表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

フローケン・ヨークルフロイプ

作者: ミルミル

 氷の魔物にとって、夏は死の季節だ。


 そんなことはわかっていたけど、抜けるような青空を見ながら死ねるならまだしも、どんよりと曇った空の下、湿気を感じる暑さの中で不快指数MAXの死を迎えるなんて最悪である。


 ひっきりなしに鳴き続ける蝉の声が、何だか頭をぼーっとさせるようで集中できない。


 私は……以前は現代日本の一般人女性だったと思うけど、名前も顔も思い出せない……信じられないことに今、どこぞの異世界で氷の魔物に転生してしまったらしい。


 らしいというのは、まだ意識が戻って数分しか経っていない上に、手も足も動かせない状態でうまく周囲を確認できないからだ。


 私は確かに()()()()()と思う……


 それも、平均より少し恵まれない個体だったのではないか。


 楽しい記憶も少しはあったような気がするけれど、別に元の世界に未練があるほど充実していたとも思えない。


 本来なら、異世界転生で新しいやり直し人生を満喫できるラッキーな展開だと思うのだけれど、転生した途端人生終了というのは流石に運が悪すぎる。


 動けないのは生まれたばかりだからかな?


 なんて……前向きに想像してみたりもしたけど、どう考えても長い手足にかかる引力の重さと、溶けるような気怠(けだる)さや顔にかかる髪の長さは新生児のイメージとは異なる。


 じゃあ確認できないのに何故、氷の魔物になったなんて自覚できるんだと言われると、これはもう感覚的なものでしかない。


 なんというか、一応意識はあるものの、半分幽体離脱しているというか、客観的に自分を見ている自分がいるのだ。


 完全に主観的な感情のまま、ワケもわからず死ねたら良かったような気もするが、もう第三者目線になってしまっているので「あ、死ぬなコレ……」と冷静に経過を観察するのみ。


 もしも身動きが取れたら、日陰に入るとか氷を探すとか、なにか対処ができるかもしれないけれど……


 まあ、指一本も動かせないので無理だろう。


 誰かに見つけてもらえたら救助されるかもしれないけれど、魔物だしなぁ……


 トドメを刺される可能性の方が高いのではないか?


 そう考えると、この場所が人通りの多そうな街道の近くではなく、人っ子ひとり居ない山の中腹であることはラッキーの範疇と言える。


 もっと情報が欲しいところだけど、仰向けならまだしも、うつ伏せに倒れてしまっているので見える範囲は非常に限定的だ。


 はぁ……どうせ死ぬなら気絶したまま知らないうちに死にたかった。


 なんでこの最悪な状況で意識だけハッキリしているのか……


 チチチ……と小鳥らしきものが頭上を飛んでいく声がする。


 こんな状態じゃなければ、のどかな自然を楽しめたのだろうか?


 でもな……私暑いの苦手だし、どっちみち文句を言いながらヘロヘロになっていたかもしれない。


 ゆるい風が、草の匂いを運んでくる。


 もしかして……雨、降る感じかな……?


 眠くもないし、困った……


 不意に、小さなバッタが顔にぶつかってきた。


 瞼を閉じると、ガラスのような透明の何かが眼球を覆い、視界がキュルンと瑞々しいような気分になった。


 この感覚も、私が氷の魔物だと自覚する要因のひとつだ。


 氷じゃないなら多分ガラスの魔物だけど、もしガラスだったとしたらこんなに溶けていないだろう。


 バッタは、私の溶けた水分に足を取られたのか、ワタワタと足をばたつかせながら視界から流れ落ちていく。


 虫の体表面には油分があって、基本的には撥水機能がついているはずだけど……


 残酷な小学生時代には、そんなことを学校で習って、食器用洗剤を溶かした水にいろいろな虫を沈めて遊んだ。


 界面活性剤の影響で、気泡ができず、浮いていられなくなるのだ。


 大人になってからは、めんつゆトラップでだいぶコバエを殺生した。


 こんな私だけど、あのバッタが無事だといいなと思う。


 おかしな話。


 死ぬ寸前には、できるだけ身綺麗でいたいという我儘な考えだ。


 しばらくすると、ぴょんと飛んでいく小さなバッタが視界に入ってホッとする。


 私のせいで死ななくて良かった。


 あんな小さなバッタだし、どうせ1年も生きられないと思うけど。


 それどころか、もう明日には捕食者に食べられてしまうかもしれないけど、今はとにかく私のせいで死ななくて良かった。


 泣きたいワケじゃないけど、目から液体がとめどなく流れ出る。


 ああ、目が溶けるって表現はこれか……


 なんて思っていると、急に視界が転がって草がすぐ目の前に見えた。


 え? 何? なんで??


 瞼を閉じようとして、もうなくなっていることに気づく。


 あ……マズい……これヤバい。


 眼球……落ちたな?


 そんなことってあるんだ!


 なんか、逆に感動。


 目って、ホントに溶け落ちるんだ……!


 ビックリした〜!


 なんだろ……笑えてきた。


 どうせ死ぬんだし、どこまで意識があるか、こうなりゃ粘ってやる!


 今、どうなってんのかな? 私。


 眼球と視神経はいつまで繋がってるんだろう?


 視界はもう動かない。


 でもいい感じに目玉が上向きに転がったので、さっきより見える範囲は広がったかも。


 痛くないのは、エンドルフィンの効果なのかな……?


 それとも、魔物だから?


 まあどっちでもいいや。


 全然痛くない。その事実が大事だね。


 人生のQOLを上げるのは、なんたって痛み止めなのだ。


 痛くないの大事。


 何事も無痛でいきたい。


 あれ……?


 足音と振動……何かの鳴き声もする……


 あ……これは……とうとう終わったかな?


 なんか来たみたい……


 私を食べるのかな?


 まあ、最後くらい誰かの役に立つのもいいかもね。


 ……痛くないといいな。





◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇





「マーヤークさん! こっちにもありました!」


「ムー!」


「さすがミドヴェルト様、見つけるのがお上手ですね」



 近づいてきたのは2人と一匹……犬の散歩かな?


 それにしては鳴き声が変だけど……まあ異世界だし、こんなこともあるか。


 ワンちゃんに食べられちゃうよー。


 飼い主さん、ちゃんとリード引いてくださいね……?


 私を食べてワンちゃんがお腹壊さなきゃいいけど……


 あ、視神経切れた。このタイミングで真っ暗か……せめてどんなワンちゃんか見たかったな。


 おお? クンクン来ない……よっぽど(しつけ)がいいか、それとも飼い主さんが抱っこしてくれたのか?



「しっかし……『氷拾い』って大変ですね。毎年こんなふうに氷の魔物さんが溶けてしまうんですか?」


「夏の風物詩ですから。氷の魔物が溶けた水は、大地を(うるお)し質の良い魔力を生み出します。畑に撒けば、作物の成長速度が格段に上がると言われていますし、ひと夏を乗り越えられた氷の魔物は、たいてい次の年も生き残れますよ」


「なるほど……氷の魔物さんは基本的にレベルが高くて全体的に強いイメージでしたが、弱くて小さい方々は、こうして夏に溶け切ってしまうから居ないだけだったんですね……」



 な、なんか怖いこと言ってる……?


 でも、そうか……氷の魔物って、生きてようが死んでようが役に立つんだ……


 なら、安心かな。


 私は無意味に転生したワケじゃないんだきっと。



「ムー!」


「あ、フワフワちゃん、駄目だよ!」



 ふーん、ワンちゃんの名前『フワフワちゃん』っていうんだ。カワイイね。


 見えないけど……フワフワってことは、ポメ系かな? それともビションフリーゼとか? 普通にトイプー?


 なんか、ぴょんぴょん飛び跳ねてる?


 風圧と振動が……思ったより大型犬?


 フワフワで大型……?


 アフガンハウンドとか? ゴールデンレトリーバーだったりして。


 そういえば、高校の友達だったマーちゃん家では、おっきくて真っ白なピレネー犬を飼ってたっけ。


 あの子もすごくフワフワだった……


 んー……でも割と夏は納豆(くさ)かったんだよなぁ……


 犬って、体臭がなぁ……


 そういえば、この子は全然匂わないけど……ただ、私の鼻が終わってるだけかもしんないし、本当のトコロはもうわからないね。



「目も舌も消失……だいぶ溶けていますね。まあでも核が無事なら再生するでしょう。とりあえず氷室に運びます」


「え、このまま移動するんですか? 酷いです! 早く霊樹の蘇生薬を使ってあげてください!」


「蘇生も何も……これはまだ死んでいませんよ?」


「え!? この状態で!? 九相図(くそうず)で言ったらだいぶ最後のほうみたいになってますけど……」


「クソウズ……?」


「あ、いや、何でもないです……」


「ご心配には及びません、ミドヴェルト様。氷の魔物はアンデッド寄りの存在でございまして、核と水さえあれば再生が可能となっております。ただし、上質な氷を形成するためには多少時間がかかりますので、氷魔法で保護的な処置を施すのは戦場でのみ許可されており……」


「わ、わかりました! すみません、マーヤークさん。何も知らないのに勝手なこと言っちゃって……」


「いえ、ご説明が遅れまして、こちらこそ失礼いたしました」



 なんだか私は助かるみたいだ……でも、そっか……私ってアンデッド寄りなんだ……


 別にいいけど、変な気分。


 マーヤークさんとミドヴェルト様ね。よし、覚えとこ。


 無事に再生したら、ご挨拶に行かなきゃ……







お読みいただき、ありがとうございました!


こちらの世界観は、「空間をあらわすもの」シリーズと同じ座標と時間軸の作品となっております。


もしよろしければ、そちらの作品も合わせてご覧いただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ