僕は第三王子
僕はルシアン
七歳年上の正妃を持つ身で、その人の名はアリエル様という。
ここは大陸北部に位置する王国アルクレシア
この国では、王位継承権を持つ王子には「仮婚制度」が課される。
それは、王子が未成年のうちに政治的均衡を保つための保険であり、国家の安定を優先するために作られた制度だ。
どうしてこうなったのか、正直自分でもよく分からない。
いや、正確に言えば「どうして自分の心がこうなったのか」だ。
もともとこの婚姻は、王家とある公爵家との均衡を保つための政略だった。
仮婚は本来なら一時的な婚姻で、僕が成人すれば解消される可能性も高い。
候補者は数名いた。
貴族階級、年齢、血縁、派閥、他国との関係性。
無数の条件をふるいにかけた結果、選ばれたのが、なぜか隣国出身の令嬢であるアリエル様だった。
成人すれば解消される―誰もがそう思っていた。
けど僕にとっては、仮婚なんかではない。
初めてアリエル様を見た日のことを今でも覚えている。
十三歳の誕生日の朝。
仮婚約の儀で初めて顔を合わせたとき、彼女は淡い青のドレスに身を包み、まるで氷の精霊のように静かに微笑んでいた。
「よろしくお願いします。ルシアン殿下」
その声は落ち着いていて、どこか寂しげだった。
政略の駒として選ばれた他国出身の彼女が、誰よりも状況を理解し、誰よりも静かに受け入れていることが、幼い僕にもはっきりと伝わってきた。
その瞬間、胸の奥で何かがはじけた。
陰のある笑みを浮かべる彼女に、僕はただ息を呑むしかなかった。
そして、その顔を二度とさせたくないと思ったのだ。
それからの日々、僕は彼女に会うたびに感情を揺さぶられる。
彼女が笑えば嬉しい。
困った顔をすれば慰めたくなるし、その理由を消してしまいたくなる。
そんな感情が胸の奥に湧くたび、僕は確信する。
ああ、僕は完全にアリエル様の虜なんだと。
ただ一つ、どうしても拭えない問題がある。
僕は十三歳、彼女は二十歳。
数字上では子供と大人。
どうしても「年下扱い」されてしまう。
「ルシアン様は、よく頑張りますね」
その言葉が嬉しくて、胸の奥が熱くなる。
同時に、どうしようもない悔しさも生まれる。
僕は、いつまで彼女の「可愛い弟」のままなのか。
背丈は彼女よりも低い。
教養や経験でも、まだ勝てない。
彼女にとって、僕は守るべき存在。
けれど僕にとって、アリエル様は―守りたい人だ。
どうすれば、彼女の目に「男」として映るのか。
彼女の好きな花の花言葉を調べ、花を捧げた。
彼女の好きな紅茶を、香りから選び抜いた。
詩集や口説き文句集を読み漁り、立ち居振る舞いも、言葉遣いも、すべて磨いた。
子供の背伸びだと笑われても構わない。
それでも、何もしないよりはずっといい。
けれど、アリエル様はいつも笑ってかわす。
「そんな十三歳いやだ!」
冗談めかした声。
けれど、その奥にある距離を、僕は確かに感じ取っていた。
大人と子供の間にある、超えられない境界線。
だから、あの夜。
僕は「苦渋の決断」をした。
本当は怖い夢なんて見ていない。
彼女に「子供扱い」されるのは嫌だ。
かといって正面から「同じ寝台に入りたい」なんて言えば、彼女はきっと優しく笑って拒むだろう。
だから僕は、震える声を作った。
「……怖い夢を見ました。隣で寝てもいいですか」
心臓が痛んだ。
自分の策略が卑怯だと分かっていたからだ。
それでも、彼女に近づきたかった。
アリエル様は驚き、少し戸惑い、そして受け入れてくれた。
「仕方ないわね。こっちにいらっしゃい」
その声が、あまりに優しくて。
僕の中の打算は、すべて溶けてしまった。
寝台に潜り込み、髪を撫でられる。
「可愛いな、このやろう」という呟きが、胸に刺さる。
僕は成功した。
けれど同時に、自分の弱さも知った。
大人のように振る舞いたいと言いながら、
今はまだ、子供の武器でしか近づけない。
それでもいい。
彼女の中で「弟」から「夫」になる、その瞬間まで。
僕は何度でも策を弄する。
アリエル様の温もりの中で、僕は誓った。
いつか必ず、真正面からあなたを振り向かせる。
だから今は、眠ったふりをしよう。
この温もりを、もう少しだけ―。
アリエル様
いつかその「可愛い」を「愛しい」に変えてみせる。
待っててくださいね。
僕の正妃様。




