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②子どもの頃の記憶

 「灯真(とうま)先生!遊ぼ!」

子どもたちに強く手を引かれ、急に足が出て前のめりになる。

「こらこら、危ないから引っ張らないよー。先生が転んだら、みんな潰れてお煎餅になっちゃうよ!」

俺は笑いながら子どもたちに優しく諭した。

「ぺったんこ! ぺったんこ!」

子どもたちは面白そうに笑う。

 

 今年、年長組になった元気な子どもと過ごすのは、とても気力と体力がいる。

この歳の子どもたちは、少しずつ自立に向けて成長していく。

生活を通して自分で考え行動する力、そして誰かを思いやる心を育てるのが俺の目標だ。


時々子どもは、真っ直ぐな目で世界を見ているように感じる時がある。

疑いのない眼差し。何でも信じる気持ち。そんな子どもの純粋さにとても惹き込まれる時がある。

 

 俺は保育園の職員になって、今年で五度目の春を迎えた。

保育士として気を引き締めながらも、毎日の新しい発見と子どもたちの成長に胸を踊らせている。


 ある日の他愛もない出来事だ。


 一人の女の子が花の絵を描いている。

「灯真先生? 先生が子どもの頃は何になりたかったの?」

横でそれを眺めていた俺へ急に問いかけてきた。

「先生? 先生はね、えっと……」

すぐに答えようとすればする程、見当たらない。

俺の焦りをよそに、女の子の期待の眼差しを感じる。


何だっけな……。

あれ、そもそも子どもの頃の記憶が全くないんだけど……。


「ごめんね、先生忘れちゃった。でも大人になって保育園の先生になれて、先生とっても嬉しいよ」

俺は苦笑いをして何とか取り繕った。子どもには嘘はつけない。

「えー忘れちゃったの? 灯真先生、面白いね」

女の子は笑いながら、また続きの絵を描いた。


 ――その日の夕暮れ。

俺は帰りの電車に揺られながら考え込んだ。

子どもの頃の記憶が空洞のようにすっぽり抜け落ちていたからだ。

俺が小さい頃は何が好きで、どんな場所で生活してきたのか全く思い浮かばない。それどころか、懐かしいはずの友達の顔や楽しい思い出も、何もかもが記憶から消えているのだ。覚えているのは、どこかから引っ越してきて中学校が始まった頃からだった。


 自宅に帰るとすぐ母親に電話をして、自分の小さい頃の話や住んでいた場所について聞いてみた。

俺が小学校までの記憶が全くないことを話すと、母親は最初驚いていた。まあ、子どもの頃の記憶がないのは、別にそんなに不思議な事じゃないと笑った。

母親は俺の子どもの頃の話を一度始めると、思い出話に花を咲かせる。


 ただ、興味深かった話がひとつだけあった。

 俺が三歳ぐらいの時から、時々妙な事を口にしていたらしい。

 

「約束をしたの」


とよく言っていたようだ。

母親が「誰と?」「どんな約束?」と聞いても毎回「内緒!」と返すのがいつもの流れだったらしい。

 

 そんなある日、一度だけ俺が家からいなくなった時があり、警察を巻き込んでの大騒ぎになった事があったそうだ。

結局、夕暮れの時に随分離れた場所で見つかった。ひとりで歩いている俺を、誰かが交番に連れて行ってくれた。

その連絡が入ると、両親は泣きながら俺を引き取りに来たらしい。

大人たちは俺にひとりで家を出た理由を聞くと、「約束した」としか答えなかったようだ。

あの時の肝を冷やした話を、母親は昨日の出来事のように話していたが、確かに親にとってはかなり衝撃的な思い出だったのだろう。

 

 それにしても人騒がせな自分の話を聞いて、恥ずかしい上に申し訳なさで何も言えなかった。

でも俺にもちゃんと子どもの頃があったことに、少し胸を撫で下ろした。


ただ「約束した」が妙に引っ掛かる。


 ……約束。いったい何の約束なんだ?

 

俺は気になったが、とにかく子どもの頃の話を聞けたことに満足した。

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