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ヒロインだけど出番なし⭐︎  作者: あまいちよこ


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4/4

少しづつ


「アリエル様、本日の殿下からのお届け物です」


「今日は何?」


「押し花のしおりです。アリエル様がよく本を読まれているのを見て、作られたそうで」


「……」


「一枚一枚、殿下が手作りされたと」


「…………」


「アリエル様?」


「ちょっと待って。今、感情の整理をしているから」


侍女のベティが、困ったような、でも少し楽しそうな顔で私を見ている。


しおりを手に取る。

薄紙に丁寧に挟まれた小さな花たち。押し花の配置がまた絶妙で、色のバランスまで計算されている。

十三歳が、これを手で作った。この国の第三王子が。


しおりをそっと本に挟んだ。

うん。可愛い。

でもこれは「弟が工作してくれた」という意味での可愛いであって、決してそれ以上ではないのだ。

そう自分に言い聞かせる必要があることに、うっすらと気づき始めていた。





今日は使節団が王宮を訪れる日だった。周辺諸国からの訪問ということで、私も同席することになっている。正妃(仮)としての初めての公式行事だ。



謁見の間に入ると、使節団の一行が既に並んでいた。

正装に身を包んだ大人たちが、こちらを品定めするような目で見ている。外交の場というのは、どこの世界でも独特の緊張感があった。

挨拶は滞りなく進んだ。

問題が起きたのは、その後の歓談の席だ。

使節団の副団長でいかにも権威のありそうな男が、私のそばに来てこう言った。


「して、あなたが仮婚の正妃殿とか。隣国のどこぞの男爵家から来られたとか」


「はい。アリエル・フォン・エーデルと申します」


「ははあ。仮婚とは言え、なかなか面白い人選ですな。まあ、どうせ解消される婚姻ですから、家柄など関係ないということでしょうか」


笑いを含んだ声だった。周囲の数名も、同じように薄く笑っている。

私は内心で深呼吸した。

わかってる。これは外交の場で、私はただの「仮」の正妃で、家柄で言えば最下層に近い。嫌味を言われる立場であることは百も承知だ。

でも、まあ、傷つくものは傷つく。


「ごもっともでございます」


笑顔を作って答えた。前世仕込みの「笑顔で受け流す」スキルは、この世界でも十分に役立っている。

男はさらに続けようとした。


「殿下もいずれは相応しい——」


「副団長」


静かな声が、会話を断った。

ルシアンだった。

いつのまにか私の隣に立っていて、副団長をまっすぐ見ていた。十三歳の、まだ声変わりも終わっていない少年の声。でも、その声には不思議な重さがあった。


「アルクレシアの正妃に対して、その言葉は適切とは言えません」


「し、しかし殿下、仮婚というのは——」


「仮婚であっても、正妃は正妃です。私の妻です」


副団長が口をつぐんだ。周囲の空気が、ぴんと張る。

ルシアンは表情を変えないまま、続けた。


「アリエル様がどの家の出身であるかは、私には関係ありません。私が選んだ方です。それ以上の理由は必要ないと、私は考えています」


短い沈黙。

副団長が、ゆっくりと頭を下げた。


「失礼いたしました」


ルシアンは一度だけ私を見た。確認するように、静かに。それからまた前を向いた。

その横顔は、いつもの「可愛い年下の王子」ではなかった。

知らなかった。こんな顔もできるんだ。



歓談が終わり、廊下に出たところで、私はようやく息を吐いた。


「ルシアン」


「はい」


「さっきは、ありがとう」


「いいえ。当然のことをしたまでです。アリエル様を軽く扱われるのは、気に入りません。今後もそうします」


さらりと言って、彼は歩き出す。

私はその背中を見ながら、胸の奥で何かが音を立てた気がした。

当然、って言った。

あの場で、あんな顔で、あんな声で「私の妻です」と言うことが、当然なのか。十三歳なのに。



その夜。

私はベッドの上で天井を見つめながら、今日の出来事を反芻していた。


「私が選んだ方です。それ以上の理由は必要ない」


なんか、すごいこと言いませんでした?

いや、確かに外交の場での発言として、あれは正しい対応だったと思う。王子として、あの場を収める必要があった。つまり政治的な判断として、ああ言ったわけで。

でも。でも、あの横顔。

「可愛い」では、なかった。「可愛い年下の王子(弟みたいな)」では、全然なかった。

あれは普通に、格好よかった。


「…………」


私は枕に顔を埋めた。

だめだ。だめだめだめ。

こういう気持ちを認めてしまったら、色々なことが面倒になる。


「君が笑うと、僕も嬉しいです」


「貴女のために選びました」


「私の妻です」


これまでのやり取りが走馬灯みたいに浮かんで、そのたびに心拍数が上がる。

これ、まずくない?

私はもそもそと起き上がり、押し花のしおりが挟まれた本を手に取った。

丁寧に作られた、小さなしおり。

「弟が工作してくれた」という意味での可愛い、だと思っていた。


でも今日の彼の顔を見てしまったら、同じ「可愛い」では片付けられなくなってきた。


「あと数年待ってほしい」と、私はルシアンに言ったはずだ。

あと数年、この気持ちが育ったら、ちゃんと向き合おうと思っていた。

けど、このペースだと。

待てないのは、私かもしれない。


「えっ……私、ショタコン?」


自問自答して、また枕に顔を埋めた。

違う。違うと思う。たぶん。

ただ、今日の彼は十三歳っぽくなかった、それだけで。

そう言い訳しながら、しおりをそっと胸元で握った。



翌朝。

廊下でルシアンとすれ違ったとき、いつも通りに彼は言った。


「おはようございます、アリエル様。今日のお召し物も、とても似合っています」


「あ、ありがとう」


昨日まで軽くかわせた言葉が、今日はなぜかうまくかわせなかった。

視線を逸らしながら歩き出すと、後ろから声がした。


「アリエル様」


「なに」


「顔が赤いですよ」


「室内が暑いんです」


「外ですよ?」


「暑いの!」


くすくすという笑い声が背中に届いた。

くそう。気づいてる。絶対気づいてる。

私は早足で廊下を進みながら、自分の心臓の音がやけに鮮明なことに、こっそり気づいていた。

まずい。

これは、まずい流れだ。


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