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沈黙の軍隊

 敵方の最高戦力と見なしていたカボレヤン・クラブ将軍の突然の投降宣言に、ウストランド卿は「ちょっとタイム」を宣言し、彼の片腕たちと円陣を組んだ。

「どうしたらいいだろうか」

 ウストランド卿に水を向けられたルークは「おう!」と力強く返事し「どう思う!?」とトランにそのままパスした。それはいい、もともと肉体労働担当のルークにそんな期待はしていない。本命である軍師トランは、口許に涼し気な笑みを浮かべて「どうしますか?」とウストランド卿に訊ねた。

「いや、お前が考えろよ!」

「えっ」

「えっ、じゃねーよ軍師だろお前!」

「はい軍師ですよ。だから兵法とかそういう戦に関係すること以外は管轄外です」

 ――こ、こいつ使えねえ!

 ウストランド卿はその言葉をすんでのところで飲み込んだ。いかに事実であろうとも、多くの部下たちが見ている前で叱責するのは、彼の名誉に関わることである。とはいえ、この空気をどうしたもんだろうかと困り果てたウストランド卿を救ったのは、意外にも期待していなかったルーク・オーリーンであった。

「おれ、バカだからわっかんねえけどよう。戦場で起こるだいたいのことは戦に該当するんじゃねえか?」

「そう、そうだよ! ルークくん今いいこと言った!」

「ええ……じゃあ戦場で兵たちがおうち帰りたいと泣いたらその面倒も僕が見るんですか」

「兵の士気の維持は大事だろう」

「大事ですよ。だからこそ、最も立場の高い、卿がすべき仕事ではありませんか」

 ウストランド卿は絶句した。それはそうだが、その部隊運営を補佐するのが軍師ではないのか。それをそのまま口にすると、トランは驚くべき回答を寄越した。

「わかりました、補佐しましょう。では、何をすればいいのか具体的な指示をください」

 な ん だ こ い つ !

 ……失礼。今のは著者の激情である。ウストランド卿がこの場で激昂したとの記述は、文献には存在しない。しかし、ウストランド卿は、本当にこれに耐えられたのだろうか。歴史を扱うとき、創作の余地とはこういうところにある。心の動きを描いてこそ人物はキャラクターとなり、出来事はドラマとなるのだ。

 だが、ここでそんなに時間を割いてもしょうがないので、動かすべきはウストランド卿の心ではなく、一石を投じることができる人物の方である。記録に残されているとおり、カボレヤン将軍にその役を担ってもらおう。

「お取込み中のところ申し訳ないが」

 いきなり話に加わってきた敵軍の将(降伏済)を、ウストランド卿たちは訝しんだ。

「急に仲間に加えろと言われても信用できんのは当然であろう。で、あれば、我らを使い捨てるつもりで先頭を歩かせるのはいかがかな?」

 この提案は採用され、そのような隊列が組まれたことが記録されている。カボレヤン将軍の発案であったことをわざわざ記すところにウストランド卿の誠実さを感じられるが、あるいは、トランに苛ついたので当てつけだったのかもしれない。

 この選択が、ウストランド卿を大いに悩ませることになる。


 ハシャラ王朝の都に到着したそのとき、ウストランド卿が最初に目にしたのは、先に歩かせていたカボレヤン将軍の隊が剣を振るう姿であった。交戦しているようだが、相手はハシャラ軍の兵士だろうか。英雄たるカボレヤン将軍が離反し、しかも対峙しているというのに、まだ戦う気概のある者がいるとは。

「やってるなァ! 俺もいっちょ行ってくるぜ!」

 鬨の声を上げ突進していくルーク・オーリーン。黙って見送ったウストランド卿だが、声をかけなかったのには理由がある。相手方の様子のおかしさに気をとられていたのだ。どう見ても兵士のいで立ちではない。もっと粗末で、着の身着のままのような……。

 ――まさか、民間人を虐殺しているのか?

「おい、待て!」

 最悪の不名誉を想起して制止をかけるが、ルークはすでに一人の首を刎ねていた。

 こうなっては、ウストランド卿に止められるはずもない。ルークに続けと兵士たちは次々と戦線に加わって行く。自軍が、よくわからない連中を全滅させる様を、どこか諦めを持って眺めていた。


「いったい何だったんだ、こやつらは……」

 死屍累々を見つめるウストランド卿に、カボレヤン将軍が答える。

「これは、新王即位の恩赦により釈放された囚人でしょうな」

「囚人だと?」

「久々の娑婆に興奮し、町で暴動を起こしていたところ、運悪くかち合ってしまった、と」

「なら、結局は民間人ではないか……!」

 ウストランド卿は即座に厳命を出した。この交戦記録は無かったことにする、吹聴することは一切ならぬ、と。ルーク・オーリーンは激しく動揺し、食ってかかった。

「ちょっと待てよ旦那! じゃあ俺の武勲は!?」

「暴動していたとはいえ民間人だぞ、それを討ち取ったからといって何の武勲になるんだ!」

「でもよ! あいつら、中々の手練れだったぜ。手合わせしたモンにしかわからねーと思うが」

「なら貴様の鍛錬が足りていないだけだろうがッ!」

 その一喝で場は収まった。ルークが「それもそうか」とあっさり納得して引き下がってくれたおかげだ。素直である。

 だが、ルークの見立てが間違いではないとしたら?

「訓練を受けた兵士と渡り合えるのはまた兵士、ということになるが……」

 民衆に扮して奇襲をかけようとしていたのか。カボレヤン将軍はそれを見破り、あるいは事前に知っていたから躊躇なく戦闘を行えたということか。ならばカボレヤン将軍のことは信用しても良さそうなものだが、あるいは、そう仕向けるために一芝居打っただけなのかもしれない。

 考えているうちにドツボにはまりそうな気がしてきたが、当然ながら軍師トラン(あのアホ)に相談する気にはなれず、心中穏やかでないまま先に進むしかないウストランド卿であった。


 王都における囚人との大立ち回りは、当初、戦果として報告されなかった。

 だが、死体の山など隠しきれるものではなく、巡礼軍の後発隊から指摘を受けて「囚人に扮し卑怯にも不意打ちをかけてきた敵軍を返り討ちにした」と後に報告を改めている。

 その報告には、これはサルスールの策であったのだと記されている。

 チンピラとはいえ巡礼軍の兵士と渡り合った囚人がただの民間人であるはずがない。その疑念から組み上げられた仮説レベルのものではあるが、その裏付けとなり得る事実が、王都占領後に確認されている。ジウラーンの弔い合戦に向かった先王に同行し、その命を守り切れなかったことを悔いた兵士たちが、投獄を甘んじて受け入れていたというのだ。

 サルスールは即位による恩赦を利用して獄中の兵士たちを解き放ち、捨て駒になることも厭わない死兵として用いたのではないか。そのような仮定を組み立て、ウストランド卿はサルスールの非人道的な行いを激しく非難している。

 こうして、サルスール・アルライルの「策士」の側面は、巡礼軍側の報告書の第二報(・・・)から色濃く浮き出るようになる。

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