そんな中、俺はいつもと変わらない休日を家で過ごしていた。

窓を開けると爽やかな風が、部屋の中に舞い込んで来る。

外を覗くと清々しい空が広がる。自由で温かな風が、優しく若葉を揺らしている。

俺は無性に外の風に当たりたくなり、近くの河川敷まで歩く事にした。

 

 しばらく歩いていると、どこかの軒先に掛かった風鈴が鳴った。

時季外れの風鈴の音に足を止めた。

「風鈴か……。何となく懐かしい音だな」


リーン……リンリーン――。


澄んだ音は風の存在を優しく知らせている。

懐かしい感情と共に、胸の奥で何かざわめくものを感じた。言葉に出来ないこの感情の正体が全く見えない。

俺はこの感情に戸惑いながら空を見上げた。

すると、吸い込まれそうな青空高く、一匹のトンビが風を操りながら飛んでいる。


ピーヒョロロ……。

 

「なんだろ……。なんか不思議な気分だなぁ」

俺は懐かしいような悲しいような……そんなおかしな感情のまま、また前を向き直して歩き出した。


 河川敷に着くと、遠くで遊ぶ子どもの声を聞きながら、ゴロンと土手に寝転んで目を閉じた。


ピーヒョロロ……。


トンビが遠くで鳴く声に混じりながら、時折聞こえる子どもの声。頬を優しく撫でる風。

それらが子守唄のように、俺を夢の中に誘った。


 ――どれくらい時が過ぎただろうか。

俺は夢をみていた。


「ハァハァ……約束したから……。行かなきゃ⋯ハァハァ」

家を飛び出した幼い自分が、息を切らせながら走っている。

ワクワクする感情と早く行きたいという衝動が、小さく短い足を前へと運び出す。


苦しい――。

必死に走ってはすぐ酸素を奪われ、大きく肩で息をしながら少し歩く。

また急がなきゃという焦りと共に、短い足を必死で前に進めていた。


 しばらくすると日が傾き始め、辺りに見える影が長く伸びている。

その時ビュンと大きな風が吹くと、どこかの軒先に提げた風鈴がリーンと強い音を鳴らした。

その音を聞いてパタリと足が止まった。

 

息を切らせながら、辺りを見渡す――。

立ち並ぶ知らない家、知らない場所。

ぐっしょりと濡れた髪から汗が頬を伝う。

今まで気づかなかったヒグラシの声に、俺は一斉に囲まれた。

 

今までの衝動とは打って変わって、何かとんでもないことをした気持ちが襲ってくる。

急に怖くなり、来た道を振り返った。その時、知らないおばさんが声をかけてきた。

「ぼくは一人? お母さんは?」

こらえていた涙がボロボロと流れ出した。

段々と知らないおばさんの声が遠くなる……。時間が歪んでいくような感覚――――。


 土手で寝転んでいた俺の横を、リンリンと鳴らしながら通り過ぎる自転車に驚いて飛び起きた。

とても嫌な気分の夢だった。今まで断片的で朧げだった夢が、はっきりと姿を見せたのだ。

俺の心臓の鼓動は早くなり、大きな恐怖心が襲ってくる。それと同時にそこに行けなかった罪悪感が、今ここで起きているかのように胸を締め付けた。


約束ってなんだよ……。


俺は立ち上がって、少し日が傾き始めた空を見上げた。

さっきまで飛んでいたトンビの姿はもうない。

 

「帰るか……」

俺はさっきみた夢を思い返しながら、河川敷を後にした。


 

「今度行ってみようかな。俺が生まれた町へ……」

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