私は正妃(仮)
「アリエル様っ、殿下が……」
「んー今度は何したの?」
「花言葉の勉強を始められました」
「え?」
「アリエル様のお好きな花を調べ、花言葉まで暗記して、毎朝枕元に飾ると…」
「くぅぅっ……!」
思わず呻き、ソファに突っ伏した。
私はアリエル。
元・乙女ゲームのヒロイン
攻略対象にも選ばれず
イベントも起きず
気づけば画面の端でフェードアウトしていた、いわゆる空気系モブ
……だった、はずなのに。
なぜか今、隣国・第三王子の正妃(仮)をやっている。
おかしい。どう考えても、設定が致命的にズレている。
そもそもこれは「仮婚」だった。
この国特有の制度で、王位継承争いを避けるための政治的安全装置
王子が幼い間だけ形式的に結ばれ、
成長すれば解消される可能性もある、期限付きの婚姻。
他国の下級貴族
政治的に安全
それ以上でも以下でもない存在。
色々な巡り合わせがあって選ばれたのが私。
王子は十三歳。
私は二十歳。
年の差、七歳。
どう考えても「保護者」枠のはずなのに
「アリエル様」
「なに?」
「今日の紅茶、僕が選びました。
貴女の瞳を想ったブレンドです」
「どこからそんな台詞覚えてきたの」
「詩集です。最近は口説き文句集も読んでます」
「そんな十三歳、いやだ!!」
叫んだところで、現実は変わらない。
しかも最近は、侍女たちまで彼の味方だ。
「まあまあ、お妃様。殿下のご成長、目覚ましいですね」
その成長方向性が間違っていると思う。
それなのに、
「今日は手を繋いでもいいですか」
「成長したら、年上って呼ばせませんからね」
気づけば、毎日がイベントラッシュ。
可愛い。
それは、否定できない。
顔よし、育ちよし、性格も紳士的。
素材としては完璧すぎる。
こちとら乙女ゲームでモブ落ちした人生を経て、ようやく手に入れた穏やかな平凡ライフを過ごすつもりだったのに。
ちなみに、現王妃―義母は私にこう言った。
「あなた逃げるなら、今のうちよ」
何それ、コワイ。
そんなわけで私は今、
年下王子に本気でアプローチされているけど、恋愛モードに切り替えきれない正妃という非常に面倒な立ち位置で揺れている。
だけど、たまに。
夜、ノックもなしに寝室の扉が開いて。
「怖い夢を見ました。隣で寝てもいいですか」
震える声でそう言われると、理性が一瞬で吹き飛ぶ。
(ああもうっ!可愛いな、このやろう)
膝枕して、頭を撫でてしまう。
たぶん。出番なしヒロインだった私は、この未来を選ぶために物語から外れていたんだろう。
誰のルートにも進まなかったのは、自分の人生の本命を、自分で選ぶため。
──でもね。
できれば本気出すのは、あと数年待ってほしい。
本気の年下男子って、けっこう怖いんだぞ。
ねえ、私の王子様。




