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「……失礼ですが、もう一度、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
佐藤は思わず身を乗り出そうになるのをぐっとこらえ、冷静になるよう努めた。
目の前に座る女性は、この薄暗く殺風景な感情鑑定所には似つかわしくないほど、完璧で華やかな美貌の持ち主だった。
緩やかに波打つ艶やかな黒髪、磁器のように滑らかな白い肌、そして深い知性を湛えた大きな瞳。
その美しさは、まるで熟練の彫刻家が一生をかけて削り出した芸術品のようだった。
「はい」
彼女の瞳はまっすぐと佐藤を見つめる。
長く美しいカールを描くまつ毛に縁取られたその瞳に、どうやら迷いはないみたいだ。
「私の初恋を売却したいんです。できるだけ早く、現金化をお願いします」
彼女は、鈴を転がすような声で淡々と告げた。
その仕草一つ一つが優雅で、非の打ち所がない。
だが、佐藤は彼女の指先が、テーブルの下で落ち着かなげに組み直されるのを見逃さなかった。
すらりと伸びた指こそ完璧で、しかし指先は、今の彼女には不釣り合いなほど短く、爪を強く噛む癖があるのか、少しだけ痛々しく変形している。
完璧であるが故に、それはひどく目についた。
「あ、いえ……もちろん可能です。ただ、初恋という感情を一度抽出してしまうと、当時の記憶に付随する質感が二度と戻りません。相手の方のお名前や出来事は覚えていても、何も感じなくなってしまいますが……」
「構いません」
彼女は微笑んだ。
その微笑みは完璧すぎて、どこか仮面のようにも見えた。
「その恋心があったから、私はここまで変わることができました。でも、もう十分なんです。この顔を維持するのにも、これから始まる新しい生活にも、思い出よりお金が必要ですから」
佐藤は、彼女の背後にある解析室の重い扉をちらりと見た。
扉の向こうには天才鑑定士が控えているはずだ。
きっといつもの、何の感情も浮かばない、決して揺らぐことのない冷たい瞳を携えて。
鑑定士はすでに、この部屋のカメラから映像、音声を拾い、モニター越しにこちらを観察し始めていることだろう。
佐藤は手元のバインダーの資料に視線を戻す。
そこには彼女自身に記入してもらったものと佐藤のメモ書きがあり、再度読み直してヒアリングの内容に不備がないか確認する。
「……承知いたしました。では、詳しい査定のために、夢へのダイブの準備に入らせていただきます」
佐藤は彼女を促し、ダイブ室へと案内した。
中央には、無機質な銀色のリクライニングベッドが鎮座している。その傍らには、無数のコードが伸びたヘッドセットが、獲物を待つ蜘蛛のように静かに吊り下げられていた。
「こちらへ。……少し緊張されますよね。ゆっくり横になっていただいて大丈夫ですよ。このヘッドセットは脳波を読み取るだけで、痛みはありませんから。」
佐藤が柔らかく微笑みながら、彼女の肩の力を抜かせようと言葉を重ねる。
だが、その配慮を切り裂くように、天井のスピーカーから硬質な電子音が響いた。
『佐藤、何をしている。無意味な会話で時間を浪費するな。早くしろ』
無機質に響く声。
だが驚くほど若く、透き通った、それは紛れもなく少女の声であった。
心地よい声色とは裏腹に、感情の起伏が完全に削ぎ落とされた響きに、彼女がびくりと肩を揺らした。
「……今の方は?」
「ああ、失礼しました。解析室にいる、うちの鑑定士です」
「あんなに若い……女の子なの?」
不安げに瞳を揺らす彼女。
無理もない。
自分の人生の最も深い部分をさらけ出す相手が目の前の男、佐藤ではなく、まだ会ったことのない、血の通わない機械のような声の持ち主なのだから。
佐藤はすかさず彼女に向き直り、安心させるように頷いてみせた。
「安心してください。口はあんなに悪いですが、腕は確かです。……というか、人間らしい感情が少し欠落している分、あなたの大切な記憶を誰よりも公平に、純粋に鑑定できる鑑定士ですから」
『……聞こえているぞ、佐藤。余計な分析はいい。彼女のレム睡眠導入率がピークに達するまで、あと百二十秒。余計な刺激を与えるな、さっさと始めろ』
鑑定士の催促に、佐藤は苦笑しながら彼女に目を閉じてリラックスするように促した。
「それでは、ヒアリングした内容を元にこれから記憶の再現に移ります。どうぞ、ご自身の心に身を任せてください」
佐藤がヘッドセットを動かす無機質な音が部屋に響いた後、心地よい静寂が彼女を包み込む。
「――大丈夫。あなたの痛みも、執着も、すべて私たちが価値に変えてみせます。……おやすみなさい。良い夢を」
その声を最後に、彼女の意識は深い海の底へと沈んでいった。
『……レム睡眠導入完了。深度、正常。これよりダイブを開始する』
本日の感情残高はいかがでしょうか。
この物語は、感情が価値になる世界のお話です。
これからよろしくお願いします。
この物語の価値は、読者さまの感情で成り立っています。
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