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スラルニア興亡記

 さて、先に述べたとおり、巡礼軍とは行く先々で喧嘩を起こすであろうと見込まれたチンピラの集まりであり、即ちいなくなってもいい人間なので基本的に社会的地位は低かった。故に、功績を上げて立身出世を狙う者が少なからずおり、それはチンピラの引率役となった下級貴族にとっても同じことであった。

 ウストランド卿もその一人である。

 ジウラーンと先王、武勇に秀でた二人と衝突した先遣隊の消耗は激しかった。隊長も戦死したため、合流し指揮をとることになったウストランド卿は、神の加護に感謝した。手こずるであろうと踏んでいた敵将が粗方片付いてしまっているのなら、勝利はもう約束されたようなものだ。

「あとは王都を落とすだけか」

「楽勝だな、旦那!」

「旦那はよせ。立場がある」

「そうですよ。もっと上品に、婿殿と呼ぶべきです」

「お前はどういう立場で呼んでんだそれ」

 両側から繰り出されるすっとぼけた言動にきっちりツッコミを入れて、ウストランド卿は溜息をついた。

 騎士ルーク・オーリーン。

 軍師トラン・グレックス。

 此度の遠征において、一応、両腕として扱っている彼らは、亡国スラルニアの出身である。帝国は領土の拡大を続けているが、それは侵略と占領を繰り返しているということで、彼らの祖国もそうやって滅亡した小国の一つであった。

 そんな彼らを召し抱えることになった最大の理由は、ウストランド卿の妻・テニアの出自である。テニアはスラルニアの王位継承権を持つ、姫君なのだ。彼女に分け与えられる領土がないことは最初(ハナ)からわかっていたため、さっさと嫁に出された上で忘れ去られた末子ではあったが、スラルニア王族唯一の生き残りとなってしまった今では状況が違う。スラルニア再興の使命を燃やす妻にあてられ、すっかりその気になってしまいウストランド卿はここにいる。

 そして、再興するなら必要ということでスカウトしたスラルニア出身のルークとトランにとって、ウストランド卿はテニア姫の「旦那」「婿殿」という認識なのであった。

「敵方の戦力は如何ほどだろうか」

 緩みかけた空気を締め直すため、ウストランド卿が問う。即座に軍師トランが答える。

「残された兵の中で最も脅威となるのは、カボレヤン・クラブ将軍でしょう。かの雷王、ジウラーン王子に匹敵されると評される武人です」

「おう! そいつァ手合わせが楽しみだな!」

 豪快に笑う騎士ルークをよそに、ウストランド卿は思案する。ジウラーンや先王が既に討たれたのは朗報ではあるが、手柄を逃したという意味では痛手でもある。だが、カボレヤンほどの名将であればルークやトランの手柄とするには申し分ないだろう。スラルニア出身者の力を示し、その働きによって得た土地なのだからとスラルニアの再興を宣言する。そのためには、現王と交渉し、ウストランド卿自身に統治権を委譲させなければならない。

「新たに王となったのは、サルスール・アルライルといったか」

「そうですね。内政が主で、武功の話はてんでないとか」

 ならば、戦はカボレヤン将軍に頼りきりということだろう。しかし内政が得意なのは厄介だ。果たして亡国の再興を果たすのに都合の良い条件を飲ませることができるだろうか。

「……何としても、戦の中で討ち取らねばならんな」

 死体は文句を言わなければ心変わりもしない。ウストランド卿は戦の恩恵「どさくさ」を狙っている。帝国に上げる報告書だって、戦があった方が盛り上がって良い。数ある報告書の中から読み上げられるには、手に汗握る戦の描写が大事なのだ。そこをうまく描けるかどうかで報奨が変わってくる。盛ったもの勝ちなのである。


 ウストランド卿率いる部隊はしばし行進を続けていたが、先に放っていた斥候からの報告で、戦の備えに入った。向かう先に敵軍が待ち構えているとの報せであった。しかも人相を聞くところ、カボレヤン・クラブ将軍がいるというではないか。

「こんなに早くぶつかることになるとはな」

 ウストランド卿は信じてもいない神に初めて感謝した。こうして恩恵を保証してくれるのなら信じてやってもいいと思った。傍らではルークが槍を振り回し、トランが兵法書を掲げている。士気は充分にある。あとは、結果がついてくるだけだ。

 やがて邂逅したウストランド卿とカボレヤン将軍。先に動いたのは、カボレヤン将軍であった。どよめく巡礼軍の前に、将軍は、堂々と白旗(・・)を掲げた。


「巡礼軍に入れてください。戦は嫌だと泣き喚く腰抜けの下ではやっていけない」


 カボレヤン・クラブ将軍は、ハシャラ王朝末期においては、ジウラーン・アルライルと人気を二分する登場人物である。その理由はもちろん、彼が誉れ高き武人であったことだが、だからこそ、裏切りともいえる投降に解釈違いを起こした作家たちは、空想戦記へと文字通り現実逃避したのだと言われている。

 一方で、カボレヤン将軍の行動に「娘の彼氏を合法的に討ち取るために寝返ったのでは?」というヒューマンドラマを見出した近代のクリエイターたち。彼らの興味を惹くことで、ジウラーン亡き後のハシャラ王朝末期を「なかったこと」にしなかったのも将軍その人である。カボレヤン将軍を題材にするつもりで脚本が二転三転した結果、娘の彼氏(軍人)と戦うために敵国の傭兵になるパパの奮闘を描いた戦争コメディ映画『史上最愛の作戦(邦題)』は名作なので是非ご覧いただきたい。まあハシャラ王朝は微塵も出て来ないんだけど。

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