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感情通貨~その「初恋」に100万、その「絶望」に1600万。心を切り売りして人生をリセットする人々~  作者: ヘレン
偽りの美貌とヴィンテージの恋 

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4


カラン、とドアベルが鳴り、静寂が戻った店内。

佐藤は、カウンターに残された琥珀色のアンプルを見つめていた。


「……鑑定士。正直に言うと、驚いたよ。初恋の売却なんて、この店では珍しくもない。大抵は数万円、良くて十万円前後の、ありふれた素材だろう? なぜ彼女にあんな値段をつけたんだ」


解析室から表に戻ってきた鑑定士に佐藤は問いかけた。

椅子の軋む音と、タブレットを操作する無機質な音が返ってくる。


「……佐藤。君は相変わらず、感情を名前で判断するんだな」


鑑定士がタブレット越しに冷ややかな視線を送る。


「初恋なんて記憶は、大抵が時間の経過とともに解像度が落ち、腐敗する。供給過多で市場価値も低い。だが、彼女のケースは特殊だった。彼女はあの初恋をきっかけにして、自分を作り替える努力を十数年も継続していた。その強烈なフィードバックが、潜在意識の中で感情の鮮度を真空パックのように保っていたんだ」


「……努力が、鮮度を保った?」


「そうだ。さらに言えば、純粋な甘酸っぱさだけならあの値はつかない。評価に拍車をかけたのは、彼女が抱き続けた劣等感コンプレックスだ。自分の容姿への憎悪、彼への不釣り合いな絶望――その泥臭い不純物が、初恋というベースに最高級のスパイスとして溶け込んでいた。シロップに一滴の塩を混ぜれば、甘さが際立つだろう? それと同じだよ」


鑑定士はタブレット画面上の波形を指差し、淡々と続けた。


「初恋の純粋さと、執着の苦味。この絶妙なブレンド比率こそがヴィンテージの証だ。……まあ、彼女が自分の人生をかけて煮詰めたスープに、いくらの価値を感じたかは興味がないがね。私はただ、抽出されたデータの希少性を数値化したまでだ」


「……鑑定士、本当に、ロマンがないね」


「ロマンで腹は膨れないよ。……さあ、次の客が来る。佐藤、アンプルを棚へ。商品名ラベルは――劣等感を隠し味にした初恋、これでいい。」


「……なぁ鑑定士。彼女、あの日図書室で彼が読んでいた雑誌のアイドルの顔に、自分を似せていたんだね」


解析室のモニターには、夢の中で彼が見つめていた雑誌の表紙と、今の彼女の顔が並べて表示されていた。


鑑定士が、ふんと鼻を鳴らす。


「非効率な努力だよ。彼はアイドルが好きだったんじゃない。ただ、そこに映る、自分とは違う世界の輝きに憧れていただけだ。……まあ、おかげで良い値がついたがね」


佐藤はアンプルを手に取り、光に透かした。

かつて彼女の人生を狂わせ、そして彼女を救った、一滴の初恋。

それは今や、名前も知らない誰かの人生を豊かにするための、ただの通貨として棚に並べられるのを待っている。


「……また一〇〇万稼がないと、彼女の次のメンテナンスには間に合わないだろうな」


佐藤の独り言に、鑑定士は答えなかった。


ただ、次の客を告げるベルが、冷たく店内に響き渡った。



ーーーー



【劣等感を隠し味にした初恋】

成分名:自己否定型執着思慕


「名前を呼ばれただけで、心臓の音が耳元まで跳ね上がった」

泥に塗れた日常の中で、彼女が死守し続けた「最初で最後の無垢」です。


すぐ隣にいるのに触れられない距離、夕暮れの図書室の匂い、そして、自分が何者でもなかった頃の真っさらな憧憬。夜のとばりでどれほど心を削り取られても、この一滴だけは決して汚させなかった。


[効能]

倦怠しきった精神に、劇薬のような「初々しさ」を注入します。世界が再び輝いて見え、誰かを想って眠れない夜の苦しさを、最高の贅沢として味わえます。


[備考]

持ち主は、目も眩むほどの美貌を持つ「夜の蝶」です。

彼女はこの一滴を手放したことで、もう二度と、他人の瞳の中に「あの人の面影」を追わずに済むようになりました。もはや彼女の微笑みに、一切の淀み(躊躇い)はありません。


本日の感情残高はいかがでしょうか。

この物語は、感情が価値になる世界のお話です。

これからよろしくお願いします。


この物語の価値は、読者さまの感情で成り立っています。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

☆評価やブックマークという“感情通貨”を少し分けていただけると嬉しいです。


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