黄金の歓待
さて、サルスールがすでに王都を脱出したことは、ウストランド卿も知るところとなり、直ちに追撃部隊の編制を軍師トラン・グレックスに命じた。
「えぇ……」
「『えぇ……』じゃねンだわ。やれってんだよ」
「王都は手に入ったし、深追いしなくてもいいのでは?」
どうやらまともに話をする気があるようなので、ウストランド卿は、居住まいを正して軍記モノらしい言い回しをすることにした。
「苦労せず手に入った土地など、帝国に召し上げられて終いだ。居座る権利を主張できるだけの手柄が必要なのだ」
「無傷で手に入ったことは手柄として充分なのでは?」
「本当にそうであればな……」
ウストランド卿が懸念しているのは、やはり(カボレヤン将軍が言うところの)囚人との一戦である。これは巡礼軍が虐殺を行ったという事実を仕立てるための一計だったのではないかと、寝返ったカボレヤン将軍を信じきれない要因にもなっていた。
かと言って、ここでカボレヤン将軍と袂を別つのも得策ではないとウストランド卿は考えている。名高い武人であるカボレヤン将軍とわざわざ敵同士に戻るのは、武勲として首を欲しているとは言えど、返り討ちとはいかないまでも、撤退を余儀なくされるほどの痛手を負うことを覚悟せねばならない。そうなると他の部隊に手柄を横取りされる最悪の結末が待っている。
「なるほど」
「『なるほど』じゃねンだわ。お前が進言すべきことだぞ、これ」
「では、次からそうします」
できるつもりでいるんだな……ていうか「では」って何だ「では」って。口には出さずにトランを見つめていると、カボレヤン将軍に「大変ですな、若いのを育てるのは」と労わられた。それが決め手となったとまでは言わないし、サルスールを追うには土地勘がある者が必要なのも事実である。
「サルスールが次に向かう先は、山の砦に違いない。籠城をするならばここに限るというのは、この砂漠に住まう者なら誰でも知っていること。あの人望のない王がどれほどの手勢を集められるかはわかりませんが、時間をかければかけるほど、無傷では済まなくなりますぞ」
そのカボレヤン将軍の進言を受け入れ、敵将であった彼を隊列に加えたまま王都を出発することをウストランド卿は選択したのであった。かくして、軍師トラン・グレックスと猛将カボレヤン・クラブ、ウストランド卿の両腕が揃ったのである。
――おわかりいただけただろうか。
では、もう一度ご覧いただこう――と、これまでの本文をコピペするのはさすがに文字数稼ぎとして露骨すぎるので、違和感の答えを言ってしまおう。
騎士ルーク・オーリーン、どこいった?
勘の良い読者であれば、これはバカすぎて「俺バカだからわっかんねーけどよう」すら言えずに黙っているだけであろうと察してくれるかもしれない。だが、今回ばかりはその賢明さは誤りなのである。
ルークがこの先、何かしらの言葉を発することは最後までなく、特に何をしたかも記されることもない。忽然と姿を消してしまうのである。
実のところ、行軍途中での脱落者は巡礼軍にとって珍しいものではなかった。そもそもがチンピラの集まりである。地元に閉塞感があったり地元に居場所がなかったりする若者が、地元に帰りたくなくて旅先で行方をくらますことは一般的な習性であることに疑いの余地はないだろう。
ならばルークも自主的に離脱したのかといえば、その可能性は低い。腐っても祖国復興を志す武人である。チンピラとはモチベーションも立場も違う。ルークはどうなってしまったのか――ウストランド卿が記した戦況報告の第一報ではそれが明かされることはなかったが、第二報において、その補足がなされている。
騎士ルーク・オーリーン、王都での戦いで殉職。
ちょっと待てい!
と、読者がボタンを押す様が目に浮かぶようである。いつ死んだんだ「沈黙の軍隊」の章で元気に生き残っとったやんけ、と。筆者も、史料を調べる中で同じタイミングで「ちょっと待てい!」ボタンを押したので、思いを共有できて嬉しい。
これには、第一報と第二報での、交戦した囚人たちの扱いの違いが影響していると考えられる。そもそも第一報では、囚人との交戦は記録されなかった。民間人を虐殺したと見なされることを恐れたためである。しかし死体の山という動かぬ証拠がある以上隠しようがなかったのは前述のとおりで、第二報では、囚人はサルスールの奇策でそう装っていた伏兵だと改められた。軍と軍による正式な戦として記されたのである。
つまり、ここで死んでも不名誉なことではなくなった。
とても褒められたものではない離脱をしたルーク・オーリーンを、これ幸いとばかりに、戦死したことにしよう――という、裏の事情が読み取れる。
事実、王都に到達した時点で、軍を離脱した者が複数いたことは、ウストランド卿の戦況報告書にも確かに記されている。除隊する者に与えた餞別を経費に計上するためである。ここに残りたいと熱望した者が続出したのは、それだけ、王都で良い思いをしたということだ。暗君サルスールを追い出してくれた英雄として、民から歓待されたと記されているのは、けして見栄を張った虚構ではないだろう。
だが、思い出してほしい。そもそも、ハシャラ王朝と巡礼軍が矛を交えることになった理由は何だったのか。ここで、砂漠の民の間で語り継がれていた笑い話を紹介しよう。
巡礼軍を除隊した男は、昨晩、自分を歓待してくれた王都の民に、これからはこの都の一員となることを伝えた。人々は喜び、男にどんどん酒を勧めた。すっかりへべれけになった男を取り囲むと、人々は男にこう言った。
「私らは軍人さんだからもてなした。軍人じゃなくなったのなら昨晩の支払いをしてほしい。同じ住民になるというなら、なおさら費用の負担をするべきだ。食い逃げは許されない」
抵抗できないほど酔っている男には、大人しく軍から賜った餞別を差し出すか、無理やり酔い潰され身ぐるみを剥がれるしかなかった。
……ひどいものになると、酒を飲まされすぎた男は死んでしまった、というオチのバリエーションもある。酒の飲み過ぎで、しかも民間人に謀られて死亡するなど、不名誉極まりない。ルーク・オーリーンがそうだったとまでは言わないが、除隊よりも前、王都の民に黄金の歓待を受けた夜に、飲み過ぎで死んだ者もいたのではないだろうか。
ウストランド卿の従者ルーク・オーリーンは、伝記によって、いたりいなかったりする。というのも、主な根拠史料となる巡礼軍側の報告書において、第一報では途中から唐突に登場しなくなり、第二報では戦死、第三報になると最初から名前が消えているからだ。
この謎は、作家たちの妄想を掻き立てた。脱走したとか、現地の女と駆け落ちしたとか。「何かあったに違いない」と思う者は多いが、それが名誉の死を遂げたからだと考える者は皆無であると言っていい。ウストランド卿の赴く先で、戦など起こっていないからだ。
いずれにせよ、ルーク・オーリーンについては第三報を尊重し「単なる人員確認ミスで、そんな人物は最初からいなかった」とするのが、ハシャラ王朝末期を扱う上での定説である。
それでも、希望の光を見出すような創作もある。ウストランド卿から囚人相手に手こずったのは鍛錬不足だと一喝されたルーク・オーリーンが、武者修行のために砂漠を放浪するようになったという武侠浪漫だ。筆者がこれまで書いてきた「俺バカだからわっかんねーけどよう」なルーク像は、この創作をモデルにしていることを述べておく。ハシャラ王朝末期の巡礼軍側で、唯一、英雄的に扱われているのが、本筋を外れた上に実在をほぼ否定されている人物であるというのは、何とも皮肉なものである。
この章の最後に残念なネタバレをしておく。
軍師トラン・グレックスは、最後までいる。




