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この砂漠の片隅で

 王都脱出のため、サルスールはある者を招聘した。彼の者は王宮の内部に精通し、また、護衛の代わりとなる手勢を引き連れていたので、サルスールとアルアは難なく王都脱出を果たしたのだ。

 そんな都合の良いことがあるかと読者からのお叱りが聞こえてきそうだが、それを可能にする人物が、ハシャラ王朝末期には存在するのである。

「アルア、紹介するよ。こちら、盗賊のカウビラさん」

 ハシャラ王朝史を少しでもかじったことがある者ならば、ここでカウビラの名が出てくることに驚くかもしれない。存じ上げない読者のために説明すると、カウビラはハシャラ王朝末期に活躍した、盗賊団の頭領である。弱き市民を助け強き悪徳王子サルスールを挫くアウトローヒーローとして、王道ヒーローのジウラーンに並ぶ人気を誇る。

 そのような背景もあり、サルスールの「敵」として登場するなら何の不思議もない人物だ。アルアもそう思い、瞬時に対応する。意識を刈り取るべく放った回し蹴りは、しかしカウビラの頭上を通過するだけに終わった。それが回避行動による結果ではないとアルアが気づくのは、続くカウビラの言葉を聞いてからだった。

「サルスール殿下――今はもう陛下ですかい――とは、長い付き合いでやして」

 カウビラは挨拶のため頭を下げただけだった。構えたまま固まり、目を白黒させるアルア。おそらく読者の多くも……いや、ブチ切れてすらいるかもしれない。「架空の人物を出すな」と。


 ハシャラ王朝末期、義賊として貧しい民を助けていたとされるカウビラだが、実在はしなかったとされている。

 当時の市井の人々が残した手記や、王朝の公的文書を読み解くと、「貧しい民への匿名の施し」と「豪商の屋敷に泥棒が入った」という二つの出来事が同時期に起こっていたことがわかる。なるほど、繋げて考えれば「金持ちが貯め込んだ富を再分配する義賊が現れた」という物語が見えてくる。だが、残念ながらそのストーリーは成立しない。

 後の調査報告書で、泥棒は豪商の狂言だったことが判明している。意図としては現代における税金逃れと同じようなものであろう。こういったスキームが一たび開発されれば、我も我もと狂言泥棒が流行りそうなものだが、他の事例は確認されていない。おそらく、同時期に義賊の噂が流れ始めたので「あそこの金持ちはカウビラが盗みに入ったから悪党だ」というレッテルを貼られた上に「ならおれたちだって奪ってもいいよな」などとのたまう者の標的となることを恐れたためであろう。()に恐ろしきは正義と貧困である。

 では、施しの財源はどこから来ているのか。それは明らかになっていない。

 さて、ここで同じ時代に生きた(生きたとは言っていない)有名人を投入したのは、筆者のミーハー心ではない。サルスールの内政時代に国内で起こっていた、かねてよりの謎を解き明かすためである。では、もう一度カウビラの台詞から再開させていただこう。


「サルスール殿下――今はもう陛下ですかい――とは、長い付き合いでやして」

「付き合い? 長い? おいサルスール、どういう……いや、ちょっと待て」

 構えを解き、少し考えてから、アルアはカウビラに向き直った。

「カウビラ殿、お噂はかねがね。貧しい民に施しをしているそうで」

「へえ。恐縮でごぜえやす」

「サルスール。ちょうど同じ時期から、使途不明金の支出額が異様に膨らんでいたな」

「使途不明金じゃねえよ。機密費って言えよ」

 アルアが言いたいのは、つまりこういうことである。

「お前、国の予算を盗賊に横流ししていたのか!?」

「グエーッ!」

 一国の王が上げてよい悲鳴ではないが、事実ならそりゃあこんな悲鳴を上げるまで詰められても仕方ないスキャンダルだ。

「アルアさま、そいつは誤解でごぜえやす。あっしらは盗みはやっておりやせん。ただ、渡された金を配っていただけでさあ。まあ……そのために忍び込むぐらいのことはしやしたが。すべて、サルスールさまの指示でございやす」

「おいコラその流れで俺の名前出すな何で最後余計なこと言うの」

「何をやっているんだお前は! だったら自分の手柄にしないでどうする! 待ちに待った汚名返上の機会だったというのに!」

 腐っても側近。アルアは、サルスールの苦悩を間近で見てきて、それを理解しているという自負があった。

 サルスールは正式な手順で、民に給付金を分配しようとしていた。協議し、補正を組み、予算を確保した。しかしその政策が実現することはなかった。何度予算を採っても、ジウラーンが仕掛ける小競り合いの戦費に持っていかれてしまうのである。

 確かに戦争は緊急性が高く、戦時中は何よりも戦費が優先されるのは世の常である。それで得るものがあれば話は違うだろうが、ジウラーンが考えなしに仕掛けるゲリラ戦で得られるのは、まやかしの勝利のみ。費やした国費は露と消える。それでも、民からすれば勝利したジウラーンは英雄であり、それに比べてサルスールは何もしていない暗愚ではないかという話になる。

「別に、汚名とか名誉とか知ったことじゃねーよ。楽だったからそうした。それだけだ」

「……わかった、もういい」

 アルアの締め上げから解放され、咳き込むサルスール。

「手段はともかく、意図は理解する。国とは民、だものな」


 市井に財源が不明な義賊カウビラの噂が流れていた頃、同時期にサルスールによる使途不明金の使い込みがあったことも確かだが、その使い道もやはり不明のままであった。前者の場合は、施されたのが盗品であれば受け取った民も同罪になるのではという疑念による自己保身から、後者の場合は、サルスールは暗君なのでどうせ贅沢三昧したのだろうという偏見による思考停止で、追及されなかったと思われる。

 その、二つの事実を繋げる幻想として、義賊カウビラは誕生した。

 施しの財源は、にっくきサルスールから盗み出したのである。サルスールは悪党だから盗まれて当然だし、そんな金ならおれたちが使って問題ないよね――なんと痛快な筋書きだろうか。こうして市民の間では、義賊カウビラはサルスールの天敵としてのキャラクターが与えられ、フィクションにおいては共にサルスールを懲らしめる同志としてジウラーンの相棒となること多数の国民的ヒーローとなったのである。

 

「ま、サルスール(おまえ)の名前で給付金を出しても、民は受け取らんだろうしな」

 そうまとめるアルアに、サルスールは鼻を鳴らす。

「俺がいちばん楽できる方法を取っただけだっつーの」

「さて、王都の脱出は済んだ。次に目指すのは、あの砦しかないな」

 かくして、カウビラたちと別れたサルスールとアルアは、籠城には持ってこいと伝えられる、山岳地帯に位置する砦を目指すことになったのであった。

 先に断っておいたとおり、サルスールが王都脱出のために懇意であったカウビラの手を借りたというのは、各方面からお叱りを受けて然るべき創作であり、筆者が見た幻想である。

 幻想とは、現実から目を背けた先にしか存在しないものなのであろうか。

 筆者としては、すべての幻想が、現実逃避として片づけられるのはしのびなく思う。妖怪の正体が後年で実在するものであったと証明されるように、目を凝らしたからこそ、そこに浮かび上がる極めて真実に近い幻想が存在してもいいのではないか。とはいえ、これが真実であると断言するわけにはいかないが。

 義賊カウビラは、砂漠の片隅に暮らす人々が、ともすれば、為政者さえもが「こんな人物がいてくれれば」と思う望みから生まれた、幻想であったのかもしれない。

 

「ところでカウビラくん。下剤持ってない?」

「下剤でやんすか。何にお使いで?」

「俺もさ、できれば、自然の成り行きに任せたいと思ってる。でも、そうも言ってられないときだってある。まあ……そういうことだ」

 しみじみと言い、ちらっと振り返るサルスール。

「今、何かいい感じの采配を、何かいい感じにぼかして伝えた感じになってなかった?」

「便秘だから下剤使いたいという感じに聞こえやした」

「正しく読み取るなよ。誤解してミラクル起こしなさいよ」

「んな無茶苦茶な」

 ――困ったことに、サルスールが王位継承以後、宿便を抱えていたのは史実である。


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